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第三十五話 望みを叶えるための代償

 僕たちはどんな出前を選ぶのか決めるため、ノートパソコンの前に2人並んで何があるか見る。


「結構、色々あるねー」

「そうね」


 寿司やハンバーガーといったものは当然あるとして、餃子にチャーハン、ステーキなど、意外なほどなんでもある。


「春野はどういったものが食べたい?」

「私は特にないわ。ただ、私が料理できないものがいいわね」

「料理できないものかー」


 春野の要求に僕は苦笑いする。


 春野の料理スキルの高さは十分過ぎるほど理解している。だからこそ、春野に料理できないものなど、まるで想像もつかない。


(これも僕への嫌がらせ?それとも本当に言ってる?分からないなー)


 どちらにしろ、決めるのは簡単ではなくなった。少なくとも春野には作れないと思えるようなものを選ばないといけない。


 何をするにしても一筋縄に行かないことに頭を抱える僕もいるが、今抱えている問題に比べると随分と優しい条件だ。


 だから今僕は、単純にこの状況を心から楽しめている。


「料理できないものと言うのは、春野のスキルとか、今ある食材的問題じゃなくて、ここでは作れないもの、ということでいいかな?」

「それであっているわ。材料さえあればここで私が作れるほどのものを頼んでも意味がないでしょ」

「確かに」


 春野に料理をやめさせてまで頼むのだ。ここで春野が作れるようなものを頼んでも意味も意義も面白さもない。


 出前だからこそのものを選ばないといけない。


(うーーん、ないな)


 かれこれ15分ぐらい見ているが春野が作れないと言えるものが見つからない。


 春野の料理スキルの前では、食材にこだわっているとか、五ツ星のプロが作っているとかは僕にとってあまり意味がない。


 それを強みとしてやっているのに、その強みが意味がなさないのは、致命傷すぎる。


(スキルではなく、もっと別ベクトルで考えた方がいいな)


 そう考えた時、一つのメニューが目に入る。


(これならいけるかもな)


「春野、これはどうかな?」

「窯ピザね。設備がないからここでは作れないと言うわけね」


 僕が考えたのは、ここにはない設備を必要なピザ。これならば、家では普段作れないので条件は満たしている。


 屁理屈みたいなものだが、別にそこまで春野もこだわっているわけではないだろう。


「まあ、いいわ」

「よし!これメニューね」


 無事に了承を取れて嬉しい。こんなことでここまで喜んでしまうなんて、もしかしたら僕は今、かなり疲れているかもしれない。


 春野はというと、サファイヤのように美しい瞳でメニューと睨めっこしている。だが今の春野は普段と違い、まるでプレゼントを開ける際の子供のように瞳を輝かせているように見える。


 冷たい人形のように振舞っている春野をいつも見ているからだろうか、こんな小さな変化だけでもまるで別人のように思える。


(もっと人間らしく笑えるようなったら、もっと感情を表に出したら、もっと素敵になるだろうに。それこそ……)


 そこまで考えてハッとする。


(一体、何を考えようとしていたんだ……僕は……)


 自分が思い描こうとしていた未来に恐怖を感じた。


 僕は即座に先程の考えを頭から抹消する。そんなことを考えていては救えるものも救えない。今は春野を救うそれだけに集中しなければいけないのだ。それ以外のことは考えてはいけない。


 それに、春野を救ったらこの関係も終了なのだ。綺麗に終われるように自分の感情はしっかりと整理しておかないといけない。


(こんなことを考えてしまうなんて、大分疲れているな)


 身体的疲れもあるが、想定以上に精神的疲れも来ていたようだ。思えば春野の自殺以降、自分の心が休まった時などなかった。


 かつては何でも一人で解決してきた。それで平気だった。それで当たり前だった。だが今は違う。今、僕は一人ではないのだ。


 だからこそ、一人で突き進むなんてしてはいけないのだ。相手の事を見て、考えて、自分の心のガードも緩めて向き合わないといけない。


 その状況が、いつも以上に僕を疲弊させている。それに加えて、疲労だけならまだ良い。僕はさらに春野の罠に絡められており、その上でたまに見せる春野の本来の姿があまりにも甘く猛毒だ。


 少しぐらい甘えてもいいのではないかという考えがない訳ではない。だが、僕は決して主人公ではないのだ。


 僕はどこまで行っても凡人以下の人間である。そんな僕が主人公の真似事をするからには甘えなどは許されない、文字通りに全てを賭けなければいけない。


 春野愛佳の幸せな未来を想像するのはいい、それが目的なのだから。しかし、その未来において自分も最大限の幸せを得ているなんて考えてはいけない。


 全てを捨てるつもりで挑まないといけないのだ。淡い期待など持っていいはずがない。


 自分の身の丈を超えるものを望んでいるのだ。そのために僕は常に何かを犠牲にしなければいけない。そして、僕はそれが辛いとは感じない。


 常に犠牲を払っているおかげで、突然の自殺にも対処出来たし、ここまで万能の天才に対し、自殺を止めるという点だけでだが、張り合えて来ている。


 余計な夢を見るな。


 自分の目的を見失うな。それだけを見て、行動するんだ。


 僕の中にあった余計なものは消えていく。


 残るのは目的達成に必要なものだけ。


 これがあまりにも歪なことも理解している。そして、これが周りにバレる事が目的達成を妨げる要因になることも。




「どう?」

「これとこれにするわ」


 大体5分ぐらい待ったのだろうか、僕が聞くと春野はすぐに答える。


 春野が選んだのは、一枚で四種類の味が楽しめるピザを二種類で、昨日の僕がケーキでしたような数打てば当たる戦法みたいな選び方をする。


「わかった。注文の方は僕がしておくから、ゆっくりしていてくれ」

「わかったわ」


 そう言って春野は、キッチンの方に向かう。


「なにしているんだ?」


 僕的にはゆっくりとソファに座って休んでくれと言う意味で言ったが、春野は冷蔵庫の中身を見始めたのでついつい聞いてしまう。


「ピザにあう料理を作るわ。せっかくの出前なのだから、最大限味わえるようにするのは当然でしょ?」


 春野はそれが何か?と言わんばかりにキッチンに立つ。選んだピザ8種類の一つ一つにタレや付け合わせを作る気なのだろう。


「……、ふふ……あはははは」


 本人は意識していないかも知れないが、出前を全力で楽しもうとしている春野の行動を見て、僕は笑ってしまう。


「何がおかしいの?」


 急に笑い出した僕に、春野は少々機嫌を悪そうな顔をして聞いてくる。


「急に笑ってごめん。ただ、春野らしいなーて」

「はい?」


 春野は意味が分からないような表情をしている。


 こういう天然な所の一つの魅力なのだろう。


(やっぱり、春野は生きていてほしいな)


 万能の天才だというのに、子供のような純粋な気持ちで物事に取り組んでいる。その姿はきっと自分や多くの人を幸せにする。


 ならないのなら、僕がそうなるように頑張ろう。


 そんなことを考えながら僕は出前を頼むのであった。

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