第十三話 もう一つの結果
春野愛佳視点
私は電車での帰り道、ここ数日のことを振り返っていた。
自殺をしようとして3日、私の日常はものすごい勢いで変化していた。
その変化を引き起こしている人物こそ、今、私の隣に座っている椿弓弦だった。
最初は邪魔な存在として、適当にあしらっていたが、椿君は粘り強かった。
あの手この手を弄しても、椿君は喰らい付き、こちらが隙でも見せようものなら、確実に突いてくる。
椿君と言う存在が私の中で確実に影響を与え始めていた。
今日は酷かった。
最初は椿君の都合のいいように演じて私の邪魔をする椿君を期待させ、現実を見せることで苦しませて排除しようとした。
ショッピングモールに着くまではうまくいっていた。しかし、そのあとがダメだった。
特に服屋の件が一番酷かった。
椿君だけでも、厄介だと言うのに、椿君が呼んだ店員、店長である、小林さんにいい感じにやられてしまった。
私は服屋のことを思い出す。
「お客様、本当は服は欲しくないのではありませんか?」
私を強引に連れ込んだ小林さんは、椿君が視認できないところに向かうと、明るく元気な姿からでは想像できないほど、鋭い質問をして来た。
「どうして、そのように思ったんですか?」
「お客様は、不要なものとして服を見ていたからです」
その言葉に私はドキッとする。
服は生活する上で必要ではあったが、どうせもうすぐ自殺するので、今更欲しいとは思わなかった。
ここに来たのも、その姿勢を全面に出してしまうと、椿君の警戒心を強め、結果、また妨害されるのを恐れたからだ。
「確かに、私は欲しいとは思ってません」
「だけど、彼には買う必要があり、それをお客様は断らなかったと言うことであってますか?」
「・・・・・・」
小林さんは、すぐに、こちらの事情を正確に捉える。
「先程、ほんの少しですが彼と会話をさせて頂きましたが、彼は非常にお客様のことを大事にしているように見えました。少なくとも慣れてない演技をしてまで、お客様に合う服を買わせようとするぐらいには」
小林さんは確信を持って言っている。ここで否定してもボロを出すだけになる。
世間一般で考えれば、自殺をしようとする私のほうが不利なのだ。
適当な演技なんかでは小林さんは騙されない、そう直感的に察した。
「無理やりの線も薄い、少なくとも立場的には、彼は、お客様の方が上だと思ってる。これはあくまで私の勘ですが、お客様は複雑な関係でいらっしゃると言うことでいいでしょうか?」
必要最低限の情報を確認しつつ、踏み入れてはいけないところは、しっかり引くと立ち回りが実に上手い。
「もしそうだったとして、どうするつもりですか?」
「私の職務である、お客様の為になる服を用意することをさせていただくだけです。」
キッパリと言った。
ちょっとツッコミ過ぎではないかと思うが、きっと私だからしているのだ。
小林さんは観察力と洞察力に優れていた。だから、人によって最適な対応をする為、態度を変えている。
今の私に必要なのは踏み込むこと、そう判断されたのだ。
「お客様、私に2つ提案があります」
「提案?」
「はい、一つは、お客様の似合う服はなかったと彼に伝える。もう一つは、彼を試してみる。」
一つ目は、私の意思を尊重するもので保守的な選択肢だ。椿君のことだから、店員からそう言われれば、色々と察して服を買うのをやめるだろう。
そして、もう一つの方、彼を試す。これは攻撃的な選択肢、恐らく私と椿君の中にある対立に関して、白黒つけないかと言うやつだ。
「試すと言っても具体的にどのように」
「私はこれより数着、お客様の魅力を最大限引き出させる服を見繕います。そして、お客様は今自分の欲しい服を選んでもらいます。そのあと、彼を呼び、私の選んだものだけ、見てもらい
お客様が選んだ服は目につく場所に置いておき、その状態で彼にどんな服を買うか選んでもらいましょう」
つまり、椿君がどれだけ私のことを考え、正しく見抜けているか、試してみてはどうですかと言っている。
小林さんの意見は随分と彼に不利で攻撃的なものだった。
「私の勧める服を選んだなら、お客様の考えが正しい。服を買わない選択を取るなら、もう少し様子を見てあげてはどうでしょうか。そしてもし、お客様の服を見つけ選んだのなら、少しぐらい彼に期待していいと思います」
小林さんの提案は非常に魅力的だった。
何も知らないはずの人が協力するなんて、予想できる人なんていない。つまり、椿君は、何も知らないまま試されることになる。
だからこそ、この選択は人の本質が現れる。
これで椿君が小林さんの勧める服を選べば、このことを利用して、詰めれば椿君の心に大きなダメージを与え、私を掻き乱す存在を消すことができるかもしれない。
やるべきだ。
この千載一遇のチャンスを見逃すのはあり得ない。何より、ここで引けば、私の考えが間違っているのではないかと思っていると示すようなもの。
