第三十一話 常識に囚われてはいけない
「まあ、カッコよく言ったが、私がしたことは最小限のリスクで爆発させ、弓弦君を春野君の懐に潜り込ませただけで、根本の問題については私からでは些細な援護しか出来ないし、結局は問題の丸投げをしたような感じだしな。勝手に巻き込んでごめんな」
「やっぱりそんな感じなんですね」
僕は遠い目をする。
まあ、色々と言いたいことはあるが、言えることは雄大先輩は、僕がめちゃくちゃ頑張ればワンチャン行けるラインまで難易度を下げて、春野に警戒されたら終わりなので、僕に何も知らせないまま接触させる。何も知らない僕は春野に警戒されない。その上で僕は問題の丸投げをされたということ。
つまり、僕の抱えている問題は、すでに雄大先輩によって最小限化されている状態であり、ここで手助けを得ることが出来ても、いじめの件はどうにかなるが、それ以外に関しては何も変わらないということだ。
(使えば勝ち確だと思っていたら、すでに使われてこの状況ですとか辛いわー)
「いやー、できれば弓弦君の協力はしたいんだよ?だけどさ、私と同等の才能ということもあってさ、私が関わっていることを知られると警戒心が跳ね上がって、付け入る隙がなくなってしまう。よって、本命の問題に関しては手助けがほぼ無理なんだよ。」
本当に申し訳なさそうな表情をする。
春野は誰も近寄せないといったオーラを全開に出している。僕が近づけたのも言わば泣き崩し的なものだ。なので、普通に近づくことは雄大先輩でも不可能であり、手が出せない状況ということだ。
まあ、それでも春野に気付かれないように周囲を調整して、僕が春野の硬いガードを突破できるように誘導までしたのだから、十分すぎるほどすごいことをしている。
「まあ、巻き込まれたことも手助けして貰えないことも気にしていません。寧ろ、ここまでカバーしてくれてありがとうございます」
「そう言ってくれると助かるよ」
雄大先輩は、救われたような笑みを浮かべる。
「一つ聞かせてください。どうして僕に賭けたんですか?」
「だって、弓弦君は誰であろうと、どんなことがあろうと、絶対に見捨てないだろ?」
雄大先輩は昔を振り返るように言う。
「弓弦君は見捨てない。今でも忘れない、泥だらけで今にも泣きそうな子供が歩いていた、周囲の人たちは厄介ごとに巻き込まれたくなく無視をしていたなか、弓弦君だけが即座に子供を助けに動き、子供を安心させるために自分の服が汚れることも構わず泥だらけの子供をそっと抱いて、『もう大丈夫、お兄さんがパパやママを見つけるまで一緒にいるから。絶対に見捨てないから、泣いていいんだ、辛いことを我慢しなくていいんだ』そういって子供を助け笑顔にさせた弓弦君を、あれを見て確信したんだ。弓弦君なら救えると」
(見捨てないか、そう僕は誰かを見捨てられない)
今回の件でもそうだ。僕は見捨てられなかった。辛さを悲しみを抱えている人を僕は見捨てるのが嫌なのだ。
雄大先輩が無理矢理僕を巻き込んだことに怒らないのも同じ理由だ。
ここで雄大先輩が動かなくとも、いつか問題は爆発して誰かがみんなが無視をしていたツケを払わないといけない。
自暴自棄になった人が人を襲う。たまに聞く話だ。それに巻き込まれた被害者と同じようなものだ。
加害者がそのような凶行を行うと決意するまでに、絶対に止められるポイントはあったはずだ。だが、周囲の人は全員無視をした。他人事で自己責任だからと言って手を差し伸べなかった。
別にそれが悪いこととは考えない。誰だって厄介事は嫌いだし、好きでもない人を助けたいと思わないはずだ。
ただ、現実は甘くない。見捨てた代償は必ず何らかの形で払わないといけない時が来る。それがどのような形で払うことになるかは人それぞれだ。自分一人で抱え込み自殺をしてしまうこともあれば、先程挙げた例のように抱え込めず爆発する形もある。
誰も得しない、一人で抱え込んだ者も、巻き込んだ者も、巻き込まれた者も、みんなひどく傷付く。
我慢できない人が悪いのだろうか。出来ないやつが悪いのだろうか。違う、誰も悪くないのだ。
僕たちは何でもできる訳ではない。必ずできないことがあって、それが人によって違うだけ。しかも、それは僕たちには選択肢がない。
だからこそ、代償を払う人と払わない人の差は、運がいいか悪いかくらいの差でしかない。
そんなことで、取り返しのつかない傷を負い、苦しむなんて馬鹿らしいにも程がある。
僕はそれが嫌いだからこそ見捨てる事ができない。
困っているなら、泣いているなら、悲しんでいるなら、それをどうにかしたいと思ってしまう。そんなくだらない理不尽に屈して泣いているよりも、打ち勝ち笑って過ごせた方がいいと思から。
だから、僕は他人事だと言って見捨てることができない。
雄大先輩は誰よりも早く、春野が抱える負債を見抜き、他人事だと無視することなく助けようとした。その行為に対し、僕が怒るわけがないのだ。
「すべては雄大先輩の計画通りですか」
「結果だけ見れば、確かにそうだが。私は春野君の問題については何も出来ていない。ここまでやってこれたのは、弓弦君が絶望に苦しんでいても諦めずに戦い続けているからだ。弓弦君の力がなければきっとここまでやることも出来なかった。私が出来るのは舞台を整える事だけだった」
それは僕も同じことだ、一人ではここまで来ることすら無理だっただろう。多くの助けがあったからこそ、ここまでやれたのだ。
