第六十八話 理不尽な現実
(こちらは、バレてないか)
スタッフ用の服に帽子をかぶっていることもあったこちらの存在には気付かれていないようだ。
(友梨がいない時に気付けて運がいいのかよく分からんな)
友梨がこの場にいればさらに厄介なことになっていた可能性を考えると運がいいとも思えるが、根本的に休日にクラスメイトに出会うこと自体珍しい事のはずなのに、それを最もバレてはいけない時に起きたと考えると運が悪いとも思える。
どちらにしろ面倒な状況だと言うことには変わりがない。
(早くどっか行ってくれると嬉しいんだけどな)
このまま長く居られると友梨がこちらに来るかもしれない。そうなれば最悪の場合が想定される。
とにかく友梨が来る前にどっか行くことを祈りながら友梨と出会わないように場所を変えようとする。
「赤菜だっけ?どうしてピアノやりたいなんて手を挙げたんだろう?流れ的に春野さんだったのに」
「頑張ってたからあまり悪く言いたくないけど、こんなことになるなら空気読んでほしかったよね」
この場から離れようとしていた俺の足がピタリと動かなくなる。
離れるべきだと分かっているのに、俺の体は二人の話が聞ける距離から離れようとしなかった。
「怪我して結局ピアノ弾いてないし、学校ではずっと暗い表情してるし、頑張って前に出ようとするのはいいけど、自分の実力にあったことしてほしいよね。じゃないとこんな風に周り巻き込んで不幸になるだけなんだし」
「言い方キツイけど、一人で挑戦してほしいよね」
「そうそう。今回の件でよく分ったでしょ」
「それ以前にもうピアノやめてそうだけどね。私なら絶対にやめるよ」
「そうだよね。まあ、暗い話はここまでして音楽フェス楽しも」
「うん!そうしよそうしよ」
二人はそう言って広場の方へ向かっていく。
俺は完全にいなくなったことを確認した後、自分の中に渦巻く激情を何とか抑えながら一人になるために少しその場から離れる。
そして一人になった。
「うぜえな」
非常に気分が悪くなる話だった。
友梨の頑張りたいという気持ちを余計だったと嫌がられ、必死の努力すらも無駄だったと笑われるその理不尽にドロドロとした怒りが湧き上がる。
苛立ってしょうがない。
お前たちは友梨の何を分かってあんなことを言っているんだ。
友梨は必死に戦っているだろうが、一生懸命に役割を全うしようと頑張ってきたんだぞ。
結果がダメだったら何でも言っていいとでも思ってるのか!
俺は許せない。
安全圏で様子を見て、踏み出すことも出来ないやつらが勇気をもって前に進む人を馬鹿にするのを許せない。
俺は知っている。
ピンチな時に、苦しい時に安全圏で口が出していたやつが何も出来なくて、普段から馬鹿にされても頑張り続けた人がどうにかしていることを知っている。
俺はいつだって見て来たんだ。
外国人だからと冷たい扱いをされながらも日本語の勉強をして必死に努力し多くの人に頼られる親の姿を、いつも一人で、周りから冷たい扱いをされても、困っていることを誰よりも早く気が付き、どんな人でも必ず手を差し伸べる弓弦の姿を見てきた。
どうしていつもこうなるんだ。
俺のように恵まれた者が辛い目にあわず、恵まれていない者がさらに辛い目に遭う。
俺にはそれが分からなかった。ただ、ひたすらに不愉快な気分だ。
(あーー、全てをぐちゃぐちゃにしたい)
俺は湧き上がる憎悪のまま行動したい欲に駆られる。
自分が制御できなくなるのを感じる。
気が付けば、先程のクラスメイトを追いかけようと体を動き出そうとしていた。しかし、それも目の前にいた人物を見て止まる。
「晴人君らしくない怖い顔してどうしたの?」
目の前には不安そうな表情をした友梨がいた。
その姿を見て俺は冷水を掛けられたように激情が無くなり、冷静さを取り戻す。
「ああ、ごめんごめん。少々苦労することがあってな疲れてたわ」
俺は何事もなかったようにいつも通りの表情をする。
友梨をサポートする立場である俺が不安定ではダメだ。冷静で大丈夫だと思われないと。
「そうだったの。ならしっかりと休んでください!晴人君の分まで私働きますから」
友梨は明るく元気に言った後、仕事に戻るために俺から背を向ける。
「俺は大丈夫だ。今から仕事に戻るよ」
俺も一緒に帰ろうとする。
友梨をサポートする側の俺が友梨のお荷物になるわけにはいかなかった。
「嘘をつかないでください」
「!!」
友梨は俺の手を振り払うかのように鋭い声で俺の言葉を否定する。
「何を言っているんだ。俺は嘘なんてついてないぞ」
俺は動揺を隠すように落ち着い対応する。
「晴人君、我慢してる」
「……」
確信しているかのようにハッキリとして口調で友梨は言った。
「晴人君が何に我慢しているかは分からないけど、それが良くないことだって分かる」
友梨の言葉は随分と感覚的なもので感情的だった。
「愛佳ちゃんも同じようなことをしてた。あの時の私には分からなかったけど、今ならハッキリと分かる」
友梨は無理してような笑顔でこちらに振り向きいった。
「私のことで怒らないで、私平気だから」
友梨はそう言ってそそくさと仕事の場所に戻っていく。
俺はその背中を追うことができなかった。
友梨が歩む茨の道に俺は動けなかった。
「……どうすればいいんだよ」
辛いことも必死に努力したこともない俺にはこういう時にどうすればいいのか何も分からなかった。




