第六十二話 赤菜友梨の実力
教えてもらい始めて30分、俺は両手でおもちゃの兵隊を弾けるようになっていた。
「案外弾けるもんなんだな」
「・・・・・・早過ぎるよ」
友梨は魂が抜けたような弱々しい言葉を漏らす。
「私、両手で弾けるようになるまでに2ヶ月かかったのに」
「こう見えてある程度のことは簡単に出来るタイプだからな、そう落ち込まなくていいと思うぞ」
「でもーー」
友梨は膝から崩れ落ちかなり落ち込んでいる。
俺はやっちまったという気持ちはあるが、友梨がこの程度で折れない事をわかっているので、特に気にしない。
(それにしても一切の遠慮なく人前で才能を見せたのはいつぶりだ?)
ここ最近はこう言った機会があっても、披露する相手は弓弦だったし、こういうのは反感を買う事が多いためわざとやらない事が多かった。
俺は才能や容姿に恵まれていた。
だからこそ、少し努力すれば色んなものが簡単に手に入れる事ができたし、どうすれば上手くやっていけるのか知っていた。
だから、いつも自分にとって都合のいいぐらいでやっていた。それ以上を目指すと色々と面倒だから。
弓弦ぐらいだった、素でいても安心できる奴はその時以外は無意識にセーブかけていた。
(まあ、友梨も弓弦と居ているところがあるからな、油断しただけか)
友梨も弓弦も、才能の差に完全に屈することはない。
2人とも強い意志があり、それを貫き通している。半端者の俺からしては、真似できないものだ。
きっと春野さんもこういう気持ちだったかもしれないなと思う。
何でも簡単に出来るからこそ、多くのものに価値を見出せない。だからこそ、小さなことでも価値を見出し、全力で努力して頑張っている奴が眩しく見える。
春野さんほどではないが、才能がある俺でもそう思うのだ。
俺には持ち合わせない不滅の熱意が無いからこそより明確に見える。
確かに、最初の成長速度だけなら俺のほうが圧倒的かもしれないが、俺には熱意がない。だからこそ、成長の打ち止めは速く低い。
それと違い友梨は熱意があるし、才能もある。成長は遅いかもしれないが上限はない。数年すれば必ず追い抜かされる。
そう断言できる。
友梨みたいな人を大器晩成型というのだ。そして、俺は器用貧乏と言われるのだ。
『確かに人生って損しているだろうね。だけど、そう言った人たちが僕たちが笑って暮らせるように技術を開発して、生活の水準を上げている。そう言った本当の意味で人のために動けるのはカッコいいと思わないかい?』
また、弓弦の言葉を思い出す。
本当に真理をついていると思う。結局、世界を変える人たちは何でもできる人よりも、一つのことにどこまでも進める事ができる人なのだ。
弓弦から学び、その素質を友梨から感じたからあんなふうに接したのだろう。
自分の行動に納得いく考えができた事でスッキリする。
そうして、まだ落ち込んでいる友梨に声をかける。
「いつまでも落ち込んでないで、立ち直れ。成長速度が全てじゃないだろう。友梨のほうが全然うまいだろ。」
「そうだよね!私の方が上手い、私の方が上手い、うん大丈夫!」
(顔がひきつっているぞ)
大丈夫と元気な声で言ったが、本心が表に出ている。
俺は頑張って取り繕うとしている友梨を暖かい目で見守る。
「まあ、このことは置いとくとして、これだけ上手く弾けるなら2人同時で弾けるかも」
「2人同時?」
「うん、晴人君の演奏は正確だから、私がそれに合わせてやればよりいい音色が聞こえると思う!」
友梨はニカッと満面な笑みを浮かべ目をキラキラしながら答える。
(楽しそうだな)
音楽のことになると友梨は何処までも突き進む。
心の底から好きで楽しいのだろう。
「春野さんとした事があるのか?」
「うん!両手で弾けるようになった時に愛佳ちゃんが『もっと楽しい事教えてあげるわ!』て言って一緒に弾いてくれたの!その時の一緒に音楽を作っている感が凄くて、その時は未熟だったから愛佳ちゃんが合わせる形で少し物足りない感があって、できるようになったらアレンジできるようなことをしたいなと思ってたの!」
春野さんに関係あるかなと思って軽く聞いたが、想像以上の反応が返ってきた。
(本当に好きなんだな)
その熱意に圧倒されるが、悪い気分ではない。少なくとも迷って苦しんでいるよりは遥かにマシだ。
それに何だかんだ楽しい。
「分かった。俺がメインを弾くからいい感じにアレンジしてくれ」
「任して!」
そうして俺は弾き始める。