「この話はここまでにしよう。まだ、私たちは何も解決してない。しっかりと全部解決させないとここまでの頑張りの意味がなくなってしまうからね」
「全くですね」
そう、まだ何一つ解決していない。ここからが本番なのだ。
「それで、雄大先輩はどうやって自殺する春野と僕を接触させようとしたんですか?」
マジで、これだけはどれだけ考えても分からなかった。
見たら助けると思い接触させることは分かる。ただ、そうなるように僕と春野に一切悟らせずに誘導できたのか。
「ああ、それ聞くんだ。いい感じに流そうとしてたのに」
「流すな」
僕たちを出し抜いた方法についてさりげなく流そうとしていた。
(全く油断も隙も無いな)
そうして、全ての始まりをどのようにして作り出したのか、渋々といった感じで話し出す。
「二人を出し抜くのは至難の業だ。二人とも洞察力、観察力もよく気配にも敏感、勘も鋭いときている。下手なことをすれば秒でバレるだろう。ぶっちゃけ、ここが私にとって一番の試練だった」
(それはまあ、そうなるよな)
「私は日々悩んだ。二人をどのように出し抜くか」
なんだか、物凄く苦悩して頑張ったようにいっているが、出し抜かれた側の僕としては凄くどうでもいい。
「考えすぎて、仕事が遅くなり佐紀の負担が増え、怒られたこともあった」
「それはうまくやらなかった雄大先輩が悪いでしょ」
(佐紀先輩、すいません。また思う存分料理を作れる機会とか用意ますから)
いつも雄大先輩に苦労させられている佐紀先輩にさらなる負担をかけてしまったことに謝罪をする。
「中々思いつかなくて、ティータイムのお菓子と茶を何度変えて気分転換したことか」
「何が気分転換だよ。ちゃっかり楽しんでるじゃないか」
先程までのカッコいい雄大先輩は崩れていく。
「私は初めて思い知ったよ。無駄に勘が………ではなくて、とても優秀で察しがいい人を騙すのはここまできついのだと」
「おい、今何言おうとした?絶対考えている時、僕たちのこと鬱陶しく思ってたよね???」
「なんのことかな?」
僕の追及をまるで何事もなかったようにスルーして続ける雄大先輩。
「多くの犠牲を払い、私は気付いたのだ」
「何も犠牲にしていないけどな。寧ろ、それに巻き込まれた佐紀先輩が色々と犠牲払ってるわ」
それどころか、これを口実に色々なお菓子などを満喫している。
「二人を出し抜くのに、常識に囚われてはいけないと!」
「は?」
天才過ぎてついに狂ってしまったのだろうか。天才と狂人は紙一重というし、この後で精神科に連れて行った方がいいかもしれない。
「私は、漫画の世界でやるようなことを実行することにした。私自身、漫画の世界みたいな人物だからな!出来ると思ったんだ」
「思わねえよ!」
てか、自分の事を漫画の世界の人だと自覚してたんだ。
しかしながら、雄大先輩の狂言が事実だとした場合、僕たちを出し抜くために雄大先輩は漫画のようなことをしたことになる。
「まさか!?」
僕は、一つの可能性にたどり着く。
「これだけのヒントで気が付くか、その無駄に勘がよく洞察力がいい所が鬱陶しくて仕方がなかった」
「さっき隠していた本音漏れていますよ」
僕は呆れるようにツッコミをする。
「そんなことはもうどうでもいい!」
「どうでもいいんだ」
ギャグになりつつある会話に僕は思考を停止する。
「私は財力とコネをフル活用して、弓弦君が必ず通るあの場所で自殺するように春野君の行き先には人を配置し人が少ない方へと徐々に誘導して、目的周辺では人払いをした上に、少しの間だが道路封鎖までして私が仕組んだ車だけが通るようにすることで自殺の件が外部にバレないようしたんだ」
「お疲れさまでした」
自殺をするなら一人になりたい。その心理を突いて周囲の人の人数を上手く操作して無意識のうち春野の行動を雄大先輩が支配、時間については僕があそこにたどり着く時間を前々から調べ上げて、いい感じに会える時間に調整、後は横槍が入らないように周辺を封鎖する。
(分かるはずないだろ!こんな現実性皆無の作戦、考えついてもやらんし、普通無理だ)
周囲の人数調整も多くの人員を用意しないといけないし、それを正確に指揮できる高い能力も必要になってくるし、出来るだけ目立たなく問題が少ない道路を選定したとしても、道路を少しの間封鎖するのも、かなりの財力とコネがなければできない。
まさに、非現実的な人物である雄大先輩だからこそできた方法だ。
「もし、僕が遅れ、春野が自殺してしまっていたらどうしたんですか?」
この作戦においては春野のほうが自殺現場に先にたどりつくので、どうしても僕が春野の存在に気が付き止めるまでにタイムラグが発生する。
「その時は、用意していたパトカーを使った。サイレンの音なんかで近くに警察がいることに気が付けば、今すぐに自殺をしようとかは思わないだろ。まあ、用意がすべてパーになるが、やり直せないよりましだ」
笑いながら言う雄大先輩を見て僕は思うのだった。
(僕が知る中で一番ヤバイ奴はこの人だわ)
評価ブグマ等やより読みやすくするために誤字報告などをして頂いた、読者の皆様、本当にありがとうございます。
皆様の応援のお陰で、日間ランキング12位週間ランキング26位という信じられない偉業を達成することができました。
この結果は私一人だけでは決して達成できず、この作品を応援してくれたことや、サポートをしてくれた読者の皆様がいたからこそです。
本当にありがとうございます。
今後とも、天才美少女の自殺を幾度か止めていたら、惚れられ支配されそうになっている件のご愛読よろしくお願いいたします。