第十一話 ゲームセンター
服を買った後、12時と言うこともあり、僕たちは昼食を摂ることにした。
昼食は海辺が一望できる席を運良く確保出来て、そこでマグロカツサンドを食べることにした。
「美味しいね、これ」
「そうね」
ジューシーな食感にソースがいい感じの味を出していてとても美味しい。
ただ、朝食の時のような満足感は得られなかった。
単品としては美味しいのだが、それだけといった感じだ。
朝食は、様々な料理が相互に良い影響を与えていた為、かなり満足いくものになっていた。
(やばいな、春野の手料理、たった一回食べただけなのに、美味しすぎて、他の料理に満足できなくなり始めてる)
先程の服の件と言い、まだ数日しか経っていないのに確実に春野の思い通りになり始めている。
これがマズイことだと理解はしているのだが、三大欲求には逆らえない。
どうにかしないととは思うが、具体的な方法が見つからないので詰みである。
そんな葛藤を僕がしているとは知らず、春野は先程から窓から見える海辺を見ている。
これまでこういった光景をあまり見た事がないのか、最初のマグロカツサンドの感想で喋って以降、ずーっと外を見ている。
春野はもうかれこれ十分以上も、ここから見える海辺とそこで遊ぶ子供たちといった家族などを見続けている。
その様子は、子供ような無邪気さと、大人の諦観といった冷たさが入り混じる何ともいえないものだった。
一体、あの光景から春野が何を感じているのか分からないが、今の僕に出来るのは春野の気が済むまでは邪魔をしないと言うことだけだった。
「わあー!お母さん見て見て!海だよ!」
「うん、そうだねー!すごいね!」
「私、ここで食べたい!」
5歳ぐらいの女の子が、お母さんに言うが、お母さんは難しい顔をしている。
ここは、人気スポットだ。ちょうど昼時と言う事もあり、今空席はない。周囲を見回してみても出ていきそうな雰囲気の客は見当たらない。
「うーん。席が空いてないから、キツイかなー」
「えーー、私ここがいいのー!」
お母さんは優しく無理だと言うことを伝えるが、女の子はここがいいと譲らない。
「どうしましょう」
お母さんも完全に困り果てていた。
その時だった、先程まで外を見ていた春野がこちらに何かを訴えるような視線を送る。
丁度同じことを考えていたので、僕はいいよとアイコンタクトを返す。
「お母様、私たち丁度食べ終わるのでここを使ってください」
「え、そんな、いいんですか」
「全然構いません。僕たちは十分に見たので」
「ありがとう!お兄さん!お姉さん!」
「本当にありがとうございます」
女の子はお礼を言って、春野の方へと抱きつく。
春野はそれを少し照れながらも聖母のような優しい笑みを浮かべ、優しく頭を撫でる。
そんな穏やかな表情も出来るんだなと思いながら、子供の相手を春野がしている内にささっと片付けをする。
「また会おうねー!優しいお姉さんとお兄さん!」
「うん、また会おうねー」
去り際、女の子は満面の笑みを浮かべていった。
それに対して春野もそれに応えるように優しく応える。
(また・・・か)
色々と新しい体験をしているのか、自殺しようとしていたはずの春野は、女の子に対してまた会おうねと約束をした。
これがいい変化なのかは分からないが、その約束が破られないように頑張ろうと僕は思った。
席を離れた僕たちは、次の所まで歩き始めた。
その最中、僕は先程のことを聞くことにする。
「子供、好きなのか?」
「どうしてそう思ったの」
「食べてる時、海辺で遊んでいる子供を見ていたし、先程の女の子だっていい感じだったじゃん」
僕がそういうと、春野は一瞬考え込んだあと応えた。
「今は分からない。そうとしか言えないわ」
「そうか」
まだ、知り合って3日なのだ。僕に多くは言えないのだろう。
てか、まだ3日しか経っていない事実に驚く。内心2週間ぐらい過ごしている感覚だ。それほどまでにこの3日間が濃厚だった。
「それで今はどこに向かっているのかしら?」
「ゲームセンターに向かってる」
「ふーん」
春野はあまり興味がなさげな感じだ。
まあ、服屋の時など多少のイレギュラーがあったが基本的に僕に丸投げというのが今日の春野のスタンスだ。
「まあ、軽い食後の運動だと思って、嫌ならすぐに言ってくれ別の場所に変えるから」
「分かったわ」
そうして、僕たちはゲームセンターにたどり着く。
「うるさいわね」
「まあ、そう言う所だからね」
