第八十六話 罪の楔
春野愛佳視点
椿君と一緒に過ごし始めてもうそろそろ2週間になる。
椿君は私との時間を増やそうと行動していることもあり、大分彼の人となりが分かってきた。
まず、椿君は努力家だ。
椿君は私のように人より優れているところが多くあるわけではない。むしろ、人よりも劣っているところが多くあるように思える。
椿君と一緒に過ごし始めて最初の方はミスが多かった。
細かいところまで行き届いていないことが多かったり、要領が悪いと思うところが幾つかあった。
その様子は私の自殺を止めた時の姿とはかけ離れていた。
最初は私を油断させるための演技だと思ったが、一緒に過ごして違うとわかる。
日が経つにつれて一つ、また一つとダメだった所が改善されていく、私の指摘したところはもちろんのこと、指摘していないところまで一つ一つ探しては改善していた。
そうして椿君の家事スキルは着実に向上している。
椿君のコツコツと着実にやっていく姿は彼が大変多くの努力をして培ったもので、演技では出せるものではないと私は思った。
また、椿君の努力のやり方は、とても洗練されているように見えた。
椿君はこと細かいところまでそれをする意味などを考える。
皿を洗う一つでも、なぜこのシャンプーを使えばキレイになるかなど調べる。
一見無駄なことだと思うかもしれないが、それは違った。
椿君はそこから使用量や力の向きなど少しずつ割り出し、より綺麗に洗えるようにしている。
このように、椿君は小さなことでも意味を求め、その小さな積み重ねが努力の質を上げている。
また、椿君は柔軟な対応を大切にしている。
決して自分が正しいと思わず、色んな可能性を模索する。どんな意見でも必ず考えるようにしているし、覚えるようにしている。
そうすることで、椿君は努力の方向性と意味を正確に把握して意味のない努力を無くしている。
これによって椿君は質が高く意味のある努力が出来るようにしている。
だが、椿君の一番すごいところはそのメンタルだ。
椿君は自分のやり方が間違っているならすぐに受け入れるようにしているし、1からやり直すことも躊躇わない。
頑張った努力が水の泡になろうとも、椿君は止まることはない。
努力が無駄にならないように頑張り続ける。
故に、椿君の努力は無駄なく椿君の力になっている。
それを知ったからこそ、分かることがある。
椿君は運良くわたしの自殺を止めているわけではないと言うことだ。
相性がいいとか、たまたま運が良かったとか、そんなものに左右されないほどの実力を身につけている。
どんな状況であろうとも必ず椿君は食らいついだだろう。
そのことに厄介だと思うと同時にどうしても服屋での勝負がチラついてしまう。
私は今着ている服を見る。
服が少ないからどうしても思い出してしまう。
予想を覆し、私の服を選んだ椿君の姿を。
日数が増していくにつれて、甘くてドロドロとしたものが力を増していく、光が差し込むはずがないと思っていたのに、気がつけば差し込むのではないかと考えている私がいる。
( ダメよ・・・・・・ダメなの・・・・・・)
私は苦しまなければいけない。
そうしなければ傷つけた人たちに償えない。
私は絶望しなければいけない。
そうしなければ夢を壊した人たちに償えない。
私は自殺しなければならない。
そうしなければ殺した人に悲しむ人に償えない。
私が傷つけた人の悲鳴が、泣き声が、絶望の声が聞こえる。
「痛い」「辛い」「どうして」「なんで」「イヤ、イヤ、イヤ!」「死にたくない!」「私はまだ生きたい」
わたしを恨む声が、憎しみが、憎悪の声が聞こえる。
「あなたのせいで、あなたのせいで!」「どうしてあなたじゃないの!」「お前がお前がいなければ」「消えればいい!あなたさへ、消えれば全てが解決する!」「いなくなってよ!!この疫病神!」
