第六十四話 音楽の力
グランドピアノに座る友梨。
菜奈さんは友梨の近くで最終調整している。俺は、そこから少し離れているところでその様子を見る。
「片手でも弾ける?」
「はい!」
菜奈さんの言葉に友梨は元気いっぱいに答える。
「なら、好きな曲を弾いてみよう」
「頑張ります」
菜奈さんはこちらにニコニコした表情をしながら寄ってくる。
「どんな音色を奏でるかな?」
「今から分かりますよ」
「教えてくれないんだ?」
「言う必要がないですから」
菜奈さんの質問に少し冷たく答える。
俺は音楽について多少は才能があるが菜奈さん達ほどはない。俺が友梨の音色についてどうこう言えるわけではない。
それに俺の言葉で友梨という人物に変な印象を抱いてほしくない。
そんなこんなしているうちに、友梨はピアノのを弾き始める。
「へーー、素直な音色」
友梨は木曜日に聞いた時と同じ音色を醸し出す。
その音色を聞いた菜奈さんは、先程までの嵐のような天真爛漫な姿から鋭く赤菜友梨の実力を測るプロの素顔が出てきている。
そして、友梨は一曲弾き終わり。こちらによってくる。
「どうでしたか?」
友梨は緊張した表情をして聞く。
「良かったよー!技量面は今後の練習してよりよくするとして、自分らしさをしっかりと表現できていてとても良かった!」
「あ、ありがとうございます!」
頑張ったところが褒められて、友梨は今日一番の元気な声でお礼をいった。
「一つ気になった事があるんだけど聞いていい?」
「はい!なんでも聞いてください!」
「なら聞いちゃうんだけど、ピアノ弾くのに罪悪感とか感じるような事があった?」
「「!?」」
菜奈さんの鋭い読みに俺たちは驚愕する。
「やっぱりかーー」
俺たちのリアクションから自分の発言があっていることを確信した菜奈さんは軽く笑う。
「どうして……分かったんですか?」
「簡単なことだよ。友梨ちゃんはもっと輝ける。そう思っただけ」
「!!」
これ以上ないほどの簡潔で納得してしまうような意見だった。
「友梨ちゃんが何があったのか分からないよ。だけど、友梨ちゃんにはもっともっと輝いていける所で急に力が抜ける所があったから、もしかしてと思って」
一流の人同士は動きだけで意識を交わすというように菜奈さんは友梨を音色だけで見抜いて見せた。
「そう……ですよね」
頑張って隠していた本当の自分を言い当てられた友梨は、暗い表情で元気なく答える。
「その顔禁止!似合ってない」
菜奈さんはそう言って両手で友梨の顔を掴みぐちゃぐちゃにする。
「音楽は人を楽しく笑顔にさせて心を豊かにしてくれる。悲しむなんてそんな勿体ないことしちゃダメだよ!」
「でも……」
流石の友梨でも、勢いだけでは春野さんの事を片付けることは出来ない。
「頑固だなーー、ならこうしよう」
菜奈さんはピアノの座ると弾き始める。
「うまい……」
菜奈さんの音色は友梨の明るさに繊細さを持ち合わせ、暗い顔をしていた友梨を一瞬で音楽の世界に引き戻した。
(鍵盤を見ていないというか、物凄く楽しそうだな)
菜奈さんの演奏は物凄く自由だった。
ピアノを自分の体のように完全に操り、ピアノに囚われることなく早朝の雰囲気を心のそこから楽しんでいると体全てを使い表現する。
その非常に落ち着いた音色は俺たちだけではなく、周囲で会場用意していた人たちも立ち止まり聞き入ってしまうほどだった。
そうして気が付けば、菜奈さんの周りに20人ぐらいの人が集まる。
「友梨ちゃんーー!落ち着いた?」
菜奈さんは一切指を止めることなく、笑顔で友梨の方をみてきく。
「は、はい!」
「よし!なら、ここから上げていくよ!」
先程の穏やかな音色から一気にギアを上げていく。
「天国と地獄か」
荒々しくかつ力強い音色は自然と元気が湧いてくる。
菜奈さんはその勢いを落とすことなく運動会とかでよく聞く曲を違和感なく繋げていく。
陽気な音色にさらに多くの人が集まり始まる。
「相変わらず凄いな」
「朝からこんなにワクワクな気分にさせてもらえてうれしいわ」
「懐かしい気分になるな」
見ている人が楽しく喋り始める。
「皆さん!!私の音色に魅了されるのは分かりますけど、準備をしてください!私が怒られます!!」
菜奈さんは演奏をやめることなく、笑顔でスタッフの人たちに話しかける。
「そう言われたも、離れられるかよ」
「菜奈ちゃんの言っていることは分かるけど、こんな演奏聞いたら終わるまで動けないわ」
「同意」
「もーー!みんな嬉しいこと言ってくれるな。なら私頑張っちゃうぞーー!!」
そういうと近くいた別のスタッフにマイクとスピーカーを持ってこさせる。
