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第三十七話 夜景と猫と天才美少女

「結構遠いのね」

「今回はちょっと欲張ってるから。疲れたら無理しないでいってね。タクシーも使えるし、時間も全然あるから休憩もできる」


 家を出てすでに1時間以上僕たちは歩いていた。


 こうなったのは今回の行き先を決める上での条件が原因だった。


 春野のことを考えて、できるだけ人が少なく知られておらず春野にとって1人になりたいと思った時になれそうな場所と言った条件で決めたため、かなり遠くになってしまった。


 最初は交通機関などを使うことを考えたが、今の春野が学校の人に見つかると非常にまずいく、時間帯も下校時間に被っていることもあり、断念した。


 その代わりにタクシーでも使おうとしたが、『私のために無駄にお金を使わないで』と真剣な表情で言ってきたため、結果そこまで歩きで行くことになった。


「荷物の殆どを持って、私の歩調に合わせて歩き危険がないように周囲を気遣いまでしている椿君には言われたくないわね」


 春野は少し拗ねたように言ってくる。


「体力はあるからね」


 日頃からハプニングが尽きない人生を送っていることもあり、体力はそこそこある。


 と言うか、体力面でも負けていたら本当に自殺を止めるだけしか役に立たない人間になってしまう。


「それに僕が誘ったんだ。春野に迷惑がかからないように気遣うのは当然のことじゃないか」


 これは自分が始めたことなのだ。それに巻き込まれた春野が辛いと思わないように全力を尽くすのは当然である。


 それに、僕はなんでもできるタイプの人ではない。人よりも何倍も考え努力して何とかやっていけているだけなのだ。


 それ故に想定外のハプニングなどにはどうしても理想からワンテンポ反応が遅れ、対応が遅れる。


 自殺のような事など、大きく、ある程度の強引に行くべき時などはすぐに動けるが、ここで学校の人に会う可能性など、先のことを考えて行動しないといけない場合はどうしても最適な対応ができない。


 だからこそ事前に多くのことを考え、手札を用意して行動する。


 何気なく歩いているこの道も、もしも春野が歩きを選んだ場合、事故が起きる可能性が一番低いルートを雄大先輩と考え策定したものになる。


 さらに言うなら、ここら周辺に学校の生徒がいないのも、雄大先輩の非常識な情報網のお陰で確認済みだ。


 そして、ダメ押しと言わんばかりに僕は春野が気にならない程度に周囲を警戒して歩いている。


 これだけしても、事故は起きるためその時の対応策も複数用意している。


 徹底した対策のもと、慢心も油断もせずに物事を進める。


 そして、その徹底さと頑張りは、春野には絶対に見せないし、気付かせない。


 春野には純粋な気持ちで楽しんで欲しいから。


 だからこう言う辛いことは本人にも気づかせないように全て引き受ける。


「そう、ありがとう」


 僕の言葉を聞いた春野は、小さくそして静かにお礼を言った。



 それからさらに10分ぐらい歩くと、野球やサッカーが余裕でする事が出来るぐらいの大きさがあり、遊具があるところには桜の木が何本もある、大きな公園へとたどり着く。


 時間は午後8時になろうと言うこともあり、公園は薄暗く、いるのはバスケをしたり、ランニングする人ぐらいだ。


「目的の場所?」

「違うよ、公園の向こう側にもう一つ小さな公園がある。それが今回の目的地」


 そういって僕たちは公園を横切る形で反対側に向かう。


 反対側は急な坂となっていて、今いる位置と坂の一番上は大体20から30メートルぐらい高低差がある。


「あそこ?」


 反対側についたことで目的地らしいところを見つけた春野はこちらに聞いてくる。


 反対側の坂は一軒家が並ぶ住宅地になっており、その家々は昭和の時代を感じさせる家が多く、それ故に物静かで懐古的な雰囲気を醸し出している。


 もう少し進み、綺麗に植っている花の側道を越えれば入り口だ。


「ああ、あそこだ。横に入り口があるから隣の坂をちょっとだけ登るけどいいかな?」

「分かったわ」


 僕たちは坂を少しだけ登り、目的の公園へとたどり着く。その公園はベンチとブランコと、公園を囲むように生えている木ぐらいしかない簡素で小さな公園で人など誰もいない。


「すごい・・・・・・・」


 公園の中に入った春野は感嘆の言葉を漏らす。


 春野の目の前に広がっているのは、三方向を木や家などに囲われた公園の中で一面だけ何一つ遮るものがなく、遠くまで見渡せる夜景が広がり、それを楽しんでくださいと言わんばかりに、ポツンとブランコとベンチが置かれてある光景だった。


「そうだろう?僕、1番のオススメだ」


 この公園は手軽に自分たちの街を眺める事ができる。これだけに注力されている。


 高さとしては公園からは10メートルぐらいしかないが、ここまでにくる道は、実は非常に緩やかな坂道になっており、春野の家から高低差を考えると実はもう10メートルぐらい高いところにある。


 そのため、ちょっと高いところにあるなと言う公園である癖に、そこから見える光景はその数倍遠くまで見渡す事ができる。


 また、目の前の広大な公園があり、ここら付近は住宅地として使われて高い建物もないことから、絵で描く時の線遠近法に近い効力が働き、よりこの夜景を美しいものへと昇華させている。


