表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/114

第十話 服選び

 店舗の前で待つこと30分、春野を連れ込んだ店員がこちらにくる。


「彼女さんの服を見繕いましたので、確認しに来てはいただけないでしょうか?」

「分かりました」


 僕は、店員の案内のもと、春野がいるところに向かう。


 どのような服を買うのかは、春野の好きにすればと思ったが、先程のやり取りのようにいらないと一蹴されるのがオチなので、選ぶ必要があるだろう。


 まあ、ワクワクしたような表情をする店員を見る限り、ある程度納得のいくものは用意できたのだろう。


 最低限の目的は達成できるので、問題はない。気楽にすればいい。


 後、気にするなら値段ぐらいか。


 服は値段が張るから、負担が大きい。


 お金がなくて買えないと言う事はないが、現在の所持金で今日一日中持つかと考えると、微妙な所だ。場合によっては、途中でATMに寄る必要に迫られるかもしれない。


 そんなことを考えながら、僕は試着室へと辿り着く。


「お客様、お連れ様をお呼びしました」


 店員がそう言うと、試着室のドアが開いた。


「どう……かしら」

「すごいな」


 出てきたのは、ベージュカーディガンにベージュニットとデニムパンツといった、クールな雰囲気を持つ彼女にマッチした、非常に女性的な服装を身にまとった春野だった。


 店員が春野という素材の良さを最大限引き出すようにと、よく考えられたコーディネートだ。


 とても綺麗だし、いいと思う。


「春野はそれでいいのか?」


 返ってくる答えは予想できるが一応聞いておく。


「別に、私が欲しいわけじゃないから。椿君が決めていいわよ」


 案の定、春野は自分で決めようとはしなかった。


 そうなると、先程の予想通り自分で決めると言うことになるのだが、僕はこの服を買うかどうか、決めかねていた。


(なんか違うような気がするんだよな)


 服はあまりそう言うことに関心がない素人の僕が見ても、凄いと思うほど春野の素材としての魅力を引き出している。春野が欲しいと言ったら迷いなく買うことにしていたはずだ。


 しかし、これを自分の意志で買うとなると急激に手が止まる。


 何か大切なことを見落としているような気がしてならない。


「他にも数着用意していますので、お悩みでしたらそちらも見ますか?」


 決めかねている僕を見かねたのか、店員さんが助け舟を出してくれた。


「春野、そっちの方も見ていいか?」

「別に構わないわ。買うのは椿君だから」


 これは僕の服を買いに来たわけではないため、春野に確認を取る。


 春野は先程と変わらない冷たい態度で答える。


「店員さん、そう言うことなので、よろしくお願いできますか?」

「はい、任せてください」


 この違和感を無視してはいけない気がする。そう思い、僕は他の服も見ていった。


 どの服装もレベルは高く、春野の魅力を最大限引き立ててはいた。


 しかしながら、先程の違和感は一切なくならない。どの服装もとても良いとは思うのだが。


 何か、根本的に間違っているような気がする。そう思えてならない。


 ただ、それが何なのか、僕には分からない。それが歯痒い。


(店員さんは僕の()()に非常によく答えてくれている。どこが……)


 僕は先程の心の中の言葉に引っかかる。その言葉とはここ数日、春野が僕を苦しめる要素として使い、今現在も悩んでいることだった。


「人は期待するのやめられない」


 あの時の言葉がフラッシュバックする。


 僕は無意識の中で期待をしてしまったのではないだろうか。では、何に期待をしたのか。


 それは、春野には輝くような服を着てもらうことで、自信を持って欲しいと思ってしまったのではないだろうか。


 その考えに至り、僕の中の違和感が消えていく。


 元々、服を買いに来た目的は二つ。


 一つ目は、春野愛佳の事を知る為。二つ目は単純に不便だからだ。


 目的はそれだけであり、春野がより輝けるように素敵な服を選ぶ必要なんてない。春野が服を買いに行くのを了承したのは、いい服を買いたいわけではない。寒くて不便といった理由が大きい。


 どうせ、着るならいい服がいい。


 ごく自然に思う考えだ。しかし、それが必ず正しいわけではない。


 どんなに似合っていても、美しく引き立てていても、春野がそれを望んでいなければ意味は無い。


 自殺をする側と止める側と同じだ。止める側は止める事が正しい事だと思っているが、する側は止められる事を望んでなどいない。だから、止めるという行為は必ずしも正しい行為と言うわけではないのだ。


(春野は自分が引き立つような服なんていらないのではないか)


 いい服を着て欲しいなどこちらの期待という名の押し付けである。


 その期待を春野は嫌だと思っていないのか。


 勝手な考えだが、こう考えると先程の違和感もなくなり、妙に腑に落ちる。


(そう考えると、ここにある服は全てなしか)


