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第二十話 互いの覚悟

「それはどういうことだ?適当で言っていいことじゃないぞ」


 晴人は鋭い視線をこちらに向ける。


 晴人の言いたいことは分かる。


 赤菜さんは春野を助けたいと思っている。そんな彼女に僕は、お前が一番の加害者じゃないかと言っているようなものだ。


 嘘であれば、赤菜さんに酷い言いがかりを言って傷つけたことになる。


「どうして……そう思ったんですか」


 赤菜さんは先程の勢いは消え、大罪を犯したと言わんばかりの暗い表情で言った。


「僕は春野との付き合いはまだ短いが、春野がこの程度のいじめで心が折れるようなやつではない事ぐらいは理解している」


 春野は強い。


 それは自殺を止めるために必死に戦っているからこそ、自信を持って言えた。


 自殺を阻止された直後に脅すところや、次の日に自殺しようとするところ、僕への鋭い反撃に、最後まで諦めなかったゲーム。


 春野は絶対に折れない。最後まで自分の役目を果たそうと頑張る奴だ。


 そんな春野がこの程度のいじめで折れるわけがないのだ。


 なら、何が春野をあそこまで苦しめているのか。


「春野は自分に負けない。どれだけ辛くても必ず立ち上がる。必ず責任を果たそうとする」


 それが春野愛佳という人物だと僕は思っている。


「そう言うやつだからこそ、責任を果たせなかった時のダメージは致命的までに大きいはずだ」


 春野愛佳は自分には負けない。ただ、自分のせいで他人が傷つくのは耐えられない。


 毎晩毎晩、泣きながら謝るぐらいに。


「そう考えた時、春野からピアノを教えてもらっていた赤菜さん。君しか、春野の心を折ることができる人物はいないんだよ」


 僕は赤菜さんが酷く傷つくことを理解していながらも、はっきりと赤菜さんに告げた。


「椿君はすごいですね・・・・・・・私は4ヶ月も一緒にいたのに、傷つけるまで気が付かなかった」


 赤菜は、涙を流し、酷くあの時の自身の行為を悔いるように酷い顔をしていた。


「椿君の言うとおり、愛佳ちゃんにトドメを刺したのは私です」


 机は涙に濡れ、手に力が入ったのかスカートがぐちゃぐちゃになる。


「愛佳ちゃんはいつも優しかった」


 赤菜は自分の罪を再確認するかのように何が起きたのか言い始めた。


「演奏者を決める時、愛佳ちゃんは以前から私が演奏者をやりたいと思っていたことに気が付いてくれていて、私の背中を押してくれました。みんなの反発を買わないように、私が愛佳ちゃんに師事するようにアドバイスしてくれました。そのおかげで、みんなの反発なく、私が演奏者になれました」


 どうやら、こちらが考えている以上に関係が深かったようだ。


「演奏者に決まってからは、私が最高の演奏をできるように、時には厳しく、時には優しく、自分の時間を削って私に教えてくれました」


 春野は面倒見がかなりいいからな。それぐらいはするだろう。


「私は愛佳ちゃんの期待に応えるように夢中になって頑張りました。だから気が付かなかった。愛佳ちゃんが裏でいじめられていたことに」


 赤菜は自分の無能さに酷く恨むような表情をしていた。


「愛佳ちゃんは私に心配をさせまいと、何事も無い顔で私にピアノを教えてくれました」


 春野が演技すれば気がつくのは極めて難しい。気が付かないのも無理がないことだった。


「私がイジメに気が付いたのは、体育の時に指を怪我させられた時でした。周りのクラスメイト達の暗い顔、悪意に満ちた表情。私は、ピアノに夢中で、上手くなるのに必死で、クラスの空気が変わっていることに全然気が付いていなかった!」


