第五十九話 才能と支配
「どうして・・・・・・ここに」
頭が真っ白だった。
何も考えられない。
現実を受け止めるだけで精一杯だった。
「椿君が帰ってこなかった。これ以上の理由はあるかしら?」
春野は当たり前のことでしょと言い切る。
その様子は、焦りはなくいつもの通りの冷静で落ち着いた。
(はは、強いなーー)
平常運転の春野を見て、混乱している僕が馬鹿らしく思ってしまう。
僕はその場で軽く背伸びをして、眠気を覚まし落ち着きを取り戻す。
「今は・・・・・・何時かな?」
「11時」
「・・・・・・思っている以上に寝過ごしたな」
何もいえないそんな感じでこたえる。
どれぐらいやらかしたのか知るために聞いたが、ガッツリとやらかしていた。
外でしかも熟睡できるような姿勢でもないにも関わらず約6時間も寝ていることに自分がどれぐらい疲れていたか痛感する。
「迷惑を掛けてごめん」
「全くよ、用意したご飯冷たくなってしまったわ」
「それはかなり不味いな」
春野はちょっとだけ拗ねたように言った。
もっと他にいう事があるだろうに、春野は全く気にしない様子で、せっかく作った料理が美味しく食べれない事に怒っていた。
そんな春野を見て、僕はどうにでもなれといった気分にさせられる。
「何時前からいたの?」
「1時間前ぐらいからよ」
「そっか」
どうして起こさないのか、聞くのは野暮だと思うので聞かない。
聞いたとしても、春野の膝の上で寛いでいるクロのせいにされて終わりだ。
「よく僕がここにいると分かったね」
「椿君、言ってたじゃない。『疲れている時などの軽い逃げ場や休憩所としては最高の場所 』だって」
「・・・・・・そうだったね」
つまり、弱音を吐いているならここだと思われたわけだ。
幸い、弱音を吐いているところは見られていないので致命的なダメージは防げたが、僕が疲れていることはバレた。
さらにいうなら、春野の家では休めないと思われる行為をしてしまった。
ベッドなどを用意してくれて少しずつ警戒を解いてくれているかもしれない春野を裏切るような行為だ。
自身の体調管理が甘かったことに反省する。
「それで、友梨ちゃんの方は上手くやれているのかしら?椿君が疲れているのも色々と裏で動いていたからでしょう?」
「全てお見通しか」
「私を誰だと思っているの?約束はしっかりと果たしてもらうわ」
春野に中途半端な隠蔽はやっぱり無意味だった。
全てを隠すことはできない。そのことを再確認する。
『役割分担ですよ』
雄大先輩に言った自分の言葉を思い出す。
いじめの件を何とかするのが雄大先輩。
春野の苦しみから解放させるのが赤菜さん、その赤菜さんを手助けするのが晴人。
それまで春野を自殺をさせず向き合えるように寄り添い、時間を稼ぐのが僕の役割だ。
仲間を信じろ、春野についてだけに集中しろ。
「そうですね。春野は真っ直ぐな人ですから、僕をしっかりと見てくれる」
「そういうのじゃないから・・・・・・」
僕の言葉に春野は想定していた返しではなかったのか、朝と同じように不機嫌そうに答える。
(万能の天才と言われる才能があるからとでも言うと考えたのかな?)
