第六十三話 初めてのイベントスタッフ
弓弦にメールをしてから2日後の土曜日、音楽フェスにスタッフとして参加するために朝早くから隣町まで来ていた。
「凄い・・・・・・」
指定された集合場所に着いた俺たちを待っていたのは、千人は入れる広大な広場に建てられた本格的なライブ会場であった。
(想像の数十倍だ)
声には出さないが俺も驚いていた。
弓弦からは、街を盛り上げることを目的として有志の人たちが企画した音楽フェスと聞いていたので、もう少し規模感が小さいものかと思っていた。
圧倒的な雰囲気に俺たちが飲み込まれそうになっていると、こちらに向かって60代ぐらいの男性と大学生であろう女性が来る。
「赤菜さんと大山君でいいかな?」
「はい。あっています」
話しかけられたことに混乱してすぐに答えられない友梨をカバーするように俺は言った。
「そうか、それは良かった。私は今回のフェスの最高責任者をしている広安富だ。」
「大山晴人です。今回はよろしくお願いします」
「あ、赤菜友梨です。今回はよろしくお願いします」
こういった場面に慣れていない友梨を気遣い、同じことすればいいように動く。
友梨もこちらの意図に気付いて真似してくれる。
「へーー、君たちが雄大君が紹介してきた2人ね!」
活発そうな雰囲気を纏い明るい表情をした女性はこちらを品定めするように見てから言った。
「うん!どっちもいい子そう!特に友梨ちゃん!ピアノやっているでしょ!」
「あ、はい」
ピアノをしていることを伝えていないのに、当てられたことに友梨は驚きながらも返答する。
「やっぱりね!手をとても気遣ってる。左手は怪我をしたのかな?壊れないように大切にしているように見えわ!」
「すごい・・・・・・」
一瞬にして自身のことを見抜いた女性に友梨は尊敬の眼差しで見る。
「そうでしょ!そうでしょ!私、凄い人なのです!」
友梨に褒められて女性は非常に機嫌が良くなる。
「私のことを褒めてくれる友梨ちゃん大好き!私、友梨ちゃんがどんな音色なのか聞きたいわ!あっちにピアノのがあるから行きましょう!」
「え・・・・・・あ・・・・・・」
嵐のような展開に翻弄される友梨。
「菜奈、自己紹介を忘れているよ。それに興奮しすぎだ。2人とも困っているじゃないか。落ち着きなさい」
こちらが助け船を出そうと動き出すよりもさきに、広さんが動いた。
「そうだった!ごめんね」
菜奈さんは一度深呼吸をした後、こちらに向いて軽く謝る、
「私は岡田菜奈、菜奈と呼んで!シリウスナイトというバンドグループでボーカルとキーボーディストというピアノを弾きながら歌ことやってる!あとは今回の音楽フェスの企画者で、大トリを務めることになってる!」
バンドについて軽く知っているだけなので、非常に分かりやすい説明で助かった。
それに、20代前半ぐらいのはずなのにこのような音楽フェスを企画するなど非常に行動力がある人だ。
また、今回の音楽フェスの大トリを務めるということなので、相当な実力者だと分かる。
容姿も良く、力強い瞳、人々を魅了して引っ張り明るさと元気があり、太陽のような眩い存在感がある。
音楽というメイン武器がなくとも感じられる圧倒的カリスマ性、地域のやつだからあまり期待していなかったが、これは期待できそうだった。
「今回、2人には彼女の指示のもとで動いてもらいたい」
「そうそう!友梨ちゃんに晴人君!今回はよろしくね!」
「分かりました。菜奈さん今回はよろしくお願いします」
「よ、よろしくお願いします!」
想像以上の展開に驚いたが、俺以上に動揺して緊張している友梨をカバーすることを考えると冷静に行動することができた。
今日の仕事は、俺にとってもやらにとっても大きな経験になることだろう。
(弓弦に頼んで正解だったな)
ここまで大きな機会を作ってくれた弓弦に心の中で感謝する。
「それじゃ私はやる事があるから、あとは任せるよ。困った事があったら運営本部の人に連絡してくれ」
「はいはい!後は任せてください!」