 赤菜に落ち度はない。


 上手くなろうと必死になろうと、答えようと頑張っていたのだ。それが悪いわけがない。


 そうであるはずなのに、赤菜はそのことすら悪いと思っている。


「私は愛佳ちゃんに必死に謝りました。弾けなくなってごめんなさい、愛佳ちゃんの頑張りを無駄にしてごめんなさいと」


 その時の両者の気持ちは、言葉には出来ないものだったのだろう。


 少なくとも、こんな気持ちならなければいけない事を2人はしていない。


「愛佳ちゃんも辛いはずなのに、優しく泣いている私を抱いて、「謝らなくてもいいの、その気持ちだけで十分過ぎるほど私は嬉しいの。だから泣かないで」と言ってくれました」


 その言葉にどれだけ赤菜が救われたのか、それは第三者である僕たちでも、痛いほどわかる。


「そして、愛佳ちゃんは太陽みたいに明るい表情で言ってくれました。「この悲しみが一瞬でなくなるぐらい、美しい演奏をするわ。そして、また来年一緒に頑張りましょう」と、その時の私は確かに救われました」


 それで、合唱コンクールの時に春野は、調和を無視して、圧倒的な演奏をしたのか、赤菜友梨1人のために、自分が責められる事を分かっていながら。


「愛佳ちゃんの演奏は本当に凄かった、美しかった。確かに、あの時、私は悲しみを忘れることができました」


 春野の目的は確かに達成することが出来ていた。


「それと同時に思ってしまいました。私が演奏者になるべきではなかったと、私みたいな人のために犠牲になるべき人ではないと。」


 赤菜は最大の罪を自白するように言った。


「気が付けば言っていました。私が下手でごめんなさいと」


 春野が赤菜のためにおこなった全力の演奏は、赤菜の心を無自覚に折ったのだ。


「それを聞いた愛佳ちゃんは、泣きそうな顔をして「そっか、ごめんね」と言って私の前から居なくなりました。その時にようやく分かったんです。自分は言ってはいけない事を言ってしまったんだと」


 これが春野の心を折ったことだったのだろう。


 守るべきものを自分で壊した。


 春野においては耐えがたい辛さだったのだろう。


「だから、私は償いがしたい!私が傷つけてしまったから!」


 赤菜が自分を悔いて、春野を救いたいと考えていることはよく伝わった。


 だから、僕も覚悟を決めた。


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「気持ちは分かった。だが、それは覚悟ではない。ただの逃げだよ」

「え……」


 赤菜は予想外の厳しい言葉にひび割れたガラスのように酷い顔をする。


 僕はさらなる追い打ちをするように言った。


「赤菜は、何が悪かったと思っている」

「それは……愛佳ちゃんの気持ちを裏切ってしまったこと……」

「そう、お前は裏切ったんだ。それでどうのように償るつもりだったんだ?」

「それは……あの時はあんな言葉を言ってごめんなさいって、私は全然平気だから、気にしないでって」


 赤菜は僕の鋭い言葉にオドオドと答える。


 だが、僕はそんなことをお構いなしにさらに詰める。


「それのどこが償いなんだ?赤菜が言ったことは、あれは本心じゃないから気にしないでと、なかったことにしようとしているだけだ」

「弓弦、それは流石に言いすぎじゃ」

「晴人は黙ってろ」


 止めようとする晴人を強めの口調で黙らせる。


 そして、僕は止めの一撃を放つ。


「お前はなかった事にしたいだけなんだよ。自分が苦しみたくないから、そんな考えで春野を助けられるわけがないだろ!」


 はっきりと、僕は厳しい現実を突き付ける。


「そうだね、私はあの人たちと変わらないダメで最低な人なんだ。ごめんね、覚悟も何も無いのにあんなこと言って、私に愛佳ちゃんを救えるわけないよね!迷惑なこといってごめんなさい、わたし、出ていくよ」