 ここにある服は、春野愛佳の魅力を最大限引き出すために用意されたものだ。春野がそれを望んでいないと考えるなら、それらの服を選ぶことはない。


(そうなるとどうするかな。店員さんには悪いけど、もう一度選びなおしてもらってというか、春野が望むような服を選んでくださいなんて、頼めるわけもないよな)


 ここにある服は買わないことにしたが、なら何を買うのかという問題に突き当たる。


 今ここで必要な服装は春野が望んで選んだものだ。


 こればかりは、店員さんに頼むわけにもいかない。


(これは出直しか?幸先悪いなー)


 そんな風に迷っている時、ふと横にあった服に目が留まる。


「ここにある服はどういうやつですか」

「そこにおいてある服は、選ぶ際に用意したものです」


 つまり、どの服がいいのか選ぶ際に、選ばなかった服をここに置いてあるのだ。


 僕はその中でも目に留まった淡黄蘗(うすきはだ)色のニットと、スラッシュニットフレアパンツを選ぶ。


 先程の服に比べるとあまりにもシンプルで、素朴なものだ。春野の魅力を引き立てるなんて出来ないだろう。


 しかし、なぜだろうか。今の春野の事を考えるとこれぐらいが丁度いいように思える。


 才能に振り回された春野には、振り回されないようにしてくれる服がいいなどと思った。


(まあ、自己満足みたいなものだな。)


 あっているのか分からない、直感を信じるなんてと思うが、一応これもきてみてもらおう。


 まあ、断られるとは思うが、そう思い僕はその服を持つ。


「すいません、この服はどうで……す……か?」


 僕は、振り向いたときの二人の表情に困惑する。


 春野は初めて見るほど驚いた表情をしており、隣にいた店員さんは満面の笑みを浮かべガッズポーズをしている。


「えーと、何かやらかしてしまいましたか?」

「いえいえ、お客様は何もやらかしてはおりません。安心してください」

「そ、そうですか」


 急展開に何が何だかよく分からない。


 こんな質素で合わない服を選ぶのが予想外だったのか、なぜこのような事態になっているのか僕には分からなかった。


 そんな僕をよそに事は進んでいく。


「それでは、この服を着て見ますか?」


 店員は僕からその服を奪い取り、笑顔を浮かべながら楽し気に春野に聞く。


「それはさっき着たから、もういいわ」

「え……それって、ダメだったってこと?」

「椿君は黙ってて」

「あ、はい」


 春野は苦虫をつぶしたような顔をして、着ない事を告げ、僕には強めの口調で黙るように言ってくる。


 感情を今までになく表に出している春野に僕は何が何だか分からなくなっている。


「椿君、これ買ってくるからお金貸して」

「あ、どうぞ」


 僕から、お金を受け取ると服を持ってレジの方に向かう。


(か、買うんだ)


 予想外すぎて混乱した僕は、流されるままその様子を見届ける。


「てか、もう一着買わないと」


 一着は用意できたが、それだけだと、普通に生活するには困る。夏用の服装でやり繰りするわけにもいかない。


 そのことを伝えようとした時だった。


「ここが潮時ですよ。一着だけでもやっていけますし、ここは退きましょう」


 今まで満面の笑顔で対応してくれていた店員さんが、その笑顔に少し真剣な表情を加えて、そう僕に告げる。


 店員さんだからこそ、分かることがあるのだろう。少なくとも先程の事態には何かしら関わっているのは確定だ。


「分かりました。服を選んで頂きありがとうございます」


 状況を把握できていないので、ここは大人しく従うことにする。


「いえいえ、私も非常にいい経験をしました。またのご来店を楽しみにしています。私は小林と言いますので、また何か分からないことなどがありましたら、どうぞ気軽にお声がけください」

「はい。その時は、よろしくお願いします。」


 そう言うと、小林さんは春野のいる方へと向かった。


 僕は、店内にいるのも何だったので、元の位置に戻り、春野が買い終わるのを待つ。


 色々あったが、服は買えたので結果オーライと言うことでいいだろう。


 店内を見ると、春野と小林さんが何やら話している。


 それが終わると、服が入った袋を大事そうに持ちながら、こちらまで来る。


「服、買ってくれてありがとう」


 春野は今までのような演技っぽい態度や口調ではなく、顔を下に向けて、本当に恥ずかしんでいるような小さな声で、僕にお礼を言った。


「あ、うん。気に入ったようだし、僕もうれしいよ」


 今までになかった、本当の春野を見られたような気がして、返す言葉が少々不自然な風になってしまった。


 一体、何があったのかと思いながらも、僕たちは次の目的地に向かうのであった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] >「ここが潮時ですよ。一着だけでもやっていけますし、ここは退きましょう」 ↑商売っ気を捨て、親身に接客する、ステキな店員さんの名セリフにやられました(//∇//)
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