菜奈さんは胸を張って答える。
その返事に広さんは「張り切りすぎないでね」といって仕事に戻っていく。
そして広さんが見えなくなると菜奈さんはこちらに振り向いて言った。
「それじゃあ、ピアノのを弾きに行こうー!」
そう言って、ピアノが置いてあるところを指差して意気揚々と歩み始める。
「2人は音楽フェスのこと何処まで知ってる?」
向かっている最中、菜奈さんは俺たちに聞いてくる。
「誰でも参加できて楽しもうをキャッチコピーにして、一昨年から始まって今年で3回目で100組以上のチームが参加しているぐらいです」
俺は、弓弦が送ってくれた情報を何とか思い出して答える。
「おおー!思っている以上に知ってた!しっかり調べるなんて偉いね!」
菜奈さんは嬉しそうに答えるが、弓弦に教えてもらっただけなので、少しだけ複雑な気分だ。
「晴人君が言った通り、この音楽フェスは誰でも参加できて、楽しめるように、演奏場所が3つあるんだ!一つ目が私たちがいるところで大きな舞台で演奏してみたい人向けなんだ。」
つまり、今いるところは上級者向けのところになってくる。
「二つ目はここから少し歩いたところにある商店街にあるの、大体50人ぐらいの人がたちながら見れるところで、軽い気持ちでみんなに見てもらいたいと思った人向け」
路上ライブを本格的にやってみたと言った感じだ。
「三つ目は、商店街で隠れるようにあるライブハウスがあってね。存在を知っている人ぐらいしか入らないから、初めて人前で演奏したい人向けの場所」
「その人のレベルに合わせた場所を用意することで、多くの人が参加できるようにしているんですね」
友梨が感心するように言う。
誰でも参加できるように各レベルに合わせたステージを用意することで、初心者から上級者まで幅広く参加できる。
「そういうこと!さらに、参加費は無料だから、リスクはないし、選考もライブハウスはしない、商店街も一応弾けるかのチェックするぐらいだからハードルが低いの。流石にここはチェックは厳しくなるけどね」
参加費を無料として、選考もないとなると挑戦をしてみたい人にとっては絶好の機会にだろう。
「挑戦したい人とっては最高のイベントだな」
「うん!これなら気軽に挑戦して見ようと思える」
こちらから話しかけることで、友梨の緊張が少しほぐれたのか、いつものような元気よく答える。
「友梨ちゃん達もやりたくなったら言ってね!私の力で捩じ込んであげる!」
「はい、友梨がやりたそうにしていたら、その時はよろしくお願いします」
「晴人君!?」
俺の発言に友梨は素の反応を返す。
「わ、私だけだと無理だよーー!晴人君も弾けるから一緒に弾いて!」
「初めて3日目の人に言って恥ずかしくないのか?」
「うぐ!」
いつものポンコツ友梨が戻ってきた。
「あははは、2人とも仲がいいね」
「はい、友梨のお世話係をしているので」
「え、晴人君は私のお世話係だったの!?」
「真面目に受け止めるな」
友梨は取り繕うことをあまりしないので発言は全て本心であると考えないと、どんでもないことをする。
「二人だけでやるのが心配なら、私も手伝ってあげるよ」
「え……?」
「本当ですか!これなら晴人君と一緒にできるね!」
菜奈さんの一言で、一気に窮地に追い込まれる。
これで友梨がいい感じに動揺してくれればいいのだが、物凄く嬉しそうに答えてしまっている。
下手に拒否して突き放したら、それはそれで気にしているとか思われそうなので出来ない。
「まあ……やる機会があったらな」
どうしようもなかったので曖昧な返事を返す。
「一緒にやってくれるらしいよ!よかったね友梨ちゃん」
「はい!」
菜奈さんが逃げられないように追撃する。
俺は苦笑いをして何とか受け流す。
(菜奈さんと友梨を組み合わせちゃダメだな)
友梨の真っ直ぐなところを武器にされると対応が難しい。
そんなことを考えていると学校のよりも高そうなグランドピアノが置かれている場所にたどり着いたのであった。