今日のいじめの件も知って、より確信した。
春野は自身の持つ才能に振り回されている。
自分を語られる上で必ず先に才能が見られる。そんな日々を過ごしていたはずだ。
だから、僕は春野愛佳という人間だけを見る。
万能の天才だから見破られたなんていって絶対に言ってやらない。
万能の天才と言われるほどの才能に僕は負けない。
才能に支配されている春野愛佳という存在を僕が殺す。
万能の天才などという、才能しか見ていない名を必ず消す。
才能に人生振り回されて終わりなんてさせない。
才能を支配する方法を教えてやる。
「安心してください。赤菜さんの方は順調ですよ。僕は有言実行するタイプですから」
僕は自信を持って答える。
「有言実行は約束だけでいいわ。他はしないでちょうだい」
約束だけではなく自殺を止める宣言もさらっと含めるように言ったが、流石に気付かれ拒絶される。
「うまくいかないね」
「はぁ、椿君嫌い」
「あはは」
もはや定番になりつつある会話をする。
そうして僕たちは一緒に夜景を見る。
「来てくれてありがとう」
「……どういたしまして」
僕たちが抱える問題を忘れそうなほど、落ち着いた雰囲気が僕たちを包み込む。
昨日と比べて非常に心が軽い。
だからか、昨日よりも見えるものが多いように感じる。
「猫、好きなの?」
僕は春野に優しく撫でられ非常にリラックスしているクロを見ながら聞く。
「……分からないわ」
「分からない?」
「こういうこと、あまり考えたことないから」
春野はぽつりとこぼす。
今までの春野の事を考えれば仕方ないことだろう。
すぐに決める必要はないし、これからゆっくりとやっていけばいい。
そう考えていると、春野は落ち着きがある表情で言った。
「ただ、撫でていると落ち着いて気分になるわ」
「確かに落ち着くよね」
優しい気持ちになるというか、そのゆったりとした姿を見ると、焦る必要なんてないんだと思えて、心に余裕が生まれる。
まあ、僕には絶対に見せないほどの緩み切った表情になっているクロを見ると何とも言えない敗北感が襲い、中々に心苦しい気分にさせられる。
「にゃーー」
こちらの心中を察したのか、勝ち誇ったような表情をして鳴くクロ。
(この恩知らずめ、何昨日会ったばかりの春野に尻尾振ってるんだよ)
おばあさんに言いつけてしばらくの間外に出られなくしてやろうか。
「椿君、何睨んでるの?」
「うん?何も睨んでいないよ」
猫なんかと喧嘩していることを知られるわけにはいかない。
子供ぽいと思われたら先程いい感じに返せたのが意味がなくなってしまう。
(命拾いしたな)
「ニャーニャー」
クロは今回はここまでにしてやるといった態度を取る。
どこで育て方を間違えてしまったのか僕は非常に悲しかった。
「また、食べ物を持ってこないといけないわね」
「・・・・・・まあ、そうだね」
「反応、遅くなかったかしら?」
「そうかな?気のせいだよー」
僕は持ち前のポーカーフェイスを駆使して全力で隠す。
全く、狙ってやっているのかと疑いたくなる。
(まったく、何をしてるんだか)
夜景を見たことで少しだけ頭が冷静になるとそのようなことを思ってしまう。
少し前まで対峙していた問題と比べるてなんとも些細なことに無駄に高い技術で対抗している。
そう思うと自然と口角が上がる。
やっぱり、これぐらいのバカしている時がなんだかんだで一番幸せかもな。
そんな感じで10分ぐらい猫と一緒に夜景を楽しんだ。
「そろそろ帰ろうか」
「そうわね、ご飯も残っていることだし」
そうして、僕たちは立ち上がる。
「クロちゃん、またね」
「にゃー」
クロはゆっくりと春野の足に近づいて頭を擦り付ける。
「ふふ、もう」
「・・・・・・」
僕は満面な笑みでその光景を見る。
(全てが終わったら、色々とお世話する必要がありそうですね)
次なる予定が決まり、僕たちはここから離れる。
「こんな遅い時間に外を歩くなんて何だか不思議な気分になるね」
「そうわね、悪い人になった気分だわ」
「何それ」
春野らしい感想にくすりと笑ってしまう。
悪い人か、こんな感じの悪い人なら随分楽しそうだ。
「生きたくなった?」
「さあ?どうかしら」
春野は人を惹きつけるような、とびきりの表情をしながら答える。
「まあ、椿君が約束を果たしてくれるなら、その日は死なないであげるわ」
「永続にして欲しいなー」
「それは椿君の頑張り次第よ」
「なら頑張らないと」
そんな些細な会話をしながら、僕達は家に帰るのであった。