 さらに、周りの物静かな雰囲気と、その幻想的な雰囲気を集めて逃さないと周囲を囲む木や家と、最後の仕上げとしてポツンと置かれたブランコとベンチが、見た目からでは想像できないほどの幻想的な光景を見せてくれる素敵な公園にさせている。


 見た目は簡素な公園にしか見えないためこの光景を知る人は少なくこの公園を独り占めできるのも非常に大きい。


 一つ一つの要素は偶然の産物だが、それを見つけ、それを最大限活かせるように必要最低限の手を加え、この公園を作り上げた人物は天才だろう。


「流石に観光地のような絶景には負けるけど、これぐらいのレベルが逆にいつもの落ち着きみたいなのを与えてくれて好きなんだ」


 ここから見える夜景は、特別神秘的と言う程ではない。ただ、淡々と日常生活を俯瞰させてくれる夜景が広がる。


「優しく寄り添ってくれる、そんな風に思える夜景ね」

「そうだろ。少し遠いが疲れている時などの軽い逃げ場や休憩所としては最高の場所だよ」

 

 春野の表情は非常に落ち着いていて穏やかだった。


 それを確認できただけでも、ここに来た意味はあったと言える。

 

「さあ、今回は見るだけじゃないんだ。あそこのベンチでご飯を食べよう!沢山歩いたし、春野の手作りサンドイッチだ。絶対に美味しい」

「・・・・・・・」


 春野は目線を少し斜め下に向けた後、ため息を吐いてからこちらへとくる。


 その様子を見て何かミスってしまったのかと焦る。


 少し冷静になって振り返ると、かなり攻めたことを言っていることに気がつく。


 夜景に連れて来たことが上手くいった喜びから油断していた。


 食事関係は地雷がある。その地雷が明確になってない以上無闇に攻めすぎたことを言うべきじゃない。


(ふー、落ち着けしっかり考えて行動しろ)


 普段から気を付けていることができなくなっていることに、明確な疲れを感じる。どこかのタイミングで休憩をとれる時間を作り出さないといけないだろう。


 そんなことを考えながらも僕たちはベンチにシートを引いて座る。


 手拭きで手を洗い、買ったランプで周囲を照らす。


「いただきます」


 そうして、サンドウィッチを食べ始める。


 夜に外で食べるシチュエーション、幻想的な雰囲気、歩いたことからくる空腹、さらに春野の腕前も重ならとあっては美味しいしかない。


 それだけではなく、春野が用意してくれたホットティーの暖かみと甘さが10月の冷たい空気から優しく守るような感じで温かみを与えてくれる。


 とても美味しいと伝えたいが、春野は夜景をゆっくりと楽しんでいる。


 ここで声を掛けるのは無粋だし、先程似たようなことで注意されたばかりなので、やめておく。


 僕たちの食事は非常に静かだが穏やかで心地の良い雰囲気が漂うものになった。


「にゃー」


 そんな中、こちらに甘い鳴き声で鳴く黒猫が一匹こちらに近寄ってくる。


「また来たか」

「知っているの?」


 近づいてきた黒猫に僕は用意していた煮干しをあげる。


「ここの近くに住んでいるおばあさんの飼い猫でクロというんだ。


 昔、怪我をして動けなくなっている所を助けて以降、ここに来るたびにこんな感じにご飯を食べに近寄ってくるんだ。」


 僕は小さい頃はここの近くで済んでおり、ここを知ったのも良く遊んでいたからだ。


 クロとも小3のころ、まだ小さいときに出会って助けている。


「放し飼いされているが時間通りにしっかりと帰るし、手入れもされているから触っても大丈夫だけど触ってみる?」


 僕は気軽に触れるように言う。


(まあ、僕は触ると不機嫌そうな表情をするからあまり触れないんだけどな)


 だから、毎回餌だけ頂いて去っていくので太々しい猫だなと思っている。


「いいの?」

「ああ、ほら煮干し」


 そういって余っている煮干しを渡す。


 春野はそのサファイヤのような美しい瞳でクロを見つめる。


 そうするとクロは「にゃー」と鳴いた後、春野の透き通るように美しい手を汚さないように綺麗に煮干しを食べて、その手に頭をこすりつける。


 春野はそれがうれしかったのか今までになく優しい表情で頭をなでる。


 クロもうれしいのか「にゃー」と優しく鳴いた後、立ち上がった後に春野の膝の上に座る。


(クロさーん?それ、僕にやったことないよね???ワタシ、アナタの命の恩人ですよー???)


 晴人の5年よりも長い7年の付き合いのはずなのに、さっきに会ったばかりの春野に負けたことにかなりのショックを受ける。


 春野は膝の上に乗ったことが非常にうれしいのかまた一段と温かみが増した表情になり、より優しくなでる。


(はぁーー、こうなったら何も言えんな)


 僕は大人しく夜景を見直すのだが、物足りない感がある。


 その原因は隣に居る、膝に乗った猫を優しく撫でながら、夜景に見惚れる春野の姿がどこまでも美しく可愛かったから。

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