第六十一話 真面目なやつ
晴人視点
「はあ、ここ二日間でやったことは遊んだだけだなーー」
「そうですねーー」
弓弦と別行動を始めて三日目の木曜日、いつのまにか集合場所になった音楽室で、俺たちはどうすればいいのか分からなくなっていた。
「ここ三日で分かったことは友梨がポンコツだと言うことだけだな」
「左手が使えないだけだから!ポンコツじゃないよ!」
「そうだといいねーー」
「馬鹿にしてるでしょ!」
友梨は頬を膨らませて抵抗する。
(リスかよ)
元から小動物みたいな可愛い容姿もあり、その抵抗は怖いと思うどころか愛おしさすら感じさせる。
拗ねている友梨を放置して、俺はここ三日の事を振り返る。
どうすればいいのか分からなかった俺は、『何事もまずは知ることが大切』という弓弦の言葉に従い、アイスやらボーリングなどをいった。
友梨はイジメの件から左指を怪我をしており、左手は安静にしないといけなかった。
そのことから、俺は結構気遣っているというのに、そんなの気にしないでと言わんばかりにどんどん進むし、ボーリングに行きたいと言い出した。
ちなみに、殆どが端に吸われていきピンの倒した本数が二桁にもいかなかったことには笑いをこらえるので必死だった。
とにかく友梨は明るくて健気な人物だった。
俺はそのこと自体は好感が持てるものだ。
とにかく一緒にいて楽だ。
学年が上がるごとに頭の良さとか見た目とか、地位やプライドとかつまらないものに囚われる奴が増えてきた。
適度にやっているが、正直言って面倒で仕方がない。
(まあ、そう思うようになったのは弓弦と一緒にいたからだけどな)
弓弦は常に物事のよくなるよう行動する。
それは泥臭いものばかりだが、やらない善よりやる偽善と言った感じで、そんな姿を長くみているとプライドなどに囚われている自分が馬鹿らしく思ってしまった。
いつしか、俺は自分のことよりも全体のことのために動ける人の方が好きになった。
だからこそ、少しでもみんなが明るくなってほしいと思わせるように振る舞う友梨は俺の中ではかなりの好感触だった。
だが、そういう奴らに限って辛い目に遭うし、報われない。
そのことを俺はこの出来事に首を突っ込んで良く思う。
弓弦は勿論のこと、友梨も春野さんも辛い目に遭い、その努力は報われていない。
(本当馬鹿な奴らだ)
もう少し自分に甘えれば楽に生きれるというのに、それをしない。弓弦と会っていなければ真面目な奴だと嘲笑っていたはずだ。
『確かに人生って損しているだろうね。だけど、そう言った人たちが僕たちが笑って暮らせるように技術を開発して、生活の水準を上げている。そう言った本当の意味で人のために動けるのはカッコいいと思わないかい?』
いつぞやに、真面目すぎると嘲笑った時に弓弦から言われる言葉を思い出す。
あの時は何も言えなかったが、今ならハッキリと言える。
「・・・・・・カッコいいと思うよ」
小さな声で呟く。
俺は、弓弦のように真面目なやつではない。ただ、運良くそういう事がつまらない事だと知る事ができたに過ぎない。
(本当、馬鹿してるな)
自分のことを呆れるように、だけど少し嬉しと思ってしまう。
「何かいいことあった?いい笑顔だったよ!」
「そんなこと考える余裕があるなら、自分のことを優先しろ」
「ごめ・・・・・・じゃなくて分かった!」
友梨は謝るなという俺の言葉を健気に守り、明るく答える。
(まったく油断ならないな)
真っ直ぐで健気な奴だからこそ、恥ずかしいことを平然と言ってくる。
こちらが何とも言えない気持ちになるのでやめてほしい。
そんな感じで気持ちを改めて問題を考えたが、やはり何にも思い付かない。
友梨も同じ状況で、難しい表情をしながらたまにグランドピアノをチラチラと見ていた。
「ピアノ、弾きたいのか?」
「!!・・・・・・うん」
友梨はピアノを弾くのが悪いことだと思っているようで、その返事にはいつものような元気がなかった。
(必要なのは第三者の声か)
「片手で弾ける曲とかあるの?」
「もちろんあるよ」
どうやらあるらしい。まあ、冷静に考えればない方がおかしいのだが。
「それって弾ける?」
「うん!最初の方は両手で弾けなかったから、愛佳ちゃんから片手から練習するって色んな曲教えてもらったよ!」
友梨は春野さんの思い出を振り返れたのか、嬉しそうに答える。
「友梨のピアノの聴きたいから弾いてくれないか?」
「え・・・・・・でも・・・・・・」
俺のお願いに躊躇う友梨。その躊躇いは先程感じた罪悪感からだろう。ならゴリ押しでいける。
「頼むよー。一度だけでいいんだ!春野さんが惚れ込んだ友梨のピアノ、聞いてみたいんだ」
「そこまでいうなら・・・・・・」
友梨は戸惑いながらもこちらのお願いを聞き入れる。
(やっぱり押しは大切だよな)
俺の本質は弓弦のような真面目系ではなく、そこら辺にもいる軽くチャラチャラしている方の人間だ。
今はやめているが、昔はそういった人がやりそうなことを良くやっていたため、女性の扱いにはある程度心得がある。
弓弦のようにう盤面を動かすほどではないが、このような場面については有効だ。
「弾くよ」
「ああ、頼む」
そうして友梨は楽譜もなしにピアノを弾き始める。
友梨が弾いたのはおもちゃの兵隊だった。
(感情がのってる)
友梨が醸し出す音色は子供の夢の中で慌ただしくかつ賑やかに行進するおもちゃの兵隊を連想させるように、繊細かつ活発な音色だった。
春野がピアノの魅力などを最大限引き出す静の音色だとしたら、友梨のピアノは自身の感情を乗せて魅了する動の音色と言える。
そのことが素人である俺でも分かるほど、友梨のピアノはうまかった。
友梨はピアノを弾く姿もまた魅力的だった。友梨の元気で明るい所が前面に出され、ピアノの声を声を聴いて楽しく話し合っていると思えるような姿だった。
(なるほど、春野さんが惚れこむわけだ)
片手だけの演奏だが、それでも友梨に才能があることがはっきりと分かる。
そうして春野は弾き終わる。
それと同時に俺は拍手する。
「めちゃくちゃ上手い」
「あ、ありがとう」
友梨は恥ずかしそうな表情をする。
「こっちも弾いてみたいと思えるほど楽しそうに演奏していた」
人を引き込む演奏、それが友梨の演奏だった。
もし、友梨が怪我をしないで演奏していたら最優秀賞は友梨のクラスが取っていたはずだ。
「そこまで言ってくれてありがとう、晴人君も弾いてみる?」
「俺、弾いたことないぞ」
「大丈夫大丈夫!ピアノなら教えられる!」
胸を張って任せてという友梨、今までのポンコツぶりを見て少々不安だが、先程の演奏している姿などを見ると、やる時はしっかりやれる人物なはずだと思う。
「分かった、なら少し教えてもらおうかな」
「ふふ、私の凄さ、実感することね!」
「自分でハードル上げるなよ」
フラグを立て続ける友梨に呆れながら、ピアノの椅子に座り、友梨に教わりながらピアノを弾くのであった。