第七十話 マイペース
俺は午後の仕事をしながら、どうすればいいのか考え続ける。
菜奈さんの言葉を信じるなら答えはすでに俺は持っている。
つまり答えは必ず手に届く範囲にあると言うことだ。
ただ、それが分かったところでどうすればいいのか分かるわけではない。
(こう言う時に弓弦ならどうする?)
弓弦は俺や春野さんみたいに才能はない。突然の出来事に物語の主人公のように解決できる力はない。
そうだと言うのに弓弦はいつだって動けていた。
誰よりも早く駆けつけ力を発揮していた。
弓弦はピンチに強かった。
それはどうしてか。
そういう才能があったからか?運が良かったからか?
違う、絶対に違う。
弓弦はそんなつまんない奴じゃない、綺麗な奴でもない、どこまでも泥臭く諦めが悪い奴だ。
必ず誰でもできるようなことをしている。
それを極めたのが弓弦だ。
そして一つの会話を思い出す。
『なあ、それやらなくても成績に関わらないやつだよな?どうしてやっているんだ』
『今後、必要になるかもしれないから。僕は晴人のようにその場でなんとか出来るタイプじゃないからね。常日頃から手札を増やす努力をして、対応できる場面を増やしているんだよ。できる場面が来たら動く、それぐらいなら才能がなくともできるだろ?』
『ふーん、それはご苦労なことだな』
弓弦はどんなことでも真剣に取り組む。みんながサボるようなことでも、今後使う場面がないだろと思えることでも一生懸命取り組んでいる。
なんて非効率なことだと思っていた。
ほとんどが役に立たないで終わると言うのに身につけようとする弓弦に馬鹿なところがあるんだなと思っていた。
しかし、今なら分かる。
弓弦はいつ来るかも分からないどんなことが必要にされるかも分からないチャンスを掴み取るために些細なことでも大切にして手札にした。
塵も積もれば山となると言ったように、その地道な努力を続け、チャンスを捕まえるための網を大きくし、また広い視野を持ちいち早く見つけていたのだ。
誰でも出来ることだ。
ただ目に見える効力を出すには狂気じみた努力が必要となってくる。
(俺の場合なら才能である程度代用できるかな)
弓弦が聞いたら発狂しそうなことだが、現実は残酷である。
取り敢えず、弓弦の方に小さな出来事でもすぐに思い出せるようにここ数日の事を思い返しておいた。
これでチャンスを掴み取る為の方法は見出すことができたが、友梨に示せる明確な答えは出せなかった。
(結局一番大切なやつが解決してねーー)
どうすればいいかなんて俺にはすぐに思いつかなかった。
(まあ、答えは掴めるところにあるらしいし、時になったら何とかなるでしょ)
別に今すぐ答えを出す必要はない。時間稼ぎは弓弦が必死にしてくれるはずなので、ゆっくりやっていこう。
俺は考えるのをやめた。
そうなると余裕が生まれ、友梨とのちょっと微妙になった関係を治さないとなと、やるべきことが見えてくる。
(友梨を探さないとな)
そうして俺は友梨を探して少し歩くとすぐに見つかる。
「友梨、さっきはありがとな。助かったわ」
「これぐらい当たり前だよ。考え事は終わった?」
「終わってはないけど、急いでやってもうまく行かないし、ゆっくりやることにした」
「あはは、晴人君らしいね」
俺が問題を重く捉えなかったことや友梨も明るい性格のこともあり、何事もなかったのようにすぐに和解する。
やはり、友梨と一緒にいると色々とやりやすい。
そんなことを思いながらも俺たちは自分たちの仕事を進めていく。
友梨も何度か演奏することもあり、その度に腕を上げていく。
その様子に俺も負けられないなと言う思いが強くなる。
そんなこんなで順風満帆と言った感じで音楽フェスのスタッフとしてやっていける。
いじめの件がなかったら友梨の歩む道はここまで明るいのかと実感する。
だからこそ、いじめに囚われている友梨が非常に勿体なく感じる。
