第五十三話 保険
私は先程の話を冷静に分析する。
話において春野のこと以外でおかしいことは一切ない。ここで智子さんがさらに悪役になるような揺さぶりをしても、効果はないだろう。
こちらが持っている情報と今の話から矛盾点を攻めるのはキツイ。
(そうなると保険が効いているかどうか試すか)
次の手を決めた私は口を開く。
「藤井さんの言い分は分かりました。しかし、証拠がありません。私にしても生徒会としても間違った判断をするわけにはいかない。先程の話が事実である証拠があるなら見せていただきたい」
「・・・・・・」
先程の話は上手くできているが、根本が嘘である。
本当に嘘を混ぜ込むなら証明は容易いが、嘘に本当を混ぜ込む場合は、証拠を偽造しなければ正当性は生まれない。
(さて、保険は効いてるかな?)
智子さんは少し考えた後、述べた。
「証拠はありません」
(どうやら保険は効いていたみたいだ)
私がかけていた保険とは、証拠を偽造する時間を与えないことだ。
証拠の偽造は難しいように見えて、やろうと思えば意外と簡単にできるものが多い。
先程の言い分も森岡さん達と口裏を合わせられると智子さんがついた嘘を暴くのは困難を極めた。
故に私は、時間を与えないように事前連絡なしで智子さんの家に突撃して奇襲を仕掛けた。
突然現れた敵に智子さんはすぐにはバレない嘘を考えつくことはできたが、証拠の偽造まではできなかった、もしくは考えられなかった。
もし考えつけていたとしても、現在は森岡さん達は授業中だ。連絡をしてもすぐには返ってこない。
スマホについても私からでは見えないところに置いているらしいが、不正がないか監視する雄大先輩と佐紀先輩の監視の目を掻い潜る必要が出てくる。
2人が何も知らない状態ならまだしも、私は事前に証拠の偽造や口裏を合わせられないように、スマホなどの連絡機器と、不審な動きがないか注意してほしいと伝えている為、監視の目を掻い潜るのは不可能だ。
これを行うには、自然な形で監視役になれ、信用がある人を用意することや学校を休む必要があるなど、色々と面倒な準備をしないといけない。
そのため、やらない選択もあったが今回のようなことを危惧して保険のような形で行ったことが功をそうした。
「証拠がないなら、先程の言葉を全てを鵜呑みにすることはできません。しかし、全てが嘘だとは思えない。だから、確かめましょう」
「確かめる?」
「はい、森岡さん達に聞くんですよ。脅されていたかどうかを」
私の言葉を聞いた瞬間、智子さんの目が鋭くなる。
これは智子さんが考えたものであり、森岡さん達は知らないり。よって、口裏を合わせられていない現状では、間違いなくボロが出てくるはずだ。
「聞き取りは誰がするんですか?椿さんなどでは客観性に欠けていると思います。」
「生徒会の人にしてもらいましょう。生徒会であれば平等な立場で聞かれるので、客観的な事実を得ることはできると思います。雄大先輩、これはできますか?」
「藤井君が私たちを信用してくれるのであれば、生徒会長として、必ず平等な立場として聞き取りをすることを約束しよう」
雄大先輩は生徒会長として断言した。
「だそうですが、智子さんどうしますか?」
「・・・・・・」
顔を下に向けて沈黙する智子さん。
ここで智子さんが取れる手段は少ない。
信用はないと言うのも構わないが、正当な理由がなければ生徒会から疑われることになり、状況は1対3に戻りより不利になるだけ。
認める場合、時間稼ぎされた口裏を合わせられるのが最悪なので、今日中に必ず行う。
あらゆる事態を想定して、準備をしてきているので昼には出来るはずだ。
ここからの逆転があるとしたら、上手く拒否をするか、私たちが想定していない方法ぐらいだ。
それから一分ほど沈黙が続く。
(第一段階は突破かな)
これ以上時間を与えても智子さんを余計に苦しめるだけで結果は変わらないだろう。
今の智子さんは八方塞がりのような感じだ。提案を飲んでも時間稼ぎにしかならず、より抵抗したことによって厳しい処罰が親友に与えられる可能性があるし、認めたらそこで完全敗北を認めて親友を諦めることになる。
先程の覚悟から、最終的には前者を選んでワンチャンを選ぶのだろうが、それまでに相当な時間を有するのは目に見えている。
それまで親切に待つほど私は優しくはない。
「長くなりそうなので、今回の要件について話してよろしいでしょうか?」
「・・・・・・いいですよ」
智子さんは絞り出すように言い放つ。
まだ、冷静さを保てているのは本人の忍耐力も勿論あるが、こちらが逃げ道を残しているのも大きい。
窮鼠猫を噛むというように、追い込み過ぎると手痛い反撃をされる。
だからこそ、完全に否定せずにワンチャンがあるように進める。
「今回ですが、私は智子さんとの協力関係を結びたいと考えたます。」
「協力関係?」
「はい、今回の件について私は、出来るだけ穏やかな形で解決させたいと考えています。そのために智子さんの力を借りたいのです」
智子さんの地雷を踏み抜かないように出来るだけ抽象的な言葉を使いながら私の目的を伝える。
主人公なら堂々と言うかもしれないが、そうではないので智子さんの察しの良さに賭けるしかなかった。
幸い、こちらに鋭い視線を送ってきてくれたことから、こちらが内密に解決してあげるから親友を裏切れと言っていることを察してくれたらしい。
「協力はできません」
こちらの提案を一刀両断するようにはっきりと否定される。
「それはどうして?」
「簡単なことです。椿さんが全て丸く収めることができる実力があると思えません。やり方次第では、凛奈達が言われもない被害を被る可能性があります。この件は全て私が悪いんです。私が犯した罪の責任を取るためにも、赤の他人に賭けるような真似はできません。」
(まあ、そうなるよな)
智子さんの言い分はわかる。
自分よりも大切なことを今日会ったばかりの人に託すなんてとてもじゃないができない。
それでもなお、私は智子さんに協力させるようにしなければいけない。
私の瞳は一層穏やかにそして冷たくなる。
藤井智子という人間をより正確に捉えるために自我をよりなくす。
そうして、私は藤井智子の攻略を始める。




