第四十三話 春野愛佳の策略
「それは春野さんが面倒と責任を取ると言うことでいいのかな?」
直樹君が素早くて立ち直り、春野さんに質問する。
「そう捉えていいわよ。赤菜さんがみんなが納得できるレベルまで教えます」
春野さんは直樹君の言葉に動じることなく、断言する。
春野さんの強硬に誰一人として反論ができない。出来るわけない、万能の天才がやるといったのだ。失敗する未来など一切見えない。
春野さんは万能の天才という圧倒的実力を使い、たった一手にして全てを掌握した。
「指揮者も決めないといけないわね。みんなに我儘を言ってしまったのだから、私が責任を問ってやりましょう」
「!?」
(もしかして読まれてた?)
春野さんはまるでこうなることを読んでいたように一切の迷いなく手を打っていく。
「ほかに指揮者をやりてい人はいますか?」
「……」
誰もが何も言えない。言えるはずがないのだ。万能の天才よりに代わるなんて責任をとれるわけがない。
「いないようなので、指揮者は私と言うことでいいかしら?」
「あ……うん」
突然起きた嵐のような出来事に誰一人何もできなかった。
「それじゃあ、ピアニストと指揮者が決まったから今日は終わりということでいいかしら?」
「そうだね……」
一瞬の事で誰もが沈黙する。そんな中一人、凜奈だけが動いた。
「今日の所は終わり!解散!解散!」
凜奈はこのまま気まずい雰囲気ではダメだと思い、明るく大声で答える。
その言葉によって一斉にみんなが動き出す。
その反応はそれぞれだ。春野さんがついに動きは始めたことについて驚く人や、今後を不安に思う人など混乱が渦巻いていた。
そんな中、春野さんがこちらに近づいてくる。
「こんなことしてごめんなさい。だけど、私もやりたいことがあるの。この合唱コンクールだけは絶対に成功させるから安心してほしいわ」
「……」
春野さんはそう言い残して教室から出ていく。
それと同時に私は確信した。春野さんは知っていたのだ、私たちが春野さんをピアニストに推薦しようとこちらが画策していることを。
その上で、私たちの作戦に乗り、そして見事な手腕で乗っ取った。
この出来事は、万能の天才が本気を出したらどうなるか、そのことを分からせられるのには十分すぎるほどの出来事だった。
そうして、この教室に残っているのは私たちのグループと直樹君しかいなくなる。
「智子……」
凜奈がこちらを気遣うように声を掛けてくる。
「ごめんなさい。何もしなければよかった……私は変な画策をしたからこんなことになった」
私は自分の失策に涙を流す。
ここまで空気が悪くしたのは私が無理に春野さんを何とかしようとしたからだ。何もしなければ春野さんはこうも空気が悪くなるようなことをせずとも同じ結果に持っていく方法ぐらいあったはずだ。
つまり、あの時に欲張った私が悪かったのだ。
「智子は悪くなるよ!私たちがお願いしたことなんだから!智子だけが悪くない」
凜奈はそう言って優しく私を抱く。
「凜奈さんの言う通りだよ。春野さんが凄すぎただけ。智子さんは何も悪くない」
真美はいつもの冷静さを持って私を励ましてくれる。
「そうだよ、智子ち。智子ちはみんなのために考えて動いただけ。攻める人はいないよ」
今日、みんなのために動いてくれた綾香は私の事を悪くないと言ってくれる。
「そうそう、智子悪くない」
普段、あまりそう言った励ましを言わない安奈も優しく私を庇ってくれる。
「みんな……みんな……ごめんなさい!そしてありがとう」
私の失敗を優しく許してくれる親友たちに、私は涙を流しながら謝罪と礼を言う。
「まだまだ、やり直せる。何もかも終わった訳じゃないんだよ」
「そうだよ、私たちもいるんだ。全然やり直せる」
暖かい言葉に私は救われる。
「みんなありがとう。もう大丈夫」
「本当?無理してない?」
「大丈夫だよ。それに、まだやり直せるんでしょ?」
私が涙を拭いて力強く凜奈たちに言った。
みんなの言う通り、これで終わったわけではないのだ。春野さんの事を見誤っただけで、春野さんの配慮があったこともあり、みんなはこちらの事を春野さんにやられた可哀そうな人だという印象だ。
全然巻き返せる。
次は春野さんたちの意志を尊重しながらやっていけばいい。春野さんの『合唱コンクールだけは絶対に成功させるから安心してほしいわ』という言葉を信じるなら強力な仲間を手に入れたとも考えららえる。
「……そうだね!」
凜奈も先程の悲しそうな表情から明るく元気ないつもの凜奈に戻る。
「クラスの方は俺から色々と言っておこう」
邪魔にならないように教室の端っこの方にいた直樹君が力強く言った。
「直樹君ありがとう」
直樹君のカバーも入れば先程の出来事もノーダメージどころかプラスにすることができる。
「流石、私の彼氏!」
「そうですね」
「流石、凜奈の彼氏」
「かっこいいね直樹ち」
私たちが褒める中、直樹君は何食わぬ顔で言い放った。
「彼女の親友を助けるのは当然だろ」
その言葉に全員が静まり返る。
直樹君はカッコよく凄いことを平然と言う。
それに凜奈は顔を真っ赤にして俯く。
「直樹……そう言うのダメだよ……」
いつもとは全然違う、恋をする少女のような凜奈にみんなが暖かい目を向ける。
「これは強いわ」
「うん、これは惚れる」
綾香と杏奈は小さな声でポツリと言った。その言葉に私も激しく同意する。
それから凛奈が落ち着きを取り戻すのに5分程度かかった。
「そういうことだから、智子!一緒にやり直していこう!」
「うん!みんなでやり直そう」
春野という嵐によって私たちはより硬い絆に結べれ、頑張っていくと決意するのだった。