第三十八話 泣き言
夜景ピクニックは無事に大成功し、僕たちは家に帰還して家事を済ませる。
「おやすみ」
「うん」
遠くまで歩いた疲れもあるのか、春野は帰って家事を済ませると早々に自分の部屋に行く。
僕はそれを見届けた後、明日のための準備をする。
そして、準備をしてから1時間ぐらい経っただろうか、いつものように春野は悪魔に魘され始める。
(やっぱり……これだけじゃダメだったか……)
今回色んなことをしたのは約束の件もあったが、少しでも春野が見る悪夢を弱めるもしくは無くすことができればと考えたが、どうやらダメだったらしい。
(先は……長いな……)
その事実が心を苦しめるが、その気持ちを押し込めていつものように春野が少しでも苦しまないように涙を拭くなど些細なことかもしれないが出来ることをしておく。
それからさらに一時間、春野が少し落ち着いてきたのを確認した僕は、春野が起きないようにそっと家から出ていく。
春野には申し訳ないが少しだけ鍵を借りて不審者が入らないように戸締りをしっかりとする。
僕は、再び夜の街に向かう。
そして、春野との関係の始まりの公園に訪れる。
時間もかなり遅いこともあり、周囲には人はいない。
僕は誰にも見えないように木に隠れるように泣き崩れる。
「クソ・・・・・・クソ・・・・・・クソ・・・・・・」
僕は今まで抑えていた感情を吐き出すように小さく弱々しい声で言った。
元気にそして明るく、みんなの希望になれるよう、ここ1週間頑張ってきた。
春野には自殺をやめてもらえるように明るく振る舞いつつも大切なところは嫌われてもいいから譲らず。
赤菜には自分の問題と向き合えるように厳しくあたり。
晴人にはハッピーエンドを作り出すと胸を張って言って信じ込ませた。
雄大先輩からは自分が救うといい、協力を取り付けた。
どれもこれも嘘ではない、本気で達成しようと思っている。だが、僕は現実に向き合うことをやめれない。
誰よりもしっかり考えることが、僕ができることの一つだ。
だからこそ、この行動が最善ではなく、僕が考える最高の結果の為に皆んなを言葉巧みに騙して、振り回している事実に気が付いている。
春野の自殺を止める。春野が生きたいと思えるようにする。ただ、それだけを果たすなら、やろうと思えば出来ていた。
自殺を止めるだけなら2回目の自殺の時点でほぼ確実に止められる方法を僕は持っていた。
だって僕は、ここの公園で話したこと全てを録音しているのだから。
あの時、僕には公園までにたどり着く時間という考えることができる時間があった。
その時、考え付いてしまっていた。
自暴自棄になっている人を無理矢理止めたのだ。恨まれ何かしらの方法で危害を加えられる可能性があるかもしれないと。
その時の対策の為に、僕は電話をかける準備をするフリをしながら怪しまれないように録音アプリで音声の記録を開始し、もしもの場合に備えていた。
僕は初日の時点で勝負を五分五分にする手札は揃っていたのだ。
しかし、録音だけでは弱いので更なるチャンスの為に、敢えて何も出来ないように振る舞った。
そして、2回目の自殺の時、春野が長時間意識を戻さないこと、自殺未遂をした証拠もあり、録音まであった。
春野が意識を取り戻すまでの時間で、大人達を説得して徹底的な対策をすることは十分可能だった。
そうであるのに、僕は残り1割ぐらいの可能性をまるで半分の確率で失敗するかと言わんばかりに自分に言い訳をして取らなかった。
本当は、春野のことを何も知らずに自殺という彼女の選択を残虐に追い込みやめさせることが嫌だっただけである。
つまり、僕は人を傷つけることに耐えられないから、最悪の結果もありえた方法を選んだのだとも言える。
自殺を止める、それだけにこだわれなかった僕の愚かさだろう。
その事実が僕を蝕む罪としてここ1週間僕を苦しみ続けている。
それだけではない。自殺をしない期限もやろうと思えば3ヶ月ではなく、数年もしくは永遠にすることもできた。
