第十五話 ゲーム
ピー!ピー!ピー!
昨日と同じようにスマホのアラーム音で僕は目覚める。
「朝、早いのね」
春野はダイニングの椅子に綺麗に座っており、外を眺めていた。
「朝起きした方が健康にいいからね。そっちこそ早いじゃん」
「私は習慣みたいなものだから」
(習慣ね、見た感じ5時ぐらいには起きてそうだが)
春野の髪などはしっかりと手入れされているようで、昨日のような隙は一切なく、品位溢れる理想の女性といった感じだ。
そんな春野が綺麗な姿勢で椅子に座り、静かに外を見ている様子はどこか神秘的で落ち着いた雰囲気に見える。
「朝ごはんを作るけど、いいかしら?」
「ああ、よろしく頼む。僕に手伝ってほしいことがあれば言ってくれ、手伝う」
「大丈夫。できたらまた呼ぶから、待ってて」
「わかった」
春野は席を立ち、キッチンの方へと向かう。
昨日買った服を着てくれているようで、素朴な服は春野の光り輝かんばりの存在感を無くし、落ち着いた性格を表すような物静かな印象を与える。
(僕はこっちの方がいいな)
学園祭や昨日のお出掛けの時のような、誰もが注目してしまうような姿ではなく、今の静かで平穏な姿の方が自然体といった感じで気が楽そうだし合ってると思った。
あの服を買うことができてよかった。そう思えるだけでも、昨日、頑張ったことは無駄ではなかったと考えられて嬉しい気分になる。
「朝ごはん出来たわよ」
「分かった」
春野に呼ばれ、僕は席に座る。
朝食は、白米に卵焼きに大根おろし、納豆、お味噌汁だった。綺麗に置かれており、旅館の朝食かと思うかのようなクオリティだ。
朝からこのような贅沢な食事を食べれることに、心の底から喜ぶ。
やはり、朝から美味しいものを食べれると気分が明るくなっていい。
「朝食を作ってくれてありがとう、とても美味しいよ」
「そう、よかったわ」
春野は特にこれっといた反応は見せず、淡々と返事をして、黙々と食べる。
まだまだ冷たい反応だが、これから頑張っていけばいい。
できることなら、いつか他愛のないことで雑談でもしながら、一緒に笑って食事出来る時がくればいいなと思う。
「食器は僕が洗っておくよ」
「そう、任せたわ」
朝食を食べ終わり、片付けまで押し付けるのは悪いので、僕がすることにした。
春野は、歯磨きをした後、ソファーに座って外を眺めている。
僕は食器を片付け、歯磨きをして、春野が座るソファーへと座る。
「春野は普段、休日をどんなふうに過ごしていたんだ?」
今日は、外に出ていくことはしない。今日は、普段の春野を知る必要があると考えたからだ。
「さあ?」
春野はまるで人ごとのように言った。
「少し前までは習い事や勉強をしていたけど、ここ最近は何もしてないわ。こうやって、一日中外の景色を見ているだけだったわ」
「……」
(何もしていないか)
あまりにも、あまりにも空っぽな日常に、僕は何も言えなくなる。
初めて来たときに何もなかったのは計画的に捨てたかと思っていたが、そもそも捨てるものするらほとんどなかった可能性が高くなった。
(問題は根深いな)
悪夢といい、この空っぽな日常といい、学校にもあるであろう問題といい、一つ解決したらすべて解決などという理想はないのだろう。
それと同時に人を死に追いやるほどの苦しみの大きさを理解する。
毎日悪夢をみて、学校では何かしらの問題を抱え、休日では何もない。
(ただの地獄だな)
逃げ場所など何処にもなかったのだ。
そして、自殺という最後の逃げ場も僕が無くした。
(恨まれるのも当たり前だな)
なら、春野から逃げ場を奪った僕は、新たな逃げ場を作ってやらなくては無責任と言うやつだ。
「やることが無いならゲーム、やってみないか?」
「ああ、昨日買ったものね」
家に何もない事は分かっていたので、昨日のうちに暇つぶしの道具を買っておいた。
オセロからチェス、それからテレビゲームと数打てば当たる戦法でやっていく。
「やってもいいけど、泣かないでね?」
「うん?それどういう意味?」
ゲームで泣くなんて、そんなわけある訳ないだろうに、全く何を言っているんだか。
「これまで数回、このようなことをすることがあったのだけど、泣くか、やるのをやめたわ」
「はは、そうならないように頑張るとするよ」
今までの春野を見たからこそ、どのような惨劇が繰り広げられてきたのか、想像が出来てしまった。
You are a Loser!!!
「あ、ははは……はは」
ゲームを始めて約四時間、僕は一度も春野に勝つことができなかった。
春野は初めてのゲームでも、持ち前の頭脳ですぐに本質を理解して、プロすら圧倒する実力を持っており、僕は手も足も出ずにボコボコにされる。
何も出来ずにボコボコにされるのは、某ゲームの周回対象にされた敵の気持ちをよく理解することができた。
途中からは、TAの如く速さでボコボコにされた。
こんな残酷な行為が小学生の時に行われたとなると、春野の泣かないでねといった意味が分かる。
(多くの子を泣かせてきたんだな)
「もうこんな時間、昼食を用意するわ」
「ああ、よろしく頼む……」
まるで作業のように僕をボコボコにした春野は、何事もなかったかのようにコントローラーを置き、料理を作りに行く。
(ゲームってここまで人の心を追い込むんだな)
負けるのはいいのだが、勝ち目のない戦いを延々とさせられると言うのは、流石に辛い所があった。
(どうにかしなければ)
このまま昼食を食べ終わり、続けた所で僕が延々と作業的にボコされ今日が終わってしまう。
どうにか、春野を負かす、いや、せめて苦戦くらいさせないと無意味な時間を過ごさせてしまう。
(なら、対戦ゲーム以外をするか、だとしても何をすればいいサバイバルゲーム?それともシュミレーションゲーム?いやダメだな。)
春野のプレイスタイルは、徹底した合理化の元、確実に目的を達成すると言ったものだ。
サバイバルゲームも絶対に作業的にするだろう。それでは、面白いではなく、やらされていると変わらない。
どうにかして、春野が本気で取り組めるものを用意させないといけない。しかし、万能の天才は生半可なレベルでは、本気にさせる事すら叶わない。それはこの四時間で痛いほどわかった。
(人間のレベルなら、トップクラスの人でないと相手にすらならない。なら、人間以外ならいけるのではないか)
そう、僕の力で勝てないのなら、機械の力を使えばいい。
(て、何を考えているんだか)
本来なら、もっと温厚に楽しむか、いい感じに白熱することを望んでいたが、まさかこんな殺伐とした雰囲気の勝負になるなんて予想外だ。
しかし、このままなら残念な一日になるのは確定だ。故に決意する。
理不尽を持って、接戦を作り出すと。
「昼ごはん、出来たわよ」
「分かった。今行く」
その前に僕たちは昼食をとるのであった。