第八話 朝食
「すごいな」
僕は用意された朝食を見た際、そんな感想が素直に出てきた。
そこには、白米に豚汁、サラダと焼き鮭が彩り良く並べられていた。
自分の家では、おにぎり一つなど、簡素なものだったので、目の前に現れた理想的な朝食にただただ感動するしかなかった。
「いつもこれぐらいやっているのか?」
「いつもじゃないわ。こんなに作るの面倒だもの」
いつもと言うわけではないらしいが、作ろうと思ってすぐに作れるのは、春野の料理スキルが相当に高いことを意味している。
僕は席につく。
「いただきます」
そうして、僕は食べ始める。
「めちゃくちゃうまい」
美味しすぎて、口に出してしまった。
豚汁は味噌と味と、豚の食感がいい感じに噛み合っていて美味しく、焼き鮭も油がのっている感じで箸が止まらない。
「そう言ってくれてとても嬉しいわ」
春野は当然と言った感じの表情をして、食べている。その姿も、流麗で美しい。何をしても絵になる人だなと深く思う。
それに料理も、極力シンプルなもので、豚汁もそんなに重いという感じでもなく、寧ろ、昨日のごたごたであまり食べられなかった分、その些細な調整が食欲を掻き立てよりおいしく感じる。
そこで気が付く。
春野はこちらの事を気遣って、しっかりと食べられるように作ったのではないかと。
豚汁の具材は、よく見るような一杯入っているといった感じではなく、すこし少なく、昨日、何も食べていない人が朝食で食べるなら丁度いいと感じる量だ。
よくよく、朝食を見てみると、健康に良いようにと配慮でもしたのだろうか、とても栄養バランスが取れたものになっていた。
食材を買ってきたのは僕なのだが、そこまで考えずに、適当に買ってきたものなので、春野は起床後、冷蔵庫の中身を見てから、僕に合うような献立を考案し、栄養をバランスよく取れるよう考えて料理を作った。ということになる。
真に料理が出来る人というのは、冷蔵庫の中身にあるものだけで、望まれる料理を作る事が出来ると聞いた事はあるが、それを僕が実際に経験することになるとは、春野の料理スキルの高さに感心する。
春野がそのように考えて作ったかは分からないが、その温かい気遣いについつい笑みがこぼれる。
「何笑っているの」
「ごめんごめん、朝食があまりにも美味しくて、それにバランス面でも考えられていてすごいなて」
「これぐらい当たり前よ。食事は一日の行動にも大切だし、元気で暮らす上でも重要な要素だわ、そこで手を抜くのは有り得ないわ」
春野の言葉に、僕は感心する。
朝食が大切なことは僕も理解していたが、春野ほど重要視してはいなかった。
さらにすごいと思うのは、それを自殺を止める存在として邪魔な僕にも、その考えを曲げずに料理をしてくれたことだ。
「何かおかしいこと言った?」
僕は春野の考えに感心していたこともあり、ポカンとしていたので、春野は少々不機嫌そうな顔をして聞いてきた。
「いや、ただ、春野って気が使えて、優しい人なんだと思っていただけ」
「当たり前のことをしただけで、優しくしたつもりはないわ。それに無償で優しくする人なんていないわ」
「……」
春野は達観したように言った。
僕はその言葉に返す言葉を持っていなかった。
そうして、僕たちは朝食を食べる。
(無償で優しくする人はいないか)
あの言葉を聞いたときに脳裏によぎったのは、春野の「期待するのはやめられない」という言葉だ。
この優しさも僕を期待させ、後悔させるためにやっていたのか、という疑いが脳裏をよぎり、先程まで感じていた優しい温かみが一瞬で消え去った。
早く、この言葉に対抗し勝利し得る答えを見つけ出さない限り、僕は春野の自殺を止められないし、僕は必ず妨害したことを後悔するだろう。
(早く答えを見つけないとな)
そう思いながらも、僕はすぐには出ない答えを考えるのをやめて、別の事を考え始める。
そこで、僕は先程まで無視していた違和感に突っ込むことにする。
「その服装寒くないか?」
それは春野の服装についてだった。
10月中旬もあり、冬ほどではないがそこそこ寒い。
春野の服装は夏用なので、家の中でもキツイところはあるだろう。
「寒いに決まっているわよ」
「だよね」
そんなの聞かなくても分かるでしょと言う非難の視線をこちらに向けて言った。
「この後、服買いに行くか?」
「行くわけないじゃない。あと4日、家にいれば死ねるのだから」
適当に言ったが、即答で却下される。
どうやら約束を守る気持ちはあるらしい。
にしてもあと四日しか安全な時間はない。
これを無駄にしないように何かしらしないといけないのだが。
学校の件は月曜日からじゃないと始められないし、この休日をどう過ごすべきか決めかねていた。
友達を作るにしても本物でなければ、形だけの友達を無理矢理に、では何の意味もない。
まず、春野に合う人でないといけない。では、その合う人とはどういった人なのか、分からない。
僕は春野について、何も知らない。なら、この休日は春野愛佳はどのような人物なのか、それに費やすべきではないか。
丁度、服装な件など他にもやるべきことが色々とあるし、春野の体調も良くなった。それに気分転換も必要だ。
「よし、服を買いに行こう。その後は晩御飯の食材とかも買いに行こう。」
「私の言っていること、無視しないでいただけるかしら」
先程と同じ言葉に、馬鹿を見る目でこちらを見る春野。
しかし、さっきとは違う。しっかりと外に行く意義を見出した僕は強い。
「お金とかは僕が何とかする。それに残り四日、何もしないで生きるより、何かして楽しんだ方がいいでしょ」
「それは椿君の考え、私は何もしない方がいいわ」
春野は一切の容赦なく僕の意見を叩き割る。
やはり、一筋縄ではいかない。小説みたいにノリではやれないのだ。
故に、僕は賭けに出る。
「なら勝負をしよう」
「勝負?」
予想のない返しだったのか、興味ありげに春野が反応する。
「勝負内容は簡単だ。僕の意見を聞いて今日一日過ごして意味がなかったと春野が思ったのなら、自殺しない期間、2日短縮する。」
「ふーん」
僕の勝負内容に、春野は意外といった感じに答える。
それも当然だろう。ただでさえ、時間が足りないというのにその時間を削るようなことをしてきている。
それも、春野が圧倒的に有利な条件でだ。
春野はしばらく考えた後、答える。
「何を考えているか分からないけれど、乗ってあげるわ。その誘い」
「なら決定だな、外に行く準備をしてくれ」
そうして僕たちは、実質デートみたいなことをするのであった。