友梨は俺が弾き始めると同時に、まるでピアノの声を聞くかのように極限の集中状態になる。
片手だと言うのに、両手だと思えるほど恐ろしく速く弾く。
今まで少し物足りないなと思っていた所が、友梨の音色によって払拭されていく、友梨が上手くカバーしているからこそ、こちらはとても弾きやすい。
(これが一緒に音楽を使っていると言うやつか)
先程よりも気持ちが躍る。
友梨の熱意が俺に影響を与え、弾く指がより軽く鋭くなる。
(足を引っ張っているな)
全てが上手くいっているように思えるが、友梨がこちらに合わせてレベルを下げている。
先ほどの友梨の演奏に比べて感情がのっていない。
自分らしさよりも的確に演奏するという意識が強いと感じる。
(後でコソ練でもしとくかー)
友梨のようにピアノのメインでやっていくわけがないので、手を抜かれていること、足を引っ張ってあることが悪いことではないが、明らかな実力差を放置するのは気持ちが良くない。
もしかしたら、また2人で弾く機会が来るかもしれない。その時に、カバーしてもらっていると言うのは俺のプライドが許さない。
そんなことを考えながら、無事に演奏は終わる。
「めちゃくちゃ良かった!一緒に弾いてくれてありがとう!」
「どういたしまして、楽しめているようで何よりだ」
友梨は満足と言ったら表情で背伸びをする。
その様子はいつもよりも明るくて笑顔で本来の友梨だと思えた。
「何か掴むことができたか?」
「うん?何のこと?」
「春野さんのことだけど」
「・・・・・・」
友梨の顔が急激に青ざめていく。
「あ、あ、あ、ああああ」
友梨は言葉にならない悲鳴をあげで頭を抱え込む。その後、のたうち回り、教室の隅っこに縮まる。
「私のゴミ、クズ、最低、誰か私を殺して・・・・・・」
凄惨な状況である友梨を他所に、俺は先程見せた本来の姿であろう明るく笑顔が良かった友梨について考える。
(春野さんが見たかったのはあの姿じゃないのか?)
イジメの件について話を聞いてからなんとなく思っていたが先程の姿を見て確信に近づく。
それにここ三日見てきて今の春野さんをどうにかできるかもしれない光を見たのも先程の姿だった。
(弓弦はあの少ない時間でここまで見えていた?)
その可能性は十分にある。
(いや、少し違うな)
そう思えるほどの光るものを弓弦からはあまり感じられない。いつも同じだ。すべてのピースが出来上がった時に注意深く見れば弓弦がしてきたことが見えてくる。
ピースが足らない。
(歯痒いな)
弓弦ならヒントになること言ってくれるはずだ。
そう考えた時ふとあることに気が付く。
(弓弦に頼っていけないとは言われてないよな)
出来ないことは出来る人に任せる。当然の事だろう。
そうなると問題はどのように聞くかだ。
こちらが音楽の情報を渡して聞いたら、弓弦は俺の意見を優先したものを送る可能性がある。俺の中でもまだ断定まで入っていないのでそれは困る。
欲しいのは弓弦がどう考えているかだ。そうなると情報を一切を伏せて伝えるべきだな。
それなら、弓弦は勝手に自分が考える最適解を伝えてくれるはずだ。
そう思い、俺は弓弦に助けて欲しいといった内容のメールを送る。
(さて、やることもやったし後は落ち込んでいる友梨を励ますだけだな)
俺は隅っこに固まっている友梨の頭に手をのせて髪の毛をぐちゃぐちゃにする。
「急に何するの!ビックリしたよ!」
「いつまでも落ち込んでいる友梨が悪い」
友梨の苦情を俺は一刀両断する。
俺は弓弦みたいに丁寧にやるとか面倒だと思うタイプだ。それにこれぐらいのいい加減さが案外丁度いいものである。
「春野さんを助けるんだろ?」
「うん、助ける!」
友梨は元気よく答える。
「なら、もっと明るい顔をしておけ、友梨のいい所はピアノを弾けるところと元気なところぐらいしかないんだから、それを無くしたらなにも救えないぞ」
「わたし、励まされているんだよね?」
「勿論だとも」
俺がここまで人のいい所を言うなんて滅多にない、弓弦がいたなら信じられないといった表情をしているはずだ。
「……なんだか複雑な気分だけど、晴人君の言う通りだ。教えてくれてありがとう!」
友梨はいつものように明るく答える。
(強いな)
俺にはない強さを持っている友梨のことを尊敬しつつ、俺はなんだもないかのように対応する。
俺にも男としての矜持があるのだ。
そうして今日の対策は終わり、次の日の朝、弓弦からの解答が帰ってくる。
その内容は、土曜日にある音楽フェスにスタッフとして参加するものだった。