第四十話 クラスのまとめ役
全ての始まりは、ピアニストを決める1週間前だった。
「凛奈さん、智子さん、おはようございます!」
「おはよう、どうしたのそんなに嬉しそうな顔して何かあった?」
朝、こちらを見つけるなり華奢な容姿からは想像できない活発さでこちらに駆け寄ってくる真美に、私の隣にいる凛奈は少し落ち着くように接する。
「前に頼まれていた合唱コンクール用のスタンプのイラストができました!みてください!」
「本当!?頼んだの2日前だよ?」
真美の言葉に凛奈は予想もしてなかったと言わんばかり驚いた表情をする。
それに対して真美は嬉しそうに言った。
「はい!クラスを引っ張る凛奈さんやクラスの為になるならと思って頑張りました!」
「もーー!真美ちゃんのそう言う健気なところ大好き!」
凛奈は、ポニーテールを激しく揺らすように立ち上がり、華奢で子鹿のような真美に勢いよく抱きつく。
「り、凛奈さん。は、恥ずかしいです・・・・・・」
抱きつかれた真美は顔を真っ赤にして、どうしたらいいのか分からず、おどおどとした小動物を思わせる表情をする。
(めちゃくちゃかわいい)
凛奈に襲われている真美には悪いかもしれないけど、おどおどなしている真美と元気で明るい凛奈のスキンシップは、中々にそそるものがあり、すぐに止めようとは思えなかった。
それから約3分、真美がそろそろ泡を吹いて倒れそうになってきたので、流石に止めに入る。
「凛奈〜?スキンシップは終了の時間だよー。これ以上やったら真美が壊れちゃう」
「やーだー!」
「子供じゃないんだから、ほら」
私は服を掴み強引に真美から引き離す。
「あーー、私の真美ちゃんがーー」
「凛奈の真美じゃないでしょ」
「あはは……」
おもちゃを取られた子供のように残念な表情をする凜奈に私はため息をして、真美は苦笑いする。
「凜奈ちは朝から元気だねー」
「いつものことでしょ」
「二人ともおはよー!」
元気な凜奈に関心している綾香といつものことだと冷静にさばく安奈がこちらに来る。
「真美ちゃんがスタンプのイラストをもう作り上げてくれたの!一緒に見ない?」
「真美ちは仕事が早いからね」
「真美は真面目だから」
うんうんと言った感じで3人は頷く。
「あはは・・・・・・そう言われると嬉しいです」
褒められた真美も恥ずかしさからか、下を向いて小さな声で言った。
「はいはい、3人とも早く見るよー。このままだと時間無くなっちゃう」
このまま永遠と真美を褒める会になりそうな空気を察した私は、時間のこともあり、少し強引に話を進めることにする。
「そうだね!智子、ありがとう!」
凛奈はニカッと太陽のような笑顔でお礼を言う。
(まったく・・・・・・)
そんな明るくて暖かい笑顔を向けられるとどうしようもなく嬉しくなって、甘やかしてあげたくなる。
「さてさて、どんなのが出来たのかな?」
まるでプレゼントの中身を確認するような感じでスタンプを見ようとする。
「おおー!」
「これは・・・・・・すごいね」
「真道ち最高ー!」
「流石、真美」
スタンプの種類は計15種類、誰もスタンプとして使いやすいように少しイラストを崩して描いており可愛さを醸し出している。
それだけではなく、凛奈をモデルにしたであろうかわいいキャラが昨日の練習場は音楽室!と看板を持っているものがあるなどしっかりとした利便性も確保されている。
「どうでしょうか?親しみが持ちやすい事と、しっかりと使う場面があることを意識して作りました」
「最高だよ!真美ちゃんの大好きー!流石、私の彼氏!」
そう言って、真美に抱きつく凛奈。
「そんなこと言ったら、本物の彼氏がまた嫉妬するよー」
「直樹はそんなことで嫉妬しませーん」
凛奈は自信満々に答える。
「直樹は優しいんだよ~、この前なんてね」
そうして凛奈は彼氏である直樹君について語り始める。
「凛奈ちの惚気が始まったよー」
「どうしてくれるの智子?」
「私が悪いの!?」
綾華と杏奈はこちらに非難の視線を送る。
こうなったら凛奈はそう簡単には話をやめない。
まあ、それが凛奈が心の底から直樹君のこと好きなことが伝わるし、普段からみんなの為に動いていることもあり、不快な気持ちになる人は誰もいない。
「そこまでにしてくれよ凜奈、流石に恥ずかしいよ」
凜奈ののろけ話を止めに入ったのは、次の野球部のエースと期待されクラスの中でも中心人物で凜奈の彼氏でもある藤田直樹君だった。
「分かったよ。私も直樹を困らせたくないから」
凜奈もその声を聞いてすぐにやめる。先程までの無邪気で明るい所はなりを潜み、直樹の彼女としての鉄壁さを醸し出すような大人の女性へと一瞬で変わる。
凜奈もまた、クラスをまとめるカリスマ性を持っている。
普段は、明るく誰とも優しく接してくれ、クラスのムードメーカーでもあるが、危機的な状況や真面目な時は空気をピシッと締めることも出来る。だからこそ、多くの人に慕われていてクラスの中でもリーダー的な存在になっている。
この時の、私達のクラスは直樹君と凜奈の二人を中心にまとめられていた。