第四十二話 ピアニストを決める
「それをする意味は?」
直樹君の質問に私は冷静に理由を答え始める。
「ピアニストと指揮者なら、もし暴走されても被害を最小限にできる。」
「春野さんの実力なら暴走しても悪い方向に進まないことを利用するんだね!」
凜奈はすぐに此方の考えることを察知する。
今回、警戒するべきなのは上手すぎることによるバラバラになることだ。
それなら上手すぎてもあまり問題がない所に配置すればいい。
指揮者ならみんなを引っ張ることが仕事であり、ピアニストは強弱などの音声を駆使しながら引っ張っていくのが仕事だ。
そこで本気を出してもらってもみんながよくなる方向に進むし、そうじゃなくともみんなに合わせることが大切なので頑張っていると言えば、不満の点でも対応がしやすい。
「それじゃあ、ピアニストの方に推薦するか?」
「うん、一学期に一度だけピアノ弾いた時凄かったもんね!」
私の意見に賛同して二人は早速実現するための方法について話始める。
「そうだよね、あんなピアノを聞いたら誰も手を上げたくならないよね」
凜奈の言葉に私も同意する。あの時の演奏はあまりにも格別だった。
「なら、どのように推薦するのか、俺たちではあからさまだよな」
「そうね」
問題なく進めるためと言っても、強要させられていると思われるのは出来るだけ最小限にしたい。
「なら、綾香ぐらいに任せてみる?綾香は何だかんだはっきりと意見を言うから春野さんを推薦しても疑問には思わないでしょ」
「それがいいね」
直樹君と凜奈はクラスの前に立って聞く役割になるため言いずらいし、私もそう言うタイプではないし、直樹君と凜奈に関わりも深い私では無理だ。
その点、綾香はそう言ったことは立場に関係なくはっきりと物事いう人だ。だから、流れ自体がそうであるなら上手くいく可能性が高い。
「なら、一週間後にピアニスト決めると先生は言ってたからその時までに春野さんを推薦する流れを作っておく、それでいいかな」
「うん、それでいいと思う」
「流石、私たちのブレーン!」
そういって凜奈は私に抱き着いてくる。
また、凜奈たちの役に立てたとこの時の私は思っていた。
しかし、私は知らなかった。人の扱い方と言うのはそんなに簡単ではないし、積み上げるの難しいが崩れていくのは一瞬だと言うことを。
そうして私たちは一週間後ピアニストを決めるためのクラス会が始まった。
「今から合唱コンクールのピアニストを決めたいとおもいます。ピアニストをやりたいと思う人はいますか?」
黒板の前に、凛奈と直樹君が立ってみんなに聞く。
当初の予定通りに直樹君と凜奈が中心メンバーとして決める会は始まった。
「……」
凜奈が周りを見るが誰も手をあげることもなく静かな空気が私たちを支配する。
これも予想通り、元々ピアノができる人は殆どいないし、いたとしても春野さん以上の腕前がないと出たいとは思わない。
誰も手を上げないとなると、みんなが考えるのは出来る人に任せようとすることだ。
「うーーん、誰もいないのかな?」
追い打ちをかけるために再度確認する。これで出てこないのであれば、推薦することも不自然ではなくなる。
このまま上手くいくと思った時だった。
「わ……わたし……やりたいです」
自信がなく震えた手だったが、だが確かに手を上げる赤菜さん。
(ど……どうする?)
凜奈がちらりとこちらに視線を送る。
(時間を稼いで少しでもいいから)
私もすぐさま指示をする。
「赤菜さんはピアノ弾けるの?」
私の指示を聞いた凜奈は時間を稼ぐために質問を始める。
その間に決断しないといけない。春野さんをピアニストに推薦するかどうかを。
「少しは弾けます……」
凜奈さんの発言に力なさげに答える赤菜さん。
(今の発言は辛いな)
今の発言に私は眉を顰める。
合唱コンクール、誰だって問題なく進めたいと考えるに決まっている。その上で、安定を選ぶなら春野さんがベストだ。
もし、それ以外の人物を選ぶならそれなりの実力があることが必要である。そう考える上で先程の自信なく答える姿はみんなに不安を与える。
このまま赤菜さんに任せるとしても、みんなからの不満が出るのは明らかだ。それでうまく弾けなかったら、一番不味い事態になる。
私がどうするべきか悩んでいた時、新たに手が上がる。
「赤菜さんには悪いけど、そんなに自信がない感じなら私的にはしっかりと実力があることが分かっている春野さんにしてほしいんだけど」
「綾香……」
綾香は、みんなが思っていることを言った。
(これで、ハッキリするでしょ。智子ち)
(綾香……)
綾香は悪役になることを承知で勝負に出てくれた。
これによって、赤菜さんが退くなら春野さんになるし、それでも赤菜さんがするなら、その決意にある程度の不満は一旦なくなる。
どう転んでも悪い方向には進まない。
綾香は私たちの為に最高の動きをしてくれた。
「そうですよね、私なんかよりも春野さんの方が上手です」
厳しい言葉を言われたのにも関わらず、赤菜さんは揺るがなかった。
赤菜さんの言葉には諦観がなかった。
言葉にあるのは強い意志だった。
「だから、春野さん、私にピアノを教えていただけませんか?」
「!!?」
赤菜さんの言葉に春野さん以外の全員が驚く。
誰もが春野さんに頼るとは考えてもいなかった。
そして、みんなの視線がこれまで静観を決め込んでいた春野さんに集まる。
全員の視線が集まり最大限の注目されたことを確認するように一瞬周囲を見た春野さんは言った。
「別に構わないわ。教えてあげる。みんなが納得できるレベルまでね」