第七十一話 勇気の一歩
俺たちは雑談しながらライブが行われる広場までたどり着く。
「うわーー、すごい人だね」
「ああ」
広場には数百人もの人たちがライブを楽しんでいた。
「物凄く盛り上がってる」
一日の終わりを告げるように薄暗くなるほど、ステージの輝きと観客の熱気が増していく。
「取り敢えず菜奈さんの元に行こう」
「あ、うん!」
会場全体から放たれる熱気に飲み込まれて動けなくなりそうだったが、なんとか言葉を振り絞ることができ、菜奈さんの元に向かうことができた。
「花火大会の時みたい」
「そうだな。別の世界に来た時みたいに気分が高揚するな」
体の芯に響く音、それに合わせてライトスティックが弧を描く。
文化祭などでよく見るが実際のライブになると勢いが段違いだ。
「菜奈さん達のバンド、楽しみだね!」
「ああ、もっとすごい盛り上がりを見れるんだろうな」
今でさえこの盛り上がりだ。フィナーレを飾るシリウスナイトはより凄いものになるのは簡単に想像できる。
そんなことを話しながら、俺たちはライブ会場の舞台裏にたどり着く。
「菜奈さん達、見当たらないね」
友梨の言う通り舞台裏を見渡したが菜奈さん達の姿が見えない。
「そこら辺のスタッフに聞いてくるわ」
俺はそう言って近くにいたスタッフに菜奈さん達がどこにいるか聞く。
「菜奈さん達なら、会議することがあるってライブ会場から近い本部の方に向かったわ」
「そうなんですね。教えて頂きありがとうございます」
「どういたしまして」
そろそろ出番だと言うのに会議することとはなんだろうか。
ほんの少しだけ嫌な予感がするが、気にしても仕方がないので友梨のもとへ戻る。
「どうやら菜奈さん達は会議することがあって本部にいるらしい」
「もうそろそろ本番なのに会議することってなんだろう?」
「さあな。俺たちが考えてもあまり意味がないことだろ。取り敢えず菜奈さん達がいる本部に向かって指示を仰ごう」
「そうだね」
俺たちは今日このイベントに参加したのだ。そんな俺たちにできることは少ない。なぜ会議を開いているかは不明だが、力が足りない俺たちが考えても無駄だろう。
今の最善は余計なことをせず、与えられた役割通り菜奈さんのサポートができるように立ち回ればいい。
そんな考えの元、俺たちは本部に向かった。
「あそこでいいよね?」
「ああ、あの白いテントだ」
イベント用に敷設された大きな白いテントで、外から中が見れないようになっているやつだ。
明かりがついているので中にはいそうだ。
俺たちは菜奈さん達に会うためテントまで駆け寄る。
「何かやらかしがあると思ったけど、30分遅れるなんて勘弁してよーー」
テントの中に入ろうとした時、川島さんの嘆くような声が聞こえてくる。
それによって中に入ろとしていた動きは止まってしまう。そして、盗み聞きをするような形になってしまう。
「まあまあ、落ち着こう。紫亜も遅れたくて遅れているわけじゃなんだから」
「菜奈の言う通り。紫亜、何かと運が悪い。遅れるのいつものこと」
菜奈さんの声と知らない女性の声が聞こえてくる。会話の流れ的にシリウスナイトのメンバーの如月さんだろう。
どうやら紫亜さんが予定の時間より遅れてくるため、その対応をどうするかの会議だったようだ。
「2人の言う通りね。飛行機のトラブルから始まり、電車の遅延に車での渋滞とまさか一日中早く出発してつかないなんて予想外だわ」
(おいおい、マジかよ。どこぞの椿君じゃないか)
あまりにも可哀想な話にドン引いてしまう。
「問題はその時間をどうするかだ」
今回の最高責任者である広さんが真剣な声で聞く。
「30分時間稼がないといけないんだよね」
「そうなるね」
(30分かーー、地味にキツイな)
普通に時間を稼ぐならそんなに難しくない時間だが、ライブの成功を考えると、先ほどのステージの盛り上がりをある程度維持したいはずだ。
そうなると30分は高い壁に変わる。
