第四十五話 狂い始める歯車
「智子さん、最近凛奈さんの元気がないように見えます」
「真美・・・・・・」
真美が暗い表情をしながら聞いてくる。
合唱コンクールの練習を始めて1週間が経った頃だった。
凛奈の異変に最初に気がついたのは真美だった。
「春野さんが凛奈さんの仕事を全て奪ったから元気を無くしてるんじゃないんですか?」
「それは・・・・・・」
否定ができなかった。
春野がクラスの中心となったことでクラス内の勢力が大きく変わりつつあった。
私は元々参謀的な役割で、直樹君は男子達をまとめる役割があり、春野さんが中心になっても大きく変わることはなかったが、凛奈だけは春野さんと役割が一緒のこともあり、大きく立場を変えつつあった。
「どうして春野さんは凛奈さんに仕事を与えないのですか?今までクラスを支えてきたのは凛奈さんですよ?」
真美の言葉には春野への微かな憎悪が含まれていた。
真美は凛奈をそして私を非常に大切な存在だと思っている。
それは、小学校の時にいじめられていた真美を私たちが助けたからだ。
真美は内気で大人しい性格だったこともあり、男子からのいじめの対象にされていた。
性格上、何も言えずただ我慢するしかなかったのもいじめを助長することになった。
一年近くいじめられていた真美は、ひどく内気な性格になり目は常に死んでいて、笑うことは一切なかった。
そんな時に、唯一描き続けた絵を私が褒めて、凛奈に伝え、いじめがあったことを知った凛奈が行動をして真美を助けた。
それ以降、真美にとってわたしや凛奈は命の恩人のような存在であり、私達が傷付くようなことがあれば誰よりも先に気がつき、その原因を排除しようと大人しい性格からは想像できないほど過激に動くようになる。
そんな真美を知っているからこそ、真美が凛奈の悲しみをいち早く察知して、わたしの方にその原因を排除するべきではないのかと、聞きにきていることが分かってしまう。
もしも、ここで賛同したら真美は間違いなく暴走を始めるだからこそ、私は真美の頭を優しく撫でながら言った。
「私の方から聞いておくから、今は凛奈のそばにいてくれないかな?凛奈も過激なことを望んでいないと思う」
「そう・・・・・・ですよね。わかりました。私にできることをしたいと思います。」
真美は自分に言い聞かせるように言って凛奈の元に向かう。
(このままじゃマズイ・・・・・・)
私たちのことになれば過激な行動も辞さない真美だが、それが最終手段であることも理解している為、今すぐ動くと言うことはないだろう。
だが、凛奈の状況が変わらないもしくは悪化するなら間違いなく何かしらの行動を始める。
その前に何かしら手を打たなければいけない。
その為に私は放課後に春野と話をすることにした。
「話は、森岡さんについてでいいわよね?」
「うん、これは我儘なことだっと分かってるんだけど、凛奈にもう少し活躍する場を与えてほしいの」
私は凛奈達の現状について話す。それを聞いた春野さんは非常に難しい表情をしながら答える。
「藤井さんが言いたいことは分かった。私も出来れば仕事を渡したいのだけど、それはそれで別の問題を生むかもしれないわ」
「別の問題?」
「ええ、簡潔に言うなら森岡さんへの侮辱とヘイトが溜まる可能性があるの」
そうして、春野さんはこちらに分かりやすく仕事を振る場合は起きるリスクを教えてくれた。
まず、大前提に春野さんと凛奈にはそれなりの実力差があると言う事実を認めなければいけない。
故に、下手に仕事を渡すと凛奈はその仕事をしっかりできずに周りから反感を買う可能性がある。
だからと言って、レベルが低い仕事もしくは、全体的にレベルを下げて凛奈でも活躍できるようにするのは、私情を優先させることになるし、凛奈から見てみればこの程度の仕事しかできないと言っているようにも感じる可能性がある。
そのようなこともあり、春野も下手に仕事を与えることができなかったのだ。
直樹君が達の方は男子のまとめ役などがあるので、マシだが、凛奈にはその役割すら春野に取られつつある。
それが本人が意図してやっているならまだしも、春野が活躍に対して勝手にそうなりつつあると言うのが非常にタチが悪い。
つまり、現在の凛奈は今までの地位を全ての失い、それどころかみんなから段々と見放されつつあるのだ。
凛奈が何か悪いことをしたわけではないのだ。春野愛佳という人物が凄すぎたことが原因である。
このような悲惨な現状に私は苦虫を潰したような気持ちになる。
「レベルを下げることが一番現実的な策だけど・・・・・・それは望んでいないのでしょう?」
「そうですね・・・・・・」
自分の為にみんなを犠牲にすることは凛奈は絶対に望まないし、より傷付く可能性がある。
「私もできるだけの支援はするつもりだけど、効果的な策は打たないわ。だがら、合唱コンクールが終わるまで森岡さんを耐えれるように支えてほしいわ」
「・・・・・・」
手に力が入る。
何も出来ないでただ親友が傷付くのを耐えるように支えることしかできない、自分の無力さに身を焦がれるような怒りを覚える。
「ごめんない、あなたの親友を傷付けてしまって」
「謝る必要はないよ、春野は何も悪くないだから」
そうして、私たちの対策会議は何一つ成果を得ることなく終わった。
(どう支えていけばいいの・・・・・・)
今までは凛奈に支えてもらうことが多かった私は、こう言った時にどう支えていけばいいのか分からなかった。
「智子」
「凛奈・・・・・・」
私が下を俯いて悩んだいると、いつものように明るい表情をした凛奈が現れる。
「聞いたよー!私のために色々してくれてるんだよね?」
「それは・・・・・・」
何一つ何も出来ていない事実が私の口を重くして言葉を出すことができない。
そんな私に凛奈はあの時と同じように優しく抱きついてくれる。
「大丈夫。その気持ちだけでも十分救われてるよ」
「凛奈・・・・・・」
優しくて大人びた声で言われたその言葉に先程まであった重さは軽くなる。
「分かってるんだ。これは私の実力不足のせい。誰一人悪くない」
「・・・・・・」
その言葉に私は何も言えない。
「私が頑張らないといけない。だがら、私、頑張るから・・・・・・智子、そんな悲しい顔をしないで、私そっちの方が辛いよ・・・・・・」
「凛奈・・・・・・凛奈」
凛奈も苦しいはずなのに、精一杯明るい自分を取り繕うように言われたその言葉に涙を流さずにはいられなかった。
私は支えるべきはずの凛奈に支えてもらっていたのだ。