赤菜さんを救いたいと思う気持ちは、春野の中では自殺をする理由を超えるものではなかった。だから、春野において明確な弱点とはなり得なかった。
ただ、それは何もしなかったらと言う話だ。
弱点ではないからと言って弱点にできないわけではないのだ。
僕が赤菜さんの泣いている姿を、苦しんでいる声を、折れそうになっている心を春野にとって最も傷を抉るように話した後、同じ話をすれば結果はどうなっていただろうか。
間違いなく春野が感じている罪の重さは増すだろう。それと比例するように責任を感じて赤菜さんを救わないといけないとより強く思うはずだ。
そうなれば確実に今よりも長い時間を得ることができたし、やり方次第では春野の自殺をしたい気持ちすら粉砕できただろう。
それだけではない、春野の罪を利用して僕に依存するように仕向けることもできた。
春野にとって都合のいい甘い言葉を言うことなんて全然できた。罪すら忘れるようなドロドロとした甘く堕落してしまいそうな夢を与えようとしたら出来ていた。
だが、それもしなかった。
優しくすることはあれど甘くすることは絶対にしなかった。
僕は逃避を許さなかった。
言葉巧みに相手を誘導し、現実に向き合せ試練を与えた。
僕が考える困難を乗り越えてみんなが前を向いて進んでいけると言う、身勝手で子供じみた最高の結果を求めたからだ。
僕は大人になれていない。現実ではなく理想を選んでいるのだから。
一歩間違えば取り返しのつかないことになると分かっていながらも、自分の理想を選ぶ何処までも愚かな子供である。
そのことを理解しているからこそ、自分の弱さへの怒りが湧いてくる。
(何が道は長いだ、何が苦しい気持ちになるだ、それもこれも自分で選んで始めたことだろうが。
確実に自殺を止める方法も!春野に苦しんでいる呪いをなくす方法も!分かっていて選ばなかったんだろうが!
現実を理由にして人を傷つけるのが!見捨てるのが!自分が折れてしまうことが嫌だったから、皆んなを巻き込んだ大博打をしたんだろ!
だから、この辛さを理不尽や現実に押し付けるなよ。
その辛さは自分で選んだものなんだから。)
「クソ・・・・・・クソ・・・・・・クソ・・・・・・」
逃げ場のないこの怒りをどうすればいいのか分からず、ただ、罵倒の言葉を漏らすことで受け流す。
明日からするいじめへの対処も同じことだ。
僕たちはいじめの被害者でもなければ、被害者である春野や赤菜はやり返してほしいと思っていないだろう。
ただ、僕が春野を救う上で障害になる可能性があり、自分の実力がないから、放置できず対応するだけの話だ。
関わりのない他人が自分勝手な計画の為に、本人たちも望んでいないのに勝手に制裁をする。
客観的に見れば、これからすることは、なんとも身勝手で正義なんてものはない、愚かな行為である。
清廉潔白とは程遠い、汚い人だ。自分の実力不足を理由にこんなにも身勝手なことをやろうとしているのだ。
これから行う愚行に顔を歪ませる。
それと同時に1人家に残してきた春野を思い出す。
(家を勝手に出てきてごめんね。どうしても見られたくなかったんだよ。ここまで愚かで我儘で弱い僕を)
春野だけには絶対に見せられない。罪から救おうとしている僕が罪に苦しんでいる姿など見せられない。
「はぁーー」
僕は大きくため息をついた後、涙を拭き立ち上がる。
「もう大丈夫。今の僕なら最後まで走り切れる」
抑え込んでいた感情を解放できたので、心の整理がつく。
何をどれだけ考えても、あの時の僕なら何度でも同じ選択をする。
始めた物語はみんながハッピーエンドを迎えるまで戦わないといけないし、これから苦しみながらも、巻き込んでしまった人たちが上手くいくように全力で振る舞うのも変わらない。
僕は理想を追いかけることをやめられないのだから。
もうこの件で僕がこんな感じに泣き言を言うことはないだろう。
(弱い僕は一旦休憩!)
あとは全て春野を救う、全員が前を向いて進めるハッピーエンドを本気で目指す強い僕だ。
そうして僕は春野の家に戻る。
一人静かに弱い自分と決着をつけて。