少なくともシリウスナイトの前座を務めることができる実力が無ければいけないし、今回の目玉が30分遅れることからくる不満を吹き飛ばさないといけない。
「今やっている子にもう少し頑張ってもらうとかできない?」
「厳しいな、今の子たちの持ち曲はそんなに多くない。稼げても10分程度、それにあの子たちは長時間のライブを想定していない。体力方面でも不安が残る」
一チーム30分といった感じで回している。
急にその倍の時間をやって欲しいといっても中々きついものがある。しかも、今の盛り上がりをある程度維持することも考えると同じ曲を連続で使用するのも中々にキツイものがある。
広さんの指摘は鋭く的確だった。
「他に代打ができそうなチームとかありそう?」
「ないな。最高のフィナーレに迎えるように調整したのが仇となった。今から何とか出来るとしたらプロ並みかそれに近い実力者でないと無理だ」
広さんの厳しい言葉が突き刺さる。
この場を何とか出来るような手立てはない。沈黙がテントの中を支配しようとした時だった。
パンパンと手を叩く音が聞こえる。
「暗い暗い、そんなの私たちに合わないよ!」
暗さをすべて吹き飛ばすような力強く明るい声を菜奈さんは出した。
「こうなったのは仕方がない。それに私たちのミスだから私たちでなんとかしないと!」
暗闇の中、明るく希望を感じさせる声は暗闇の中一筋縄光を差し込む。
「なんとかすると言っても、どうするつもりなの?私たちの約束、破るつもり?」
『私、作るから!シリウスナイトが輝けるステージを、だから次ステージを上がる時は四人全員であがる。約束ね!』
こちらに来た時に川島さんが話していたことを思い出す。
この状況を自分たちでなんとかするなら、ステージに上がるしかない。そうなると四人全員で上がる約束は果たされなくなる。
川島さんはこのことを恐れたのだろう。
「完全に破るつもりはないよ」
「少しは破るんだ」
気が抜けたような如月さんのツッコミが入る。
「ゴホゴホ、痛いところついてくるね如月」
菜奈さんはいい感じに受け止めて、流す。
「それでどうするつもりなの?」
川島さんの鋭い声が聞こえてくる。
「ワンマン仮面ピアニストとして出て、正体をバレないように30分稼ぐ!私が出たことが分からなければセーフでしょ!」
「「・・・・・・」」
(無茶苦茶すぎる)
菜奈さんのスーパー理論に絶句する。
「はあ……菜奈はこういう人だったわね」
「菜奈、頭のねじ、外れてる」
川島さんと如月さんは呆れたような反応を返す。
「二人とも辛辣」
菜奈さんは悲しそうな声を出すが、今まで様子から本気なのだろう。
「本気でやるつもり?」
「私は本気だよ!勿論、しっかりとした形で約束を果たせないのは残念だけど、それが一番大切なわけじゃないから」
菜奈さんの芯を感じさせる言葉にテント越しで聞いていた俺すらも何も言えなくなる。
「それにちょっとぐらい約束を破ったぐらいで揺らぐような私達じゃないでしょ」
菜奈さんは追い打ちをするように、絶対の信頼を感じさせる声で言った。
「そこまで言われたら納得するしかないわ」
「私たちの絆は、この程度では揺らがない」
川島さんも如月さんも菜奈さんに方針に納得する。
(凄いな)
暗い雰囲気を何とかしてみせた菜奈さんに尊敬の念を覚える。
諦めさせない、出来ると他人に信じ込ませる力は俺にはないものだ。だからこそ、その力を持つ人を尊敬するし、その力を手に入れたいとも思う。
どうすればそのような力を手に入れられるのか、俺は知りたい。
そんな気持ちを抱きながらも、先程の問題に関しては何とかなりそうなことに俺は安心する。
だが、彼女は違った。
俺は失念していた。
俺がカッコいいと心の底から思う奴らは最善の結果ではなく、最高の結果を求め、勇気の一歩を踏み出す奴らなのだ。
俺の後ろにいた赤菜友梨は、一切の迷いを見せずテントの中に入り、言うのだった。
「私に、30分の時間稼ぎをやらせていただけないでしょうか?」




