第六話 寝言
最初に現状を整理することから始める。
まずは、判明している事実を挙げていく。
一つ目に、春野は自殺をしようとしている。
二つ目に、一人暮らしをしており、両親との関係は恐らく悪い。
三つ目に、僕は、春野の自殺を邪魔する存在として警戒され、その上良く思われていない。
四つ目に、部屋の様子は、何もなく死ぬ前の荷物整理をしていた様に簡素な部屋であった。
五つ目に、合唱コンクールの後に自殺しようとしていた。
現状で判明しているのはこれぐらいだろう。
これから、春野がなぜ自殺しようとしたのかを推測する。
まず、考えるのは、どのような流れで自殺をしようとしたかだ。
自殺には2つのタイプがある。
一つは、塵も積もれば山になるといった感じで、長年苦しんできたパターン。
もう一つは、今までは普通の生活をしていたが、自殺をしたいと思えるほどの大きな出来事があったパターン。
春野の場合は自殺を止めた時の様子と春野を取り巻く環境から考えるに、恐らく前者だろう。
後者であれば、自殺を止められた後の行動が冷静すぎる。普通の状態から一気に自殺をしたいと思うことがあったばかりのはずなので、最も暴れやすい心理状態のはずだ。
それに、後者なら突発的な行動だった筈なのでここまで家が何もない状況はありえない。このような状態が日常的になっていなければの話だが。
つまり、長年、春野を苦しめる問題があると言うことだ。
その問題は恐らく、家族関係。さらに言うなら万能の天才と称されるほどの才能が根幹の問題としてあると考えるのが、現状で出来る考察の限界だろう。
まあ、細かいことは後々だな。それよりも重大な問題がある。
それは、長年耐えてきた春野に自殺を決意させる出来事があったかもしれないと言うことだ。そうなると長年春野を苦しめる問題に加え、春野に強烈なダメージを負わせた別の問題があるということになる。
では、その出来事とは何か。
自殺のタイミング的に、合唱コンクール関係だと考えられる。
春野の発言を信じるなら、合唱コンクールの朝までは食事をとっていた。それは、その時までは生きるための活動をしていたとも言える。
それと自殺のタイミングを考えると、合唱コンクールで何が起きていたのか調べるべきだ。なんの問題があるのか正しく把握しなければ救えるものも救えない。
そして、こういった件については僕の友達である晴人が詳しいから、頼るべきだろう。
しかし、晴人は妙に鋭いところがある。自殺の件がバレないように立ち回る必要がある。
(小説みたいにノリでいけたら楽なのに)
考えることの多さについついそんなことを考えてしまう。
主人公みたいに、何が出来る力ばあればいいのだが、残念ながらそんなものはない。
(何ものねだりするより対策を考えた方がマシだな)
そうして、僕は今後の対策を考えた。
そして、いくつかのことが決まった。
一つ目に、合唱コンクールの件は月曜日から春野に気付かれないように、秘密裏に調べ始めること。
調べる際には晴人にも協力してもらう方針する。ただし、詳しい事情は全て伏せる形にする。
二つ目に春野を長年苦しめている問題については、手掛かりが少ないこともあり、一旦放置する形にする。
三つ目に春野が自殺しないように監視する件は、僕の時間がないこともあり、必要最低限に留める方針にする。
先程の提案を信じるなら、火曜日まで春野は自殺をしない筈なので、それまでには次の手を打てるように準備を進めなければいけない。
明日と明後日に関しては、春野の体調面を見ながら抱えている問題について知るために努力することにする。
具体的にどうするかは決めていないがな。
そんな風に考えをまとめた時だった。
「どう・・・・・・して」
微かな声だったが、春野の部屋から悲鳴のような声が聞こえてくる。
何かあったのかと思い、僕は春野がいる部屋に向かう。
「春野、入るぞ」
ドア前で聞いても返事が返ってこない。
このまま放置なというわけもいかないので、ドアを開けて部屋に入る。
そこには悪魔でも見ているのか、うなされ苦しそうな表情をして寝ている春野がいた。
「どうして・・・・・・そっちばかり見るの・・・・・・ちゃんと・・・・・・わたしをみてよ」
涙を流し、弱々しく言うその姿に、春野がどれほど追い込まれているのかを理解させられる。
先程までは落ち着いたように見えていたが、それも演技で隠していたのだろう。
「なんで、わからないの……わたしはがんばってるんだよ・・・・・・だから、わたしをみてよ」
春野がどのような悪夢を見ているのかは分からないが、何に苦しんでいるのかは発せられる言葉からある程度の推測は出来た。
「はあ」
僕はタオルを持って、その涙を拭きとる。
そして、ズレている布団を掛けなおす。
「お前は嫌だろうが、しっかり向きやってお前の事を見てやる。だから、笑ってろ。そっちの方がきっと似合う」
演技だと分かっていても先程見せた笑顔は素敵なものだと感じた。
もし、あれが演技ではなく本心から笑えるようになるのであれば。
こんな自殺云々で過ごすよりも、笑って過ごしたほうが数百倍いいに決まっている。
(らしくないこといったな)
ちょっと冷静になったことで、自分が何を言っていたのかを自覚する。
疲れているのか、少々恥ずかしい言葉を言ってしまった。
早く部屋から出よう。
「あり・・・・・・がとう」
それはとても弱々しく、今にも消え入りそうな声だったが確かな暖かみを感じられる声だった。
僕はその言葉に振り向く。
(寝ているよな)
春野を見るが普通に寝ている。つまり、先程の言葉は寝言だということだ。
(心臓にわるい)
ただでさえ、らしくない言葉を言ったと思っているのだ。それを聞かれた上にお礼を言われたと言うのであれば、僕の心は張り裂けそうになる。
これすらも狙ってやった事、だとしたら完全に降参だな。
そう思いながら、僕は部屋を後にする。
その後は、残りの家事をして明日の準備をし、寝ることにする。
ソファーに寝ようとしたが、先程の寝言を思い出し僕は春野の部屋の壁に背を預けることにする。
「今はこれぐらいでいいよな」
この姿勢だと疲れをとることはできそうにないが、今は気を抜いてはいけない。多少疲れているぐらいが丁度いいなどと、自分に言い訳しながら僕は静かに眠りにつくのだった。