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第三十二話 悪い人

 あの後、現状についての情報交換をして今後の対策を話し合った。


 話し合いの結果、こちらの想定通り水曜日にはイジメの件について決着がつく予定だ。


 後は、赤菜の方が立ち上がるのと僕が春野の抵抗をどれだけ抑えられるか、そこが勝負の分かれ目になってくる。


 頑張らないといけないなと思いながら、僕は部屋のチャイムを鳴らす。僕は春野家の鍵を持っていないため、家に入るにはチャイムを鳴らし、鍵を開けてもらう必要がある。


「僕だけど」

「分かったわ」


 かぎが開けられ、僕は家の中に入る。


「それは?」


 春野は僕が持っている紙袋を見て聞いてくる。


「後のお楽しみではダメかな?」

「まあ、いいわ」


 ちょっとしたプレゼントを買ってきたが、どんな反応をするのか見たいのでここは秘密と言う事にしておく。


 春野はどうでもいいといった表情をしていつもの椅子に座って外を眺める。


 僕は荷物を片付ける。


「それでどこまで調べることができたの?」

「調べる?」


 僕が荷物を片付け終えたタイミングで聞いてきた。僕は一旦とぼけるように答える。


「いじめの件、どうせ調べてるんでしょ?」


(まあ、バレているよな)


 僕が春野の監視をやめて、学校に行く理由はそれぐらいしかない。春野が勘付かない訳がないのだ。しかし、それを春野から聞いてくるとは思わなかった。


 春野にとっては守りたいものを守れなかった辛い思い出のはずなのだから。


「どうなの?」


 僕がどのように言うべきか悩んでいると再度聞いてくる。


「まあ、大体は調べたよ」

「そう……」


 哀愁を漂わせるような悲しい表情をする春野。


 その様子を見て僕は何とも言えない気持ちになる。こういう時にどのような言葉を言うべきなのか僕は知らなかった。


「どう思った?」


 春野はこちらを見ることなく、橙色の夕日が沈んでいく悲しい夕焼けを見ている。


「最後の最後まで諦めなかったんだなと思ったかな」


 赤菜さんを守れなかった後も春野は諦めなかった。次に向けて救いたいと思い行動した。それがあの演奏だったのだ。


「そう、私は諦められなかった。だから、期待してしまった。自分の才能に、この力を全力で振るえば救えると思った。知っていたはずだったのに、この力がどれだけ多くの人を傷つけ追い込んで止めを刺してきたかのを」


 その語り方は死ぬ前の懺悔のようだった。


「愚かにも自分の才能に期待してしまった私は、守るはずだった、救うはずだった友梨ちゃんに止めを刺した」


 あまりにも、あまりにも悲痛な言葉だった。互いに救いたいと思っていたのに、結果は、互いに止めを刺し合ってしまった。


 誰一人幸せにならない、最悪の結末だ。


「あの日、私が友梨ちゃんにピアノを教えなければ、いえ、関わろうとしなければ友梨ちゃんは傷つくことはなかった」

「あれは仕方がないことじゃないのか、春野が責任を取らないと赤菜さんはピアニストになれなかった」

「もっと前の話よ、イジメとは関係ないから知れるはずがないものね」


 春野は仕方ないなといった感じで笑った後語り始める。


「今から四か月前よ、たまたま音楽の授業で私がピアノを弾くことがあったの」


 確か、赤菜さんが四か月も一緒にいたとか言っていたな。


「友梨ちゃんは私の引くピアノがとても気に入ったらしくて『とても感動しました!私にもピアノを教えてくれませんか?私も春野さんみたいに弾けるようになりたいです!』と言ってきたの」

「それはまた……赤菜さんらしいね」


 赤菜さんて思ったことに猪突猛進なんだな。


「あの時の笑っている姿がとても眩しくて輝いていた。だからでしょうね。私は友梨ちゃんにピアノを教えたわ。初めてだというのに友梨ちゃんのやる気は本物で、二か月で普通以上に弾けるようになっていた」


 やる気が最も成長することに大切だと聞くが、赤菜さんは持ち前の猪突猛進でひたすら努力をしたのだろう。通常、三か月で人前で弾けるようになるらしいので、二か月でそれ以上に実力を上げるという大成長を遂げたのだ。