確かに、ゲームセンターはうるさいが、慣れるとあまり気にするようなものではなくなるので不思議だ。
「それで、どうするの?」
「まずは、クレーンゲームでもやろうか」
いきなりガンゲームなどよりかは、クレーンゲームの方が抵抗なく進めることができると思い、僕はクレーンゲームから始めることにした。
「何か欲しいクレーンゲームがあったら、それをしよう」
「別に欲しいものないから。椿君が決めて」
春野はいつも通りの塩対応で悲しくなるが、そんなことでいちいち落ち込んでいてはキリがないので、気にせず頑張っていこう。
僕たちはクレーンゲームのある所を回る。
様々な商品があり、とても賑わっていた。そんな中を歩きながら僕は春野の視線の先を気付かれないように注視していた。
先程の服屋の件で、望まないものを送ってもあまり良くないのではないかと考えた僕は、春野が気になったものを選べるようにしようと考えた。
本当は、少しでも春野が希望を言ってくれると色々助かるのだが、今の状態の春野が素直に言うとは到底思えないので、本人に迷惑に掛からない程度で春野の動向を気にして、気になるようなそぶりをしたら、そこに誘導しようと考えた。
いくつもの商品を見ていくが、今の所、春野は興味がないといった感じで、どれも一瞬見ただけで終わっている。
このまま、全部に同じ反応だと辛いなと思いながら、その時は適当にお菓子の所をやろう。それなら、後処理に困らないし、無難な選択だ。
そんな時だった、春野の視線が一瞬一つの商品に留まる。一秒程度の時間だった。しかし、これまでよりは明らかに長い。
僕はその商品の方をさりげなく見る。
それはかわいい猫のぬいぐるみだった。
ここ数日の冷たい態度に対して、反応を見せたのはかわいい系の猫のぬいぐるみ。これがギャップかと思いながら、いきなりこれを取ってみようと言っても不自然なので、しばらく回った後自然な形にそのぬいぐるみの所にたどり着く。
「これ、かわいい猫のぬいぐるみだね。やってみる?」
「……別に、やってみたらいいんじゃない?」
一瞬動揺したように見えたが、すぐに何事もなかったかように答える。
「まずは僕がやってみるから、次やってみよう」
「わかったわ」
そうして僕は100円玉を入れる。
クレーンのアームは猫の頭を掴みいい感じの所までは持っていくが、やがてぬいぐるみの重力に耐え切る事が出来なくなり、途中で落ちてしまった。
「やっぱり難しいな」
「そう?椿君が下手なだけではなくて?」
「あはは……まあ、やって見たらわかるよ」
春野には分からないようだが、こういうのは簡単に取らせないように、様々な工夫がされているのだ。それこそ、一発で取られるようなことがあれば店側は赤字だからな。
まあ、ここで取れなくて頑張ろうとするなら、新たな一面を見ることができるし、楽しんでもらえそうなので、いいだろう。
お金も気にせずに遊べるほどには充分残っている。
そんなことを考えながら、僕は春野がプレイするところを見守る。
春野は不思議そうな表情をして、こちらを見た後、クレーンの操作を始める。
春野はクレーンを一切の迷いもなく進め、猫の首輪みたいな所にキレイにアームを差し込んで引っ掛ける。
そして、引っ掛けられたぬいぐるみはクレーンの乱数などを無視して上がっていき、無事に目的地まで運ばれ、そして落ちてくる。
「はい、取れたわよ」
何事もなかったと言わんばかりに取ったぬいぐるみを大切そうに持つ、春野。
「ブ……ブラボー」
お金を少しでも取ろうと工夫された作りは、圧倒的な才能による技量の前では無意味だった。
(これが万能の天才かー)
そんなことを思いながら、さらっとぬいぐるみを自分のものにしている春野。
これが理不尽なんだなと思いながら僕はその光景を眺める。
「こんなに簡単に取れるなら、いくつかとってもいいわよね」
「うん?」
何か、とてつもなく悪いことが始まろうとしている予感を感じる。
「椿君、いくらかお金を貸してくれるかしら?増やしてあげるわ」
「いや……そんなことをしてもらう必要はないよ」
「流石に全部奢られるのは、罪悪感があるのよ。それとも椿君は私に苦しめと望むの?」
その言い方はズル過ぎないではないだろうか。
そう言われてしまったら僕には断ることができない。
「分かったよ。やりすぎないでね」
「心配されずとも、ほどほどにするわよ」
そうして、春野の乱獲劇が始まるのであった。