第五十四話 切り札
「智子さんの言い分はよく分かりました。確かにこのような事態を解決する実力がある人でないといけません。」
「そうです。もし、私を協力させたいのなら解決する力があることを示してもらわないと無理です」
力強い声でハッキリと智子さんは宣言する。
智子さんを協力をさせるにはこの事件を解決できると思えるほどの実力を証明する以外に方法はなさそうだ。
私は熟考する。
「分かりました。方針を変えるとしましょう」
「方針?」
先程までの穏やかな対応をしていた私から急に凍えるような冷たい声を発したことによって空気が一気に変わる。
そのことを素早く察した智子さんは警戒心を一気に上がる。
「方針を変えるってどういうこと?」
「そのままの意味ですよ。素直に協力してくれるならよかったのですが、どうやらそうではないようだ。だから、協力はやめます。智子さん、選んでください。私について親友の首の皮一枚残すのか、私に敵対して親友共々地獄に落ちるのか。」
「はぁ?」
先程までの態度が180度変わり、高圧的な物言いに智子さんも敵対心を前面に出して、こちらに鋭い目で睨む。
「……それがあなたの本性なんだね」
「何か問題はありますか?」
智子さんはこちらを軽蔑したような目を向けるが、私は気にする様子を見せない。
「問題はないよ。悪いのが私だと言うことは分かっているから。だけど、ハッキリした。あなたには絶対に協力しない」
智子さんは、完全に此方を拒絶する。
そうであっても私は余裕がある表情を崩さない。
「別に構いませんよ。それなら徹底的に敵対すると言うことでいいですか?」
「うん、それでいいよ。どうせ強気に出たら私が協力するとでも思ったんでしょ?残念、私は本当に悪いことをしたと思ってる。だから、どれだけ私が酷いことをされようが、これ以上他の誰かが傷つくようなことはしないの」
私の言葉に、覚悟を舐めるなと言わんばかりに強気で言い返してくる。
「話し合いはこれで終わり。私はあなたに何も教えることはない。あなたは人の気持ちが何も分かっていない。」
(人の気持ちを分からないか……そうですね。今の私には分からない。それだけ大切に思っているなら、激情に飲み込まれ後先考えないで動く智子さんが分からない)
私は絶対零度の如く、冷ややか目で智子さんを見る。
「言いたいことはそれだけですか?」
「……何が言いたいの」
ここまで言われても焦ることも逆上することもなく、ただロボットのように受け答えする私をみて智子さんは顔にわずかに恐怖の色が見える。
「次の話を進んでよいのかなと」
「何を言っているの……話し合いは終わりといったでしょ」
その声は私から放たれる冷気に触れ、冷たくなる。
「そうですか、なら聞かなくていいですよ。別に智子さんがいなくても変わらない」
「何を……いっているの」
「言ったでしょう。選択をしてくださいと、私について親友の首の皮一枚残すのか、私に敵対して親友共々地獄に落ちるのか。あなたを後者を選んだ。だから、地獄に落とすんですよ」
「え……」
智子さんは無意識に私からじりじりと離れていく。
そんな智子さんの事を一切気にせず、僕は膨らんだ紙袋をバッグから取り出す。
私には分からない。
智子さんの嘘を完封した私が強気で押すだけのお粗末なことをするわけないだろう。
何故、自分の嘘が追い詰められた原因を考えない。
考えれば気が付いたはずだ。
私が智子さんが咄嗟に考えた嘘を完封できるほどの準備を整えてきていると、それができる人物が切り札の一つも持ってこないで協力をお願いするわけがない。
あの時、智子さんはこちらの強引な手段に対して激情に流されず、冷静にこちらに切り札がないのか、解答をすぐに出さないで探りを入れるべきだった。
そうすれば、大切なものを守れたかもしれないのに。
私は紙袋から60枚近い写真を取り出して机の上に広げる。
智子さんは目を見開き、困惑した様子で次々を写真を見る。
「ありえない……ありえない……」
そう呟きながら、私が用意した写真を眺める智子さんに私は死神の鎌をゆっくりとおろすように説明を始める。
「不思議ではありませんでしたか?どうして生徒会が私に協力しているのか、それも学校を休んでまで協力していることを」
「……」
「実力がある生徒会だからと安直な考えを信じて不都合な事実から逃げてしまいましたか?少し考えれば分かるはずです、実力がある生徒会なら、一生徒のお願いだけでは動くはずがない。動くためにはそれだけの証拠など、信用に値するものがあるのだと」
私は、そういって森岡さん達が春野をイジメている現場を捉えた写真を必死に否定する理由を考えている智子さんに告げる。
「聞いたことありますよね、交渉の成果は準備段階で8割決まると、準備を怠った智子さんに、都合のいい展開が訪れる可能性は雀の涙ほどしかなかった。その可能性も今、なくなった」
「……」
交渉ごとにおいて、駆け引きが重要だと思われがちだが、真に大切なのは、その駆け引きを成立させるための状況と手札を準備することである。
元々駆け引きとは互角の状況でないと発生することはない。
当たり前だろう、必ず勝てる手札があるなら何も考える必要はない。
だが、世の中必ず勝てる状況や手札は中々ない。どれだけ準備しようが、勝率を100%にすることはできない。どれだけ頑張っても9割がいい所だ。
今回も同じだ。
この写真は森岡さん達をイジメていることを証明するには強い手札だが、智子さんが先程ついて嘘を森岡さん達に伝えられ口裏を合わせられていたら、智子さんを仕留めることは出来たかもしれないが森岡さん達を追い詰めるには足りない。
だからこそ、この写真が、智子さんにも森岡さん達にも止めを刺せる切り札に昇華できるように、入念に情報を調査し、情報を集め、人を動かし、あらゆる状況を予測し、対策をするなど準備をして、9割勝てる状況を作り出した。
最後に私が負けるかもしれない1割を潰すために、駆け引きをした。
智子さんに有利な環境を与え、相手に反撃を考える時間を渡し、対等な話し合いを演出して、警戒心を下げ、油断するように仕向けた。
勿論、少しでも勝率を上げるために小細工をしている。
例えば、油断させるために時間を与えるとしても、時間を与えすぎてもダメだし、少なすぎたら警戒される、もしかしたら本当に逆転の手を考えられるかもしれない。
私は出来るだけそのリスクを少なくなるように、相手に自然な形で考える時間を与える必要があった。
その為に私は、話し合いをするための準備時間という、反撃の考える時間を作れる口実を残した。
そうすることで、自分で反撃のチャンスを作り出させ、時間を決めれるようにした。
自分で考えたことは正しいと考えるのが人間だ。だからこそ、こちらは疑われることなく自然な形で時間を与えることができる。
また、生徒会という審判役を用意することで、長時間だと審判に怪しまれると思わせ審判役を囮にして、私への注意をそらし、油断させるように仕組んだ。
結果、智子さんは私以外にも生徒会長たちの事も考えながら行動しないといけなくなり、私への警戒心は薄れ、ノーガードになったことを確認した上で切り札を叩きこむことに成功した。
切り札が直撃し、絶望に染まる智子さんを見る。
(さあ、最後の詰めを始めよう)