「このまま成長していけば、必ず私を超えていく。そう確信できるほど友梨ちゃんの音色は明るくて元気で温かいものだった。だからこそ、ピアニストをやりたい気持ちの背中を押した。もっと輝けると思って」


 春野にここまで言わしめる赤菜さんは春野にとって光であったはずだ。その光は春野を蝕む影すらも消し去るほどの強い輝きにまで成長すると思わせる程のものだった。


「その結果が、私の手で友梨ちゃんの可能性を潰してしまった。私が友梨ちゃんの可能性に変な期待をしなければ、関わろうとしなければ、誰も傷つくことはなかった」


 それは違う、その言葉を口に出すのは簡単だ。しかし、いま彼女必要なのは言葉ではない。それを実感させてくれる意志であり行動である。


 だからこそ、春野にそれは違うと叩き付けるのは僕ではない。今も奔走している一人の強い女の子だ。


 そして、僕がするべきことはそれまで春野を絶対に死なせてはならないと言うことである。故に、僕は僕に出来ることから始めよう。


「それで、どうしてそんなことを僕に教えてくれたんだい?」

「そう言う察しがいい所、好きよ私」


 春野は自分を慰めるためなんかにこんなことは言わない、春野はいつだって他人の事を考えている。


「我儘なお願いかも知れないけど、私が死んだ後、友梨ちゃんを助けてほしいの」


 心の底からのお願いなのだろう。いつにもなく真剣な目でこちらを見てくる。


「そこまで真剣にお願いするなら、自分で助ければいいじゃないか?」

「その権利が私にはないわ」


 一応聞いたが、拒否の意思を即答で伝えてきた。この感じだと何を言っても聞く耳を持たないだろう。


「それで、返事は?」


 春野は今すぐ決めろと言わんばかりの圧を僕に放つ。


 どうやら考えさせる時間はくれないらしい。


「答える前に質問をしていいか?」

「何かしら」

「先程の話の感じ、明日には自殺をすると言わんばかりなんだけど」

「そうだけど」


 清々しいほどにハッキリと答える春野。こちらの気持ちを一ミリも考えてくれないらしい。即答されて僕の心には罅が入ったよ。


「まさか、止められると思ってるの?椿君には無理よ」


 なんともまあ、ストレートの言葉である。それによって僕の心の半分が砕け散る。


「いや……、決めつけは良くないと思うんだけどな……」

「決めつけもなにも、純然たる事実を言っているだけよ。例えば、今ここであなたを押さえつけて身動きできないようにすれば、それで終わりよ」

「……」


(否定をしたかった……)


 僕が思い出すのは、一番最初の自殺を止めた時のことだ。


 あの時、自殺を止める為に僕と春野は揉み合ったが、当初こちらは不意打ちを仕掛けた上に、精神的にも体力的にも余力があり、状況は僕のほうが有利な筈だった。しかしながら、僕は万能の才能の前に敗れた上で死にかけた。


 そして、今の状況は不意打ちは不可能であり、ここ数日色々動いていて疲れが取れていない僕と十分に休むことができた春野、精神的にも体力的にもどちらが有利なのかは考えるまでもない。


 非常に非常に遺憾ながら、僕が勝てるイメージが一ミリも湧かなかった。


「そういうことだから、諦めてくれるかしら?これでも優しくした方なのよ。本来ならなにも言わないでやるつもりだったけど、あなたには色々としてもらったから、出来るだけ傷付かないように死んであげる」


 春野はそれはそれは恐怖の女王に見える。


(わーなんてありがたいことなんだろうなー)


 ここまで嬉しくない優しさは初めてだ。文句を声をあげて言いたいが、武力においてあちらの方が上である。つまり、逆らえない。


(一応、男なんだけどな)


 まあ、武力面で勝つことは諦めよう。世の中諦めも大切である。


「それでどうするの?友梨ちゃんを助けてくれる?」

「……分かったよ」

「そう言ってくれてありがとう、信じていたわ」


 武力で僕を押さえつけた春野はもう勝ったと言わんばかりの表情をしている。


「ただ、僕は我儘なお願いを聞くつもりはないよ?」


 僕のその言葉を聞いた瞬間、春野の表情は絶対零度まで冷たくなる。


 確かに、武力では勝てない。しかし、世の中、武力が全てではない。


 僕はいい人ではない。


 僕は目的を達成させるためにはなんだってする悪い人なのだ。


 だから、武力だけで諦めるとでも思うなよ。

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