第二十八話 駆け引き
春野愛佳と同等の才能を持ち、努力も怠らない強者である雄大先輩を相手にする交渉ごとにおいて、常識などほとんど通用しない。
そのため僕が最初の言葉も常識に囚われないようなことを言わなければならなくなってくる。
「相談をする前に一つ質問があります。雄大先輩は春野さんのクラスでいじめが起きていることを知っていましたよね?」
清廉潔白で多くの人に慕われ、聖人のような人だと思われている雄大先輩がいじめを知っていたうえで無視をする。
革命家とまで言われ、学校に尽くしている生徒会長としての雄大先輩を知っている人なら荒唐無稽として、聞く耳すら持たないことだ。
「面白い冗談だ。弓弦君にも冗談をいうことがあるんだね」
「冗談であれば、確かに面白いですね。冗談であればですが」
「ふむ、どうやら弓弦君は冗談で言っている訳ではないらしい。なら、教えてほしい。どうして私が一年で起きているいじめを知っていると思うんだい?」
「それは、雄大先輩が革命家と言われるほどの実力のある最高の生徒会長だからです」
生徒会長が全クラスの内情を把握していること自体が普通では有り得ないことだ。そう、普通なら有り得ない。
しかし、雄大先輩は普通の生徒会長ではない。
一年生の時から生徒会長を務め、革命家として一年間で様々な改革を成功裏に収めており、学年問わず慕われている生徒会長が普通であるわけがない。
「雄大先輩は非常に素晴らしい生徒会長だと思います。これは友達から聞いた話なのですが、この前おこなわれた文化祭の準備において、私の学年のクラスの一つで出し物が決まらず紛糾し揉め事になりかけそうになった時に、雄大先輩が現れてみんなが納得する案を出して解決したようですね。その友達は言っていましたよ。学年問わず、全てを見ているとても素晴らしい人だと」
雄大先輩は、自分についてきている人の重要性を理解している。
何を成すにも、一人ではできない。自分の考えを分かってくれ、ついてきてくれる人が居ないといけない。
だからこそ、前を進む人にとってついてきてくれる人の事をしっかりと見ないといけない。それは雄大先輩も理解している。だからこそ、日頃から一か所留まることなく様々な所に出向き、多くの人と関わっている。
だからこそ、学年問わず慕われ学年が違うクラスの問題を素早く察知して助けに行くようなことができている。
そんな人が春野のいじめを見つけられなかったなど有り得るわけがないのだ。
その程度の事すら見逃すような実力で達成できるほど、雄大先輩が積み上げてきた功績は安くはないのだ。
「なるほど、私の実績と実力を根拠にするか。中々に面白い。弓弦君がここまで私を評価してくれているんだ。事実であるかどうかはさておき、それで何を言いたいんだい?」
「雄大先輩がいじめを無視をして放置をしたため、いじめは悪化しました。生徒会長としてその責任を取ってほしいのです。具体的には、いじめにおける問題を解決するために、僕に生徒会の力を貸してください」
僕は責任を盾に協力してほしいという。
「まあ、色々と言いたいことはあるが、弓弦君は生徒会に具体的に何をさせたいのかな?」
「一つ目に僕の後ろ盾になってほしいです」
いじめに対抗する際、単純な力の有無は相手に絶望を与えるのにも、身を守る上でも必要だ。
普通の生徒会ならそこまでの力はないが、普通ではないのでそれぐらいの力を普通に有している。というか、それがないといきなり様々なイベントを開催したり、改革をすることは出来ない。
「二つ目に、この問題を大きくならないように先生たちに口封じと、今後学校の教室などを使用する際の許可などの手伝いをしてほしいです」
今回、余計な横槍を入れられるといじめの件がどうしても大きくなってしまう。その為、生徒会の力を行使して介入できないようにする。まあ、介入されないようにバレないように動いている為、時間稼ぎともしもの時の保険といった意味合いのほうが強い。
「いやいや、先生に口封じとか、弓弦君の中で生徒会はどうなっているんだい?」
雄大先輩は心外だと言わんばかりの、表情をする。
「え、生徒会の皮を被った支配者じゃないんですか?それともガチで出来ない感じですか?」
「いや、まあ、やれるけど……」
(普通の生徒会ならそこは否定するところだよ)
内心でツッコミながら、僕は話を続ける。
「三つ目に春野さんの親に連絡がいかないように監視及びカバーをしてほしいです」
生徒会の力を使えば、上手くやれば三か月ぐらいは時間稼ぎ出来るだろう。そこまでやれれば他の手も打てるようになってくる。
「四つ目に生徒会で調べたいじめなどに関する情報提供です。以上が今の所して貰いたいところです」
僕はすべての要求を伝え終わる。
(さて、どうでるか)
雄大先輩は少し考えた後喋り始める。
「なるほど、だがすべてが仮説だ。確定もしていないのに生徒会の力を使うのは私に信頼して力を任せてくれている人たちの裏切りになる。けれど、私は弓弦君を信用している。弓弦君が生徒会に入ってくれるなら、力を貸そう。拒むならいじめの確認をした後、私達で対処しよう」
(やっぱりそう来るよな)
僕がいじめの件を話題に出している時点で、いじめ自体はどうにかなることは確定している。いじめの存在を許していては改革を推し進める雄大先輩において信用問題に関わる。必ず解決するために動く。
つまり、この交渉の焦点はどちらがメインで動くか、その権利を巡ってどれだけの代償を払うかになる。
雄大先輩はその権利を生徒会に入ることで支払えと言っている。
別に支払う必要はないが、いじめの件はあちらが主導権を持ってしまう。そうなると計画に支障が出る。
なら、生徒会に入るのかと言うと無しではない。生徒会に入ったからといって大きな損になる訳ではなく、普通の高校生活を送ることが不可能になることが確定するぐらいだ。
悪くない取引ではある。
ただ、この取引は仕組まれた可能性がある。
(操られていたら気分が悪いし、別に明かしても問題はないし賭けてみるとしよう)
「わかりました」
「それは生徒会に入ってくれるということかい?」
「いえ、賭けをすることに決めました」
「なに」
僕の発言に今まで余裕がある表情をしていた雄大先輩が初めて動揺したような表情をする。
「僕に協力してください。でないと、春野さんは自殺をします」