第十八話 協力者
解散した後は、特にこれといった出来事もなく平凡に時間は過ぎていった。
休んだ分は日頃から予習復習をしっかりとしている為、遅れをとることはなかった。晴人は、情報を集める為、放課後になると教室をよく出ていった。
そうして僕は放課後、約束通り空き教室に入る。
そこで、椅子に座り静かに待っていると、やがてドアが開かれた。
「情報はしっかりと集められたか?」
「ああ、ばっちりだ」
晴人は意気揚々と椅子に座る。それなりに情報を集めてくることができたらしい。
「まずは調べて分かったことだが、春野は1ヶ月半前ぐらいからいじめられていた」
「そうか」
僕は静かにその事実を受け入れる。
(問題があることは分かっていたが、イジメかーー)
解決がそこそこ面倒なものが出てきた。
(いじめは後処理が大事だからなー)
いじめを成敗すること自体は意外と簡単である。動かぬ証拠を押さえて、インターネットなどにばら撒きながら警察などに渡せば、正義の名の下、徹底して裁くことができるだろう。
いじめているやつは、自分が復讐されることなど想定しないし、憎悪を宿す人間の恐ろしさを知らないため、警戒心が薄い。
油断している敵を潰すのは簡単だ。
ただ、派手にボコボコにすると、その後のクラスの雰囲気や周りとの関係は修復不可能なほどの溝が生まれる。
そうなれば、表面上の問題は無くなっても根本的な問題は解決できない。
よっていい感じに叩き潰さないといけない。
「それで虐められている原因も分かっているんだろ?」
「もちろん」
晴人は楽しそうな表情をしている。晴人にとってはいじめは滅多に起きない荒れ事だからな。
「1ヶ月半前で気が付いていると思うが、原因が生まれる要因になったのは、ピアニストを決めることから始まった」
これから物語りを語るような口調で晴人は言い始める。
「当初は、春野がする予定だった」
「あの実力なら妥当だな」
合唱コンクールの実力を考えれば必然だった。
「しかし、春野は辞退して、代わりに赤菜友梨という女の子がすることになった」
しかし、本番では春野がピアノを弾いている。つまるところ、ここあたりに問題があったのだろう。
「ただ、赤菜さんは自分の実力が春野さんより劣っていることが分かっていたから、春野さんに師事することを頼んだ。そして、春野さんはそれを受け入れた」
赤菜の行動力には驚くが、春野は面倒見がいい。それはここ数日一緒にいてはっきりと感じたことだ。お願いされれば受け入れるのは間違い無いだろう。
「ただ、それが問題だった」
「何が問題だったんだ?」
ゲームをやっていた時などに色々と春野に教えてもらったのだが、問題になるような教え方ではなかった。むしろ、親切で印象が良くなるはずだ。
「春野さんの印象が良くなった。もっと分かりやすくいうなら、遠い存在から手に届く存在として見られるようになった」
「なるほどな」
僕は、ある程度のことを察した。
春野は一見すれば近寄り難い人物だ。外見と普段のクールな感じだけだと、近づけるような人には思えない。
周りから見れば、春野は観賞用と言った扱いであり、別次元の人物だと見られていた。
しかし、春野は優しいし、負けず嫌いなところもある普通の女の子だ。
機会があれば誰でも気が付き始める。
別次元だと思っていた人が自分と同じ次元に降りてきた。それも以前よりも魅力を増して、そうなると、どうなるか。
「嫉妬か」
「大正解!」
晴人の表情は今までになく楽しそうにしている。
「弓弦の言うとおり、イジメの根本的な原因は嫉妬だ。耐えられなかったのだろう。全てを持っていたとは言え、それが別の世界の住人なら気にする必要がなかったが、そうではなくなってしまった。しかも、この相手はより魅力を増しているときた」
「光が強ければ強いほど、その陰もと言うやつか」
強すぎる光は、無自覚に他を傷つける。
これほど理不尽なことはないだろう。
「主犯とどんないじめが行われたかは分かるのか?」
「主犯は、森岡凜奈。まあ、クラスの中心人物みたいなものだ。いじめは、色々とやっているがライン越えしたのが一つだけある」
大体の事情は把握できているらしい。流石の情報収集能力だ。
「それで、ライン越えの行為は何だったんだ?」
「コンクールのピアノを弾いていたのは春野さんだろ?あれは、赤菜さんが直前の体育で指を怪我をして弾けなくなったからだ」
「意図的に怪我をさせたということか」
「そういうことだ」
ピアニストにとって、指とは命にも等しいものだ。それを怪我をさせたということは、殺害行為と言っても過言ではない。
この世には間接的に人の命を奪える。今回のいじめはそれに当てはまる。
(なるほど、確かにライン越えだ)
それと同時にこの件の厄介さが増した。相手を怪我させるほど、いじめは狂暴化しているということなのだから。