友梨が囚われている鎖を壊したい気持ちが膨れ上がるのも当然だった。
ただ、それ以上に音楽フェスを楽しむ友梨を悲しまないでほしいと言う気持ちがあり、その気持ちは完全に制御することができ、友梨にも気づかれなかった。
「今日はお疲れ様。大山君と赤菜さんの丁寧な接客でライブのうちの店も大いに助かった。ありがとう」
最後のライブが終わり片付けが始まろうとした時、西村さんが俺たちに近づいて感謝を述べてきた。
「いえいえ、こちらこそ貴重な体験させてもらいました。本当にありがとうございます。」
友梨はそう言って頭を下げる。
(成長が早いな)
来た時はどうすればいいのか分からず固まっていた友梨が、落ち着いて対応している姿に感慨深い。
「そう言ってくれると嬉しいよ。君たちは本当によく働いてくれた。だからと言ってなんだが、2人ともここでアルバイトをしてみないかい?」
「!!」
予想もしていなかった提案に俺たちは動揺する。
「勿論、移動費などの負担やシフトに関しても休日だけで構わない。その他にもライブなど興味があったら色々と手を貸そう。どうだろうか?」
友梨にとってこの提案は非常に魅力的だ。
今日の音楽フェスの件から、ここが信用できる所だと言うことは分かっているし、ピアニストとしてのキャリアを積んでいける。
舞い込んできた絶好のチャンスに、友梨は心苦しそうな表情をした。
「西村さん、その話の返答については今すぐにじゃなくとも大丈夫でしょうか?」
「ああ、いつでも構わないよ。やる気になったらここに電話してくれればいい」
「なら、俺は考えたいと思います。友梨も考えてからにするか?」
「あ、うん。せっかくの素晴らしい提案にすぐに応えられなくてごめんなさい」
友梨は本当に申し訳ないといったように頭を下げる。
「全然かまわないよ、しっかりと考えることも大切だから」
西村さんは優しく返してくれたため、友梨はホットした表情をする。
「片付けの方は私達で行うから、菜奈ちゃんの方に行ってあげてください」
菜奈さんは広場でのライブがある為一足早く抜けていた。
「本日はありがとうございます」
俺たちは西村さんにお礼を言って菜奈さん達がこれから行るライブ会場に歩いていく。
「私を庇ってくれてありがとう」
「無理に決める必要はないからな。辛いんだろ?春野さんこと」
「……うん。とても辛い……」
絞り出すように弱々しい声で友梨は本音を吐露する。
クラスでは常に暗い顔をしていることや、菜奈さんの指摘、演奏の件、そして先程の誘いとここまでのヒントがあるなら流石に気が付く。
「愛佳ちゃんが今も傷ついているのに、救うために頑張らないといけないのに、そのことを忘れて音楽に楽しんでいる自分がいることが辛いよ……」
友梨は音楽に魅了されている。
どれだけ辛い事、悪いことがあって、楽しんじゃいけないと分かっていても、友梨は音楽に魅了され楽しんでしまう。
その罪悪感が友梨を蝕んでいた。
「辛くても、止められないんだろ?」
「……うん」
「なら、今日だけはすべて忘れて純粋に楽しめよ」
「でも……」
また辛い表情をする。頭では分かっていても心ではと言うやつだろう。罪は友梨みたいな真面目なやつには猛毒だ。それがあるかぎり純粋に楽しむことはできない。
だからこそ、俺は今しか使えない麻酔を使う。
「音楽は人を楽しく笑顔にさせて心を豊かにしてくれるものだって、菜奈さんが言っていただろ?そんな気持ちで菜奈さんの演奏を聞くのは自分への逃げなんじゃないのか?」
友梨はハッとした表情になる。
「晴人君ズルいね。それを言われちゃったら楽しむしかないじゃん」
「俺は手段は問わないからな」
少しだけ拗ねながらも友梨は俺の口車に乗ってくれた。
「それじゃあ、音楽フェスを楽しも!」
「そうだな」
俺たちは今回の目玉であるシリウスナイトのバンドを見に行くために広場に向かうのだった。