(ごめんなさい、ごめんなさい、消えるから!必ず消えるから!ごめんなさい、ごめんない、ごめんなさい、ごめんさない)
私は部屋の隅に縮こまる。
頭を下に埋めるようにして涙を流す。
(ごめんない!ごめんなさい!ござんなさい!私、消えるから!苦しんで死ぬから!!疫病神はいなくなるから)
そう私は疫病神、みんなを不幸にする。
早く消えないと、消えないと。
「どうして消えようとするの?」
女性の声が聞こえてくる。
私の目の前には真っ黒な1人の女性が立っていた。
「ねえ、教えてくれない?どうしてあなたは消えないといけないのかしら?」
真っ黒な女性は意味が分からないと言った感じで聞いてくる。
「私が疫病神だから、私は多くの人を苦しめた、みんな消えてほしいて言っている。だから、私は消えないと。私が殺した人もそういってる」
「それは本当かしら?」
女性はまるで嘘だと言わんばりに言い返してくる。
「本当よ!!あなたには見えないの!?私を恨んでいる人たちを!!聞こえないの!?私がいなくなれていう声が!!みんな!みんな!私が消えてほしいて言ってる!」
私は必死に叫ぶ。
しかし、女性は落ち着いていた。
「見えてるし、聞こえているわよ」
「なら!」
「だけど、みんなじゃないわよ」
「え?」
女性の言葉に私は茫然とする。
(女性は何を言っているの?そんな人なんていない!)
「どこにいるのよ!そんな人!」
「いるじゃない、まずここ1人」
女性は自分を指差す。
「え・・・・・・あ・・・・・・」
「私はあなたに消えてほしいと思っていないわよ」
その言葉に私は一歩また一歩と後退りしてしまう。
「それにもう1人いるでしょ?あなたの疫病神が」
「!!?」
女性はニコッと笑顔になる。
「あの疫病神は強いわよ。私と同じでね」
そういうと、女性は楽しそうに後ろに振り向いて、ここから離れていく。
女性が見えなくなると同時に、私は目が覚める。
「ようやく起きましたか」
目覚めると椿君がいた。
温かみを感じる優しい笑顔を浮かべながら、私の頭を撫でていた。
「何をしているのかしら」
「起きるまで暇だったから、頭を撫でたた」
椿君はなんでもないように言った。
「どうして撫でているのかしら?」
「サラサラとして気持ちいいから」
先程の女性のように楽しそうに椿君は話す。
「女性の頭を勝手に撫でるなんて、デリカシーに欠けますね」
「昨日、襲ってきた人の言葉じゃないな」
椿君は苦笑いしながら答える。
「嫌だった?」
「・・・・・・勝手にすればいいわ」
嫌だと言えなかった。
頭を撫でるのが上手いなのか分からないが、撫でられているととても落ち着く。
しばらく撫でられた後、椿君は立ち上がる。
「さて、一緒に映画を見ようか。少し待ってから2時間経ってる。時間は有限だからね」
椿君の言葉から私が2時間も椿君を待たせたことに今気がつく。
椿君から見れば、すぐに出てこなくて嫌な思いをしたはずなのに、そんな事どうでもいいと言わんばかりの笑顔を見せ、さあ行こうと、手を差し伸べてくる。
差し伸べられた手は暗闇の中で輝く一筋縄光のように思えた。
その手を取ろうと手を動かしたが、動かなかった。
私の罪が受け取っては行けないと私を縛り上げる。
私が楽しい道など歩んではいけないと叫んでいる。
動けない、動けなかった。
私はそちら側には行けない。
そんな時だった。
椿君は、差し伸べた手をさらに動かして私の手を強引に掴んできた。
そして、私を拘束する楔を壊すように私を立ち上がらせてくれる。
「止まっている時間はないよ」
そう言って椿君は手を引っ張って私をこの部屋から連れ出す。
その椿君の強引さに、私はただただ嬉しいと思ってしまった。