そうなると春野が休む選択をしたのも納得がいく。下手に燃料を与えるとより悲惨な結果を生み出しかねない。一時的な対処療法に過ぎないのかもしれないが、今は燃料を与えないことが大切だ。
「自分たちが通っている学校の闇がこんなに深かったとは驚きだ」
「生徒会長があの人になってから良くなったと思ったが、こういうのはあるもんなんだな。まあ、そのおかげで俺は楽しいんだが」
ここ最近では、いじめは大分少なくなってきた印象があったが、ある所にはあると言うことだろう。
「大まかな概要はこれぐらいだ、何か他に聞きたいことはあるか?」
「今は大丈夫かな。また、後日細かいことは聞くかも」
学校で起きている問題については、大体把握することができた。思ったよりも面倒な事になっているため、晴人にこれ以上探りを入れさせると巻き込まれる可能性もある。今回は観客になると言っているのだから、後の事は僕がするべきだ。
「今回はありがとう、この礼は全てが終わった後にさせてもらうよ」
「別にいいってことよ。それよりも二つ聞きたいことがあるがいいか?」
「聞きたいこととは?」
晴人がいつになく真剣な表情をする。いつもふざけている晴人が真剣な表情をするので、僕も注意して聞く。
「今回の件は危険だ。他の誰かに任せる方が安全だ。相手が大切かもしれないが、自分の事も考えれば、間違っていないはずだ。合理的なお前なら分かっているだろ」
晴人の意見は正しい。今回の件はあまりにも危険だ。
自分の安全を考えるなら、どのような結果になろうが他人に任せるべきだ。
「確かに自分の安全を目的にして合理的に考えるなら、晴人の意見が正しい。ただ根本が間違っている。」
「間違っている?」
「ああ、僕において自分の安全とは信念を貫き通すことにある。僕は自分の決めたことを必ずやり切る。僕はもう決めているんだよ。春野愛佳を助けるとね。それにそっちの方がカッコいいだろ」
僕の考えは高尚なものではない。
ただ、何かを出来ずに後悔して生きるよりも、何かをして結果がどうあれ自分にあの時の選択は間違っていなかったと言えるような生き方をしたほうが苦しまないと思っただけだ。
「弓弦は妙な所で子供だな」
「子供心は大切だよ。現実ばかり見ては暗いままだ。理想を見て前を進んだ方が生産的だ」
「しっかりと考えているあたり、弓弦らしい」
晴人は僕の事を呆れるように笑う。
「それでどうして、春野さんを助けることにしたんだ?」
どうしてか、それは色々と理由はある。一番具体的な理由なら、才能だけしか与えてもらえなかった春野に同情したというのがある。
しかし、よく考えればこれも少し違う。これは明確な目的を持つために後付けで考えたものだ。
それはきっと本質的な理由ではない。なら、僕の本質とはなにか。それは簡単な事だった。
「泣いている顔より笑っている顔の方がいい、そう思ったからかな」
これぐらい単純な方が、僕にはあっている。優しくするのに大層な理由はいらない。これが一番大切だと思った。
「あはははーーー!弓弦のそう言うところ、俺は好きだ」
晴人は僕の言葉に納得してくれたようで、満足そうな表情をしている。
「なら、二つ目の質問だ。春野さんは泣いているのか?」
晴人はこちらの事情を考慮したのか、抽象的に表現をして春野の現状を聞いてくる。
「まあ、泣いてはいるかな。決して表面には出さないけど」
僕は春野が人前で泣いている所見ていない。見たのは悪夢にうなされている時だけだ。
「なるほど、よく分かった。それで春野さんはそう言う状況らしいが、どうする?」
晴人の言葉は、僕ではなくここにいない第三者に向けるような言葉だった。
(こいつ、まさか!)
嫌な予感がすると共に、ドアが開けられる。
そこに立っているのは、茶髪でショートの髪形で、背が小さく、猫みたいな小動物のような愛くるしさがある女子生徒だった。だが、そんな女子生徒の目には小動物などとは大きく異なる、力強い意志が籠っていた。
「全て聞きました。私は、赤菜友梨です。このような形で会ったことは申し訳なく思っています。だけど、私は愛佳ちゃんを助けたいです。だから、椿君。私にも愛佳ちゃんを助けるための協力をさせていただけませんか?」
短時間であれほど詳しい情報をよく集めらえたなと思ったが、当事者から直接聞き出していたのか。
僕は晴人の方を見る。
晴人は先程の真剣な表情から、してやったりと言わんばかりのムカつく表情になっている。
「朝の発言はやっぱりなしだ。こんなに楽しい事を観客で見るなんて出来ない。弓弦、お前にベットすることにしたぜ」
「負けた時の責任は取らないぞ?」
「構わないさ。それが賭けだろ」
そうして、僕は、赤菜友梨と大山晴人の三人でいじめに向き合っていくのだった。