 赤菜は涙を流しながら、教室から出ていく。


「おいおい、どうするんだよ」

「悪いがこの件は晴人、お前に任せる」

「は?」


 僕は先程の迫真の言葉が嘘のように、冷静に落ち着いて晴人に指示を出す。


 その豹変ぶりと、急に押し付けられた大変な任務に晴人は絶句する。


「いやいやいや、弓弦が泣かせたやんけ」

「言っただろ、この件は非常に複雑で重い問題だと。今の僕に赤菜の面倒を見る余力はない」

「そうはいってもだな、あれだけボコボコにされたら、俺にどうにかできるとは思えん」


 確かに、僕は一切の容赦なく赤菜の心を粉々にした。


 あそこからの復活は至難を極めるだろう。


「別に凄いことをする必要はない。近くにいてやって欲しい。赤菜に必要なのは冷静になる時間と第三者の声だ」

「まるで、赤菜が立ち上がるような言い草だな」

「僕は立ち上がると思っているよ」


 僕は当たり前だろと言わんばかりに言った。


「そう思う理由は?」

「あの行動力と胆力は、償いたいという気持ちだけでは出来ないし、助けたいという気持ちは本物だと思った」

「感覚じゃないかよ!」


 仕方がないだろう、人の気持ちを客観的に証明するなどそう簡単に出来る訳がない。それに時間も多いわけでない。


 ここは自分の感覚を信じるしかない。


「立ち上がれなかった場合は?」

「賭けに負けるだけだ」


 僕は赤菜に賭けることにした。


 丁度友達が必要だと思っていた所でもある。


「その清々しいところ、最高だな。賭けはこうでなくちゃ!赤菜の方は俺の方に任せろ。どうにかしてやる。その代わり、他は全て任せるぞ!」

「ああ、任せろ。理想が現実になる瞬間を見せてやる」


 互いに後戻りできるところはない。


 何かを失うことを躊躇うようでは、何も出来ない。


 赤菜に覚悟を問うたのだから、僕たちも覚悟を見せないといけない。


「それじゃあ、いってくるわ」


 そういって、赤菜を追いかけに晴人は出ていく。


 そして、近くにいなくなったことを確認すると、椅子に深く座り込み深いため息をする。


「きちぃー―――――――」


 晴人の前では自信満々に言ってみせたが、正直無理難題が過ぎたし、心も滅茶苦茶痛かった。


 これでもしどうにもならなかったら、と考えると、今すぐにでも逃げ出したくなる。


(全部、誰かに丸投げしたい)


 考えれば考えるほど、その気持ちは強くなる。


 この押しかかる責任から逃げたいと思うが、それと同時に逃げて自分に何ができるのかと思う。


 何も出来ない。逃げに勝利はない。挑まなけれは勝てないのだ。


(何度考えても答えは同じか、逃げるよりも戦った方が、幾分かマシだな)


 そうして、僕は気を取り直す。


 僕にはやらなければいけないことがある。赤菜があの地獄から這い上がってきたとき、逆転の一手を打てる準備をしなければいけない。


(それに今回分かったことがもう一つある)


 赤菜の件は確かに、止めの一撃にはなっただろう。しかし、それが自殺の根本的な原因ではないということだ。


 確かに辛い出来事だった。


 しかし、自殺までするかと言うと、動機としては明らかに弱いのだ。


 間違いなく、問題は別に存在する。


 赤菜との出来事はただのきっかけだ。春野に自殺をしようと思わせるほどの問題が別に存在している。


 それが、春野愛佳を蝕む悪夢の正体に違いない。


 僕の戦いがいじめの撲滅だけでは終わらないことをしっかりと意識して、僕も教室を去っていた。

本日二度目の評価ありがとうございます!滅茶苦茶うれしかったです。

今後ともよろしくお願いします。

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― 新着の感想 ―
[一言]  『問う』の過去形が気になったので、ちょっと調べてみたら『五段活用動詞の例外』なんて面白い情報拾ったんで、誤字報告に載せておきました♪
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