第四十四話 万能の天才の実力
そうして、私たちは新たな決意のもと、次の日を迎えた。
合唱コンクールの件については当分の間は様子見をすることになった。
昨日の件は春野さんの立ち回りと直樹君達の頑張りもあって、殆どノーダメージに抑えることができた。
だからこちらが焦って何かをする必要はなかった。また、万能の天才と言われる春野さんがどのような行動を取ってくるか分からないことや昨日の件から衝突するような事が起きないように落ち着いて行動しようとなった。
教室に入ると、直樹君達の頑張りもあっていつもの感じでみんなが過ごしていた。
(よかった。まだ、やり直せる)
その光景に私は安堵する。まだ、やり直せると確信することができたから。
そんなことを思いながら、自分の席に荷物を置いて座った時だった。先に来ていた春野さんがこちらに近づいてくる。
「もう……大丈夫かしら?」
近くまで来た春野さんはこちらを心配するように聞いてくる。
「大丈夫だよ。こちらこそごめんなさい。春野さんの事を軽視してた」
私は、春野さんに謝罪する。
いくらクラスが上手くいくためとはいえ、やりたくないことを押し付けようとしていたのは悪いことだ。本来なら、もっと恨まれてもおかしくないことだ。
「なら、これでお互い様と言うことでいいかしら?」
「うん、それでお願いします」
そうして、私と春野さんは仲直りする。
「仲直りして早速になってしまうのだけど、これを見て頂けるかしら?」
そうして春野さんは十数枚あるような資料を見せる。
「こ……これは?」
「今回演奏する曲について、各パートごとの大切なポイントから、意識して欲しい事、また簡単にできる練習方法についてまとめたものよ」
私は渡された資料を見る。そこには今回の曲の楽譜があり、重要なポイントが分かりやすくチェックされており、別の紙にはどうして大切なのか、どう影響するのかなどを非常に分かりやすく書かれてある。
それだけではない、パートごとにもそれぞれ用意されており他パートとの兼ね合いなども詳しくない人で分かりやすくイラストなどを活用して作っている。
「す……すごい!」
これだけでもパートリーダーなどの負担が大分なくなる。
「これを一日で?」
「ええ、藤井さんに約束したから。合唱コンクールは絶対に成功させるって。私は約束は破らないわ」
その言葉に私は何も言えなくなる。
「どうして……どうして、ここまでしてくれるの?」
「合唱コンクールを成功させるのは勿論だけど、今まで迷惑かけた分しっかりと返すのは当たり前でしょ」
「!!?」
春野さんのその衝撃にさらなる衝撃を覚える。
「今までクラスをまとめ上げてきたのは森岡さん、藤田さん、そして藤井さん達が一生懸命にかんがえて行動してくれたから。私にヘイトが溜まりすぎないように動いてくれていたことも知っているわ。そんなあなた達を蔑ろにすることは出来ない」
私達の頑張りを真っ直ぐな言葉で賞賛する春野さんに私は自然と涙が出てくる。
昨日の件こともあり、才能の無い奴が足を引っ張っていると思われていると思っていたが、私たちよりも圧倒的な才能のある春野さんは、よく頑張っていたと、ありがとうと頑張りを認めお礼を言っているのだ。
「合唱コンクールはみんなが協力しないとダメ。そのためにはクラスの為に動いてきたあなた達の協力が必須だわ。だから、私は藤井さん達に全力で協力するわ」
「……」
その言葉によって、私の中の春野さんの印象が一変する。
今までは冷たくて近寄りがたい人で、才能がない私達なんてどうでもいいと思っている人だと思っていた。
だけど違った。
昨日の件も含めてもそうだが、春野さんは私たちの事をよく見て理解し大切にしてくれている。
昨日の件もそうだが、これも私たちを通さずにみんなに配る方法もあったはずだ。そうすれば、昨日の悪評はすぐに無くすことができる。
だけど、それもしなかった。ここまでしてくれる春野さんを邪魔した私たちが悪者だと思われないようにするために、最初に聞いてきたのだ。
「ごめんなさい、私、春野さんの事をもっと冷たい人だと思ってた」
「謝る必要はないわ。そんな風に思われることをしていたのだから」
全く気にしていない様子を見せる春野さん。
春野さんは決して別次元の人ではないのだ。私たちと同じ次元の人で才能がない人でも見捨てない優しくて素敵な人なのだ。
「春野さんありがとう」
「お礼にはまだ早いわよ。まだ、約束を果たせていない。全てが出来てからお礼を言ってくれるかしら?」
「……ふふ」
「何かおかしい所あった?」
突然笑った私に春野さんは不思議そうな表情をする。
「だって、何処までも真っ直ぐですごいな――と思って」
私は最高の笑みをこぼしながら言い放つ。
春野さんは納得しないような表情を浮かべながらも何も言わない。
「それで、これから私は何をすればいいの春野?」
「……、そうわね。まずはこれをーー」
私の言葉に一瞬驚いた表情をした後、万能の天才だと思えるような自信のある表情で私に指示を始める。
そうして、合唱コンクールの練習が始まった。
当初気にしていた問題は何処はやら、春野は天才だった。
クラスの中心として、的確な指示を出し、下手な人でも決して見捨てずに最後まで付き合い、わかりやすく教えてくれてた。
練習についてもこちらに無理させることは絶対になく、何か困ったことがあったら全力で手助けしていた。
私たちとも上手く連携をすることができて、大きな衝突も起こらなかった。
的確に正しい時事を出す頼れるところや、最後までこちらを向き合ってくれる優しさもあり、春野はあっという間にクラスからの信頼を勝ち取っていた。
全てが上手くいっていた。
その筈だった。
ただ1人、春野に全ての仕事を奪われた凛奈以外は。
「春野さんはすごいな・・・・・・私・・・・・・いらないじゃん」