第七話 自殺を止める理由
ピーピーピー!
「もう時間か」
僕はスマホにセットしたアラームによって目を覚ました。
時間は午前6時、今日は土曜日であることから、いつもならもう3時間は眠っているのだが、今は春野の看病と監視をしなければならない為、早めに起きることにしていた。
アラームを止めようと頭を働かせ始めた時、違和感に気がつく。
(布団なんて使ったけ?)
僕を暖めるように布団がかけられていた。
僕の記憶が正しければ、布団は使っていない筈、つまりこれは誰かが、掛けたものだ。
では、これは誰が掛けたのか。考えられる人物は1人しかいない。
その答えに辿り着いた僕は、跳ね起きる。
(マズイマズイマズイ、6時なら大丈夫とか考えた僕がバカだった!)
寝ている間に消えられたら、対応ができない。
最悪の可能性を想像し、僕は急いで立ち上がる、その時だった。
「あら、休日なのに随分と起きるのが早いのね。今から、朝食を作るから、もう少し休んでいなさい」
家から出て行ったかもしれないと思った春野は、キッチンからその顔を覗かせ、落ち着いた感じでいた。
「春野……」
予想とは遥かに違う対応に、僕は呆気に取られる。
そんな僕を無視して、春野は冷蔵庫から食材を取り出して朝食を作り始める。
「体調は大丈夫なのか?」
「椿君の丁寧な対応のお陰で、もう大丈夫よ。それよりも自分の心配をした方がいいわ。椿君は隠せてると思っているかもしれないけど、疲れていることバレバレよ。」
僕の質問に春野は呆れた表情をしながらいった。
うまく隠せていると思ったが、ダメだったらしい。
情けないなと思いながら、春野の言葉を素直に受け入れることにする。
僕は、壁にもたれかかり、春野の料理を見守る。
春野はブカブカな寝巻きは嫌だったのか、唯一残っていた私服である、白のTシャツとカラーパンツと言った、素朴で動きやすい服に着替えている。
ここ2日は、色々あったりして、ゆっくりと春野のことを落ち着いて見ることができなかったが、何も出来ない状態になったことで、普段の春野がどんな風に見えるのかを実感する。
整ったスタイルに、無駄のない動き、表情は硬くなくむしろこちらが見惚れていしまうほど柔らかく、黙々と料理する姿はお淑やかな人の印象を受ける。
十月だというのに、寒そうな服装をしている違和感をかき消すほどの魅力を確かに春野は持ち合わせている。
これならば天才美少女と言われ、周りが気にするのも分かる気がする。
その上で、様々な分野において他を圧倒する才能を持っている。ここまで持っているのなら、人生イージーゲームに思える。
しかし、その考えは違うのだろう。もしそうであったのならば、自殺をすることなんてない。寝ている時に悲鳴のような寝言も言わない。
才能という面だけを見るなら、他が嫉妬してしまうほど恵まれているが、春野愛佳の現状を考えるとそれだけしか恵まれなかったと言える。
そう考えると、僕を含め些細なことで一喜一憂出来る、いわば平凡に暮らすことが出来る人々は、一見、彼女より恵まれていないように見えて、ある意味ではかなり恵まれていると言えるのかもしれない。
もしそうなら、彼女が恵まれなかったものを恵まれた誰かが分け与えるべきではないだろうか。
少なくとも、この状況は誰しもが望んでいたわけではない。極端なこと言うなら事故みたいなものだ。誰も悪くない、神の悪戯みたいなものだ。そんなことに、苦しみあまつさえ死ぬなんて馬鹿らしい。
こんなことを見逃していいのか、いいはずがい。少なくとも僕はとても不愉快だ。
なら、僕がするべきことは、春野愛佳が恵まれなかったものを与えるべきだ。その上で自殺を選択するのなら、それはそういう星の下に生まれた人だったと考えるしかない。
今までは、ただ自殺は止めないといけないものだと、大雑把で具体性のかけらも、意志も責任もない本能的な理由から自殺を止めていたが、春野の現状を見て知ったことによって、明確に春野愛佳の自殺を止めるべき理由が自分の中に出来あがった。
それと同時に、先程まであった体の疲れが、精神的な疲れが嘘のように消えていく。
自分のしている行為に、明確な意義が出来たからだ。
朝の清々しい太陽の光が暗かった部屋に差し込む。
自分がどうしたいか決まった。春野愛佳の自殺を止める。少なくとも恵まれなかったものを彼女が手に入れることができるまでは、絶対に死なせない。
そうなると、まず何を与えるべきか。
それを考えると、急激に現実に引き戻される。
欲しいものを手に入れたいという気持ちだけでは手に入らない。しっかりと現実と向き合って対峙していかないといけない。
僕は昨日の夜の時のように、頭を働かせる。昨日はこの時をキツイと思っていたが、今は不思議と楽しい気分になる。
(家族との仲を戻す、いや、ここ数日しか関わりのない僕には無理だな。なら、他は……高度過ぎて分からん)
気分とは裏腹に、僕の考えは行き詰る。
今まで、こんな高尚な事をしようと考えたことは無かったので当然の結果だ。
それでも、僕は諦めない。諦めの悪さはゴキブリ並みと晴人から言われているからな。
僕に出来て、現実的なものとは何か、懸命に考える。
ふと、僕は料理をしている春野を見る。
何度見ても、春野の料理をしている所は絵になるほど美しい。しかし、どこか冷たい感じもする。
何故冷たい感じがするのか、それは何にだ、何処にだ?
(僕の理想は冷たさではなく、温かみがあってほしい。温かみとはなんだ、笑顔だ。そうか、あそこには笑顔がない)
僕は最も欠けているものを見つける。
(笑顔にするためにはどうする。僕が笑わせる?違う、そんな笑顔が欲しい訳ではない。もっと、そうだな、友達だからこその笑顔が欲しい。友達、そうか、それがあったか)
あの絵に春野と笑い合って共に料理をする友達が居ればより良いものになる。
それに、友達は春野が恵まれなかったのもの一つだ。
一つの目的が決まった。
春野愛佳に友達を作る。
これならば、家族の仲をよくするなんて事よりも、数倍現実的で、僕にでも超頑張りさえすれば必ず出来るはず。
「朝食、出来たわよ」
考えがまとまった時、春野がこちらを呼びに来る。
「そうか、ありがとう」
「なんで笑っているのかしら?」
どうやら、感情が表に出てしまっていたらしい。怪しむような目を向けて春野が指摘する。
「やりたいことを見つけたからかな」
「ふーん。それは私の自殺を止める以外の事?」
「それもあるな」
「それもと言うことは、私の自殺をまだ止めると言うことなのね」
春野はガッカリした表情で言った。
「ああ、簡単には死なせないよ」
僕は明るくそう言って、僕は朝食あるテーブルに向かった。