「さあ!今から始めるのは準備競争!一位のグループには私のライブを最前列で聞ける権利を与えますーー!」
「おおー!!!」
菜奈さんはピアノを弾きながら運動会のクラスリレーのようなことをやり始めた。
俺は驚愕するが周囲はやる気満々だ。
「実況解説はみんなを笑顔にするスーパーピアニスト、私菜奈と今日、遠い所から来てくれた笑顔が最高に可愛い友梨ちゃん!」
「え、え、え」
いきなり巻き込まれたことに完全にパニックになる。
「お、かわいいね!!」
「元気が溢れてていい子そうだね」
周囲も菜奈さんが作り出す楽しい雰囲気に呑まれノリノリである。
「さあさあ!友梨ちゃん!こっちに来て!」
「あ、はい」
友梨は流されるまま菜奈さんの近くにいき、スタッフからマイクをもらう。
「そしてもう一人は!男の子ポイカッコいい顔と可愛い友梨ちゃんをさりげなく守ってくれる優しさを持つ最高にカッコいいクルー系イケメンの晴人君!!」
「はい?」
菜奈さんは友梨だけではなく俺も巻き込んできた。
「あら、イケメン」
「しっかりと友梨ちゃんを見守っていて、いい人だわ」
(引けないか)
俺は大人しく友梨たちがいる所まで行く。
「はい、マイク」
「ありがとう」
友梨からマイクをもらう。
同じ立場と言うこともあってかいつもよりも優しく友梨に接しようと思っている自分がいた。
「さあ!スタッフのみんな!始めるよ!!」
スタッフたちはそれぞれの仕事ごとに素早く分かれる。
「スタート!!」
「おおー!!!」
スタッフたちは勢いよく動き出す、菜奈さんのピアノもそれに合わせてさらに勢いを増す。
「さあ、一番最初に仕事を始めたのは客席チームだ!」
「距離が近いから、この結果は必然ですね」
「は、晴人君」
菜奈さんの無茶ぶりに素早く適応する俺に友梨は親に置いて行かれた子犬のような表情をする。
「友梨、こういう場合は吹っ切れた方がダメージは少ない」
「そ、そうなんだね!わ、分かった!」
小声で友梨にアドバイスする。その様子を菜奈さんは楽しそうに見る。
「客室チームのみなさん、頑張ってください!」
「お兄さんたち頑張るぞ!」
友梨の可愛い応援によりさらに勢いを増す客席チーム。
「おっと、休憩場所チームも追い上げている!」
「元々準備が進んでいましたからね。」
「なるほど。これは事前の準備量がものをいのか!」
菜奈さんは現状に最適なピアノを弾きながら解説もこちらがやり易いように引っ張ってくれている。はっきり言って人間やめている部類の人だ。
「休憩場所チームのみなさん、頑張ってください!」
「あの声援を聞いたか!野郎ども頑張るぞ!」
「おおー!!!」
休憩場所チームの人には随分とノリがよく、漢気がある人が居るらしく他のスタッフを一瞬でまとめ上げさらに作業スピードを上げていく。
「俺たちも混ざっていいか?」
「私たちもいいかしら?」
「どうぞどうぞ!どんどん参加して!」
菜奈さんのピアノもあり、お祭り状態になっている為次から次へと参加者が増えていく。
「なんだかとても楽しいです」
友梨は多くの人が楽しそうに準備していることに嬉しそうな表情をする。
「そうでしょ!」
菜奈さんはその笑顔に嬉しそうに答える。
「音楽は凄いんだよ!どんなに苦しくとも辛くとも楽しい音楽を聴けば、みんな笑顔になる!元気になるような音楽を聴けば、みんなが元気になってくれる!」
菜奈さんはそれが誇りだと言わんばかりに自信を言った。
「友梨ちゃんがどんなことで罪悪感を抱いているか、私は分からない。だけど、音楽を奏でるのに罪に感じるなら、その罪を許してもらえるまで音楽の力で全てを救おう!」
何処までも真っ直ぐな言葉だった。
友梨の瞳は揺れる。
「さあ、一緒に弾こう!私の言葉はすぐに分からないかもしれないけど、友梨ちゃんならいつか分かると思う。だから、今を楽しもう!」
そうして菜奈さんは友梨に手を伸ばす。
友梨はその手を取るべきか迷いを見せる。
「進めよ、救える方法は進まなきゃ見つからないんじゃないか?」
「……そうだね!」
俺の言葉を聞いた友梨は菜奈さんの手を取り、一緒に弾き始める。
「さあ!全てを魅了しよう!友梨ちゃん!」
「はい!」
友梨たちは実況の事を放置して演奏に集中する。
菜奈さんのサポートもあり、友梨の演奏は先程のよりもさらに輝く。
「朝からクライマックスかよ」
さらにヒートアップする演奏に聞きほれてしまう。
友梨から楽しい、楽しいという気持ちがヒシヒシと感じてくる。
二人の演奏はさらに多くの人を魅了する。
「さあさあさあ!クライマックスいくよ!」
菜奈さんの演奏に友梨は楽しそうに喰いついていく。
「すごいな」
どこまでも輝いていく二人を見て本物なんだと思った。
そうして、二人は弾き切った。