第三十六話 猫みたいに可愛い天才美少女
出前をしてから1時間、頼んだピザが届いた。
「届いたぞ」
「準備は出来ているわ」
テーブルにはポテトにほうれん草のソテー、ミネストローネスープ、タバスコにケチャップなどを混ぜた特製タレが複数用意されている。
(パーティーかな?)
春野と過ごしていると毎日の料理が豪華すぎてヤバイ。その上でお金はあまりかかっていないので春野の料理スキルには感謝しかない。
(めちゃくちゃ美味しんだけど、このまま続けると抜け出せそうにないんだよな)
春野が作る料理はどれも一流レストランで作ったのかと思わんばかりのクオリティーを誇っている為、舌が肥えて仕方がない。この生活が終わった時、普通の食事に満足できるかどうか、かなり怪しくなってきている。
そんなことを言いながら、僕たちはピザを食べ始める。
春野は四種類あるなかで、一番オーソドックスなベーコンとチーズの所を選び食べる。
その食べ方は、手掴みでありながらも非常に上品で美しく食べる。
小さな口で上品に食べる姿は、猫やリスのように、はむはむと大切そうに食べている様子を見ると、ついつい頭をなでたくなる欲を掻き立てる。
だが、そんなことをしたら嫌がられるのは勿論の事、自分の家にいる猫に同じようなことをしたときは、手を払い退けるように猫パンチをされて相当落ち込んだ悲しい記憶を思い出したので、すぐになくなる。
ちなみに猫パンチはそこそこ強烈な一撃を放たれ血を流すほどの大ダメージを受けることになった。猫でこれなので、春野の場合なら手首を折られるかもしれない。
そんな馬鹿げたことを考えながら、味の方を聞くことにする。
「どう?」
「美味しいわよ。普段は食べないから少し新鮮だわ」
「それは良かった」
表情はいつもとあまり変わらないが、丁寧に食べている所を見るとある程度の成功はしたといってもいいだろう。
この調子でもっと楽しいことを教えていってもっと明るくなってくれればいいが、今までの春野を見ているとそれが簡単でないことは嫌でも理解させられる。
まだまだ道は長く、気が遠くなりそうなものだが、こうして楽しんでもらえるし、前を向いて進めているので、寧ろ元気が湧く。
一つ一つは小さなことだが積み重ねが大切だ。まだまだ、ネタは沢山あるし当分は生き生きとした生活を送れそうだ。
そんなこんなありつつも、僕たちは綺麗に全ての料理を食べ終わる。
「食器とかは僕がやっておくよ」
「そう。しっかり丁寧に洗ってね」
「分かってるよ」
しっかりと釘を刺してくる春野に苦笑いしながら答えつつ、もしやらかしたら更なる追及をされるので、細心の注意を払いながら皿洗いなどの家事をしている。
その間、春野はというとやることが無いのかリビングのソファーに座り、猫のぬいぐるみを大切そうに膝の上において外を見ている。
その様子だけを見るなら非常に微笑ましくて可愛いところなのだが、その行動はいまだに春野に一人でも楽しく過ごせる何かを僕が与えられていないことを示していた。
(友達もそうだが、趣味の方とかも何かしら見つけられるといいんだがな)
春野にはできるだけ楽しんでもらいたい。出来るだけ楽しめるように頑張っているが、今の状況ではどうしても春野一人で過ごす時間が多くなっている。その時間をあんな感じで外を見るだけで過ごしてほしくない。
それにいつまでも僕が近くに居てやれるわけではない。僕が居なくとも楽しめることを春野に作れればなと思う。
そのためにも色々なことを試していこうと思う。
ピンポン!
皿洗いが終わったころ、ドアのチャイムが鳴る。
どうやら頼んでいたものが来たらしい、これは昨日思いついて注文したので間に合うかハラハラしていたが、最近はそこまでのものを頼まない限りすぐに届けてくれるので非常に助かる。
「椿君、何か頼んでたの?」
僕が取りに行く姿をみて、春野が不思議そうに聞いてくる。
「そうだよ、後で見せるから少し待って」
そうして僕は、宅配の人から商品をもらう。
「防寒着にランプ?それにシートにかご?もしかして、ピクニックに行くつもりなのかしら?」
「大正解」
僕が持っているものを見た春野は、僕がしようとしていることを察すると呆れたような表情をする。しっかりと僕の心は傷つくが、当たって砕けろの精神で行っているのでこのままごり押す。
「今日の晩御飯は夜景を見ながら食べないか?いいところを友人から教えてもらったんだ」
出前に続き、次は夜景である。それもただ見るだけではない。それを見ながらご飯を食べるといった非日常的な雰囲気を味わえる素晴らしいイベントである。
「晩御飯は誰が作るの?」
春野はまたやりやがったなみたいな視線をこちらに飛ばしながら聞いてくる。
「あははは……春野様、よろしくお願いします」
僕は非常に申し訳ないような表情をしながら、昨日と同じように綺麗に頭を下げてお願いする。
本当は昨日の夜ぐらいには伝えようと思ったが、色々ありすぎて伝えることができず、朝に押してたところで急に言うなと怒られるのは分かっていたので、それならちょっとしたサプライズ的な感じで教えればいいとある種の開き直りをしながら、僕は春野に頼み込む。
「本当に、私が自殺の時だけポンコツじゃないのが意味が分からないわ」
「……」
二度も同じことをしているので反論することも出来ず、苦笑いしかない。本当はもっといい手段があるかもしれないが、僕には誰でも思いつくようなことしか考えることができなかった。
「はぁー、わがままな人」
そうため息をつきながらも冷蔵庫の中身を確認をしに行く春野は、天使か何かなのだろう。
(やっぱり、春野は優しくいい人だな)
その温かい優しさを感じつつ、僕たちは夜景ピクニックをするために準備を始めるのであった。