それに当てられるはずがない。実の両親だって、真っ直ぐで素直なあの子だって見抜けなかったのだ。たった3日しか関わっていない椿君が見抜けるわけはない。
「彼を試します」
「分かりました。では、服を選んできてください」
そうして、私たちは、各自で服を選ぶ。私が選んだ服は地味で質素な服だった。
今の私は、この服のような感じが丁度いいと思って選んだ。
「それでは、彼を呼んできます。ちなみに、私の勘では彼はお客様の服を見つけて選ぶと思いますよ」
そう言って、小林さんは椿君を呼びに行った。
鋭い人だと思っているけど、流石にそれはないと私はその意見を一蹴した。
そして、こちらに来た椿君は、小林さんの選んだ服を綺麗だと言って、悪くない反応を見せる。
そのまま決めると思った。
しかし、私が椿君が決めるように言ってから流れは急変する。
椿君は、自分が決めるとなった瞬間、何か致命的な問題があるような表情をして、悩み始めた。
それは他の服を見ても同じだった。
そして、全ての服を見てもそれは変わらない。
しばらく悩んだあと、椿君は私が選んだ服が置いてあるところを聞き、選んだ。
その時の私を一言で言うなら、パニックだった。
あれだけ不利な条件だった。今まで誰1人として気がついてくれなかった。見つけるのは無理だと思っていた。
そう思っていた中で、椿君の選択は私の精神に大きな動揺与えるには十分すぎた。
私は動揺を隠すように、そそくさと椿君から離れていった。
椿君が見つけてくれた!今まで誰も見てくれなかった私を椿君は見てくれた!
その事実が、とても甘く私を苦しめる呪縛を溶かすように私を支配しようとする。
違う!あれはまぐれ!そんなことあるわけない!
その甘くて、堕ちてしまいそうな感情を私は必死に否定する。
私は許されるわけにはいかない!私は、私は苦しんで死ななければならない!
だから、だから、だから、こんな・・・・・・こんな感情を抱いちゃ、ダメなの!
私の感情はグチャグチャになっていた。
「落ち着いてください。答えはまだ出す必要はないんですよ」
小林さんのその一言が、パニックだった私を引き戻す。
「彼がいい人だからと言って全てが解決するわけじゃありません。物事には相性があります。一つの事柄だけでは、判断するのは早計です。」
小林さんの言う通りだ。
今分かったのは、椿君がしっかりと・・・・・・私のことを考えてくれることだけだ。
何を期待しているんだ。
「落ち着けましたか?」
「はい、ありがとうございます」
小林さんの客観的な言葉によって冷静になることができた。
「それは良かったです」
そう言って、小林さんは服の会計をしてくれる。
「これは私からのアドバイスですが、答えをすぐに出す必要はありません。納得いくまで、しっかりと考えるのが大切です」
それは今の私を見透かしたようなものだった。
「心に留めておきます」
どこまでも不思議な人だった。
「また、悩みがあったらきてください。私はここの店長をしているので、大抵はいます。小林さんはいますかと、聞いてくださればいいです」
「また、機会があればそうします」
その時の私は、ああ言うしかなかった。
それ以降、私は今まで通り、椿君を期待させるような行動をしたりしなかったりして、私を狂わそうとする存在を排除しようとした。
しかし、そんな妨害をものともせずに、椿君は突き進む。
(ああ、このまま進んで私を助けて)
「何を考えているんだ?お前は多くの人を不幸にしただろ?もう忘れたのか?お前が不幸にした人たちの声を!」
「お前の才能は人を傷つけると言うことをなぜ理解しない!」
「はは、またそうやって私から奪っていくのね」
「あのさー!みんな頑張ってるのに1人だけ手を抜くのってどう言うこと、迷惑なんだけど!」
「ごめんね、わたしが下手くそで」
「あなたは不幸しか呼ばない、だから早く消えて!」
あ、あ、あ、あ、ああああああああああああああああああああああああああああああああああああーー!!!!!
ごめんなさい!ごめんなさい!ごめんなさい!ごめんなさい!ごめんなさい!ごめんなさい!ごめんなさい!ごめんなさい!
私、しっかり苦しんで消えるから、許して、許して、許して
お願い許して・・・・・・
「何、悲痛な感じで許しを求めてるんだよ。許しは、求めるものでなくて、受け入れることだろうに。分からないなら、一緒に考えてやるから、まずはその顔やめろ似合ってない、それにもう時間だし、起きろよ」
そうして私は目を覚ます。
「え、ここは」
「春野家の最寄り駅一歩前だよ。いいタイミングで起きたな」
どうやら先程のは夢だったらしい。
あんな夢を見るなんて、相当酷い状態だ。
そして、私は椿君を見る。
(椿君、もうこれ以上私を惑わさないで、私は酷い女だから)
そうして、私たちは家に帰った。