第十七話 朝の密会
大体3時間ぐらい経った後、完全に春野が寝たのを確認して、春野の頭をソファーに預ける。
流石にこのままだと今日は眠れないし、明日は学校がある為色々とすることがある。
(本当はこのまま、ベットまで運ぶべきだろうが)
「うう、ああ、あ、あ、あああああああ!!!!!ごめんなさい……ごめんなさい」
今日も春野は悪夢にうなされている。
今もなお、苦しそうな表情をする春野を一人にすることが僕には出来なかった。
先程の話の流れ的に、僕もソファーにいても文句は言われないはずだ。僕は、明日の準備をした後、春野が寝ているソファーの背にもたれかかるようにして、眠る。
そうして、次の朝を迎える。
「今日は早いのね」
午前5時、起きた春野は先に起きていた僕に気が付き、昨日の事を何もなかったような感じで接してくる。
「学校があるからな。それよりも昨日風呂入っていないだろう。用意してるから入っていいぞ。それと朝食は僕が用意するつもりだが、春野が用意したいか?」
「椿君に任せるわ。私は風呂に入ってくるわ」
「分かった」
そうして、春野は風呂に入り、僕は朝食を作った。
「それで、今日、春野は学校に行くのか?」
二人で朝食を食べている最中、僕は春野に問いかける。
「いかないわ」
「そうか」
春野の言葉を僕は冷静に受け止める。
(休むのか。僕を騙すためか、単純に学校に問題があるのか)
ここで学校に行くなら色々と楽だったんだが、何事も上手くはいかないといった感じだ。春野の監視の為にも休む選択肢はなくはないが、学校の件を把握する必要がある為、自殺をしない約束を信じるしかないだろう。
「なら、休みの連絡は僕がしよう」
「どうして?」
「怪しまれないようにするためだ。体調が悪い奴が連続で自分で出ると近くに保護者がいないと考えても不思議ではない。流石にあと数回は大丈夫かもしれないが、不安の種は出来るだけなくしておきたい」
「なるほどね」
親の放任とかなら、いくら休んでも大丈夫なのだろうが、春野の様子から察するにおそらく完全な放任という訳ではないだろう。
そうなると、学校からの連絡があればまずい展開になると予測できる。
問題解決のための時間稼ぎの為にも色々と小細工はしておかないといけない。
「だけど、声とかでバレないかしら?」
「安心してくれ、こう見えて声を変えるのは得意なんだ」
「そうなの?」
「まあ、見とけよ」
僕は学校に電話をかける。
「もしもし、春野の保護者なのですが、春野の体調がまだ優れていなくて、今日も休みでいいでしょうか?」
「はい、わかりました。娘さんの体調が良くなることを願っています」
「椿君て、女声を出せたのね……」
春野がかなり引いた感じでこちらを見る。
僕は元々声が高いこともあり、ちょっと頑張れば女性のような声を出すことができる。悪戯など色々と汎用性が高く、重宝しているスキルの一つだ。
「これならバレることはないだろ?」
「まあ、性別が違うなら分かるはずないわね」
電話からの声だけなら完全に女性だとしか思えないので、このスキルを学校で披露しない限りバレることはない。
「僕は今日学校にいくけど、昼食の食料はあるはずだから適当にやってくれ。あと念のために一万円ここに置いておくから、何か必要なものがあったら自由に使ってくれ。それと、ゲームとかはあそこに置いてあるからそれも自由にやってくれ」
春野が一人寂しく過ごさないように、今できる範囲の事をしておく。
「椿君は、今日も私の家に泊まるの?」
「泊まる予定だよ。迷惑だったか?」
何も解決していなく、毎日悪夢に魘される春野を一人にするのは、流石に出来ない。
僕の家族に、なんと言って了承を取りつければ良いかは分からない所があるが、まぁ何とかなる可能性は高い。
「いいえ、問題はないわ」
春野は特に迷惑そうな表情をすることなく、淡々と答えた。
「それじゃあ、行ってくるね」
「いってらっしゃい」
そうして僕は、学校に向かった。
「こんな早い時間にしかも、空き教室に呼ばれるなんて、中々に面白いことに巻き込まれてそうだな弓弦?」
まだ運動部の連中がこれから朝練を始めようと言うような早朝。誰にも使われていないパソコン室に僕たちは集まっていた。
晴人はこれから何を聞かされるだろうかと言わんばかりに楽しそうな表情をしている。
「随分楽しそうだな」
「荒れた方が楽しいだろう」
晴人は修羅場など、荒事が好きなタイプだ。普段は面倒な奴なんだが、こういったことに関してはとても頼もしい人物になる。
「それで、何処まで勘付いているんだ?」
晴人は鋭いことがあり、首を突っ込みすぎることがある。もし、自殺の件まで勘付いてしまっては、春野への接触はさせられなくなる。春野の前で嘘をバレないようにするのは至難の業だ。
そのため、晴人が暴走しないよう慎重に取り扱う必要がある。
「弓弦が春野愛佳の件で巻き込まれている可能性が高い、そう仮定すると、俺を呼び出した理由は合唱コンクールのゴタゴタを教えてもらうため、その上でチャットではなく、朝早く、人がいない所へ呼ぶあたり、そこそこヤバイ案件に関わっていて、踏み込みすぎるとさらにヤバくなるってやつかな」
「相変わらずの鋭さだな」
正確に此方の事情を見抜いているあたり、晴人を協力者に選んだのは当たりだった。
こちらが頼まないにしろ、晴人ならここまでたどり着くのにそんなに時間はかからなかっただろう。
「晴人が考えているように、僕は春野の関係で巻き込まれている。晴人に聞きたかったことは、合唱コンクールの件についてもあっている。後は、踏み込まれ過ぎたら僕は、晴人を共犯者にしないといけない。」
僕は晴人の推測の答え合わせをしつつ、踏み込み過ぎるなと牽制する。この件は非常に重いやつだ、無暗に友を巻き込むわけにはいかない。
「情報だけ渡してほしいか……」
僕の言葉から、事態の重さを計っているのか、鋭い目でこちらを見る晴人。
「ちなみに、共犯者はどれぐらい大変なんだ?」
「失敗すれば、そこそこのトラウマと一人ぼっちになれることは保証してやるぞ」
僕は不敵な笑みを浮かべて言う。
この件に僕から巻き込むのは無理だが、相手から巻き込まれに来たら話は違う。
危険性を十分教えつつ、僕は晴人の選択を待つ。
「今回は観客でいいかな。思ったより面倒そうだ」
「そうか」
(まあ、自分の事を考えるならこんな地雷を踏む必要はないよな)
ワンチャンと考えていたが、情報が得られるだけマシだろう。
「それで、合唱コンクールの件についてどれぐらい知っているんだ?」
「そのことについてだが、放課後でいいか?」
「それはどうして」
事情は大体察しているが、一応聞いておく。
「大まかなことは知っているが、必要なのはもう少し詳しいことだろ。真偽も含めてもう少し調べたいんだ」
「分かった、そういうことなら放課後にまたここで」
そうして、僕と晴人の朝の密会は終わった。