⑨過剰反応ギャル
【上映まで10分】
ここは、映画館だ。でも、人があまりいない。それも、そのはずだ。ここは、そこまで栄えている地域ではない。そして、平日の夕方あたりだから、人は少ししかいない。ここに、住んでいるわけではない。仕事でやって来たのだ。ただ、それだけだ。用事は全て済ませてある。だから、こうやって映画館の席にいる。席でリラックスしている。
【上映から00分】
ギャルが来た。しかも隣だ。ギャルは苦手だ。画面越しにいたり、関わりが薄い場合のギャルは、大好きなのだが。ギャルは礼儀正しくて、可愛くて印象はかなりいい。だけど、実際にそばにいると、ざわざわになる。落ち着きたいときの、リアルギャルは駄目だ。落ち着けるわけがない。
【上映から10分】
よく喋る。へぇーとか、うそーとか、よく喋る。それほど、複雑さのない恋愛映画なのに。シンプルで、綺麗なピアノの音。そして、雪景色が続く青春映画だ。言葉の数も、会話も最小限だ。なのに、納得と驚きを垂れ流している。どこに、そんな内容があったのか。過剰すぎるな。そう思ってしまった。だが、可愛いからそれでいい。
【上映から30分】
まわりに、人はいる。でも、端に散らばっている。真ん中辺りにいる僕とギャルは、カップルか。僕は、誰もいない場所を選んだはずだ。ギャルが隣にいたら、選ばなかった場所だ。絶対に、ギャルが仕掛けてきたのだろう。寂しがり屋なのか。それとも、何も考えていないのか。カップル感があるのは、まあ嫌な訳ではないからいい。
【上映から60分】
ヒロインに、悲劇が起こった場面だ。顔を歪めてしまった。口が、開いたままになって、乾いていた。ギャーとかキャーと、ギャルは叫んでいた。ギャルは、うるさかった。映画の中で、登場人物が喋る声は、聞こえなかった。聞こえなかったというよりは、喋っていなかった。そういう映画だから。だから、鼓膜に衝撃があった以外は、特に邪魔ではなかった。声も可愛かったから。
【上映から90分】
過剰反応すぎだと思う。ずっとずっと、そう思っている。ギャルは、リアクションが大きい。まわりから見れば、バカップルか。落ち着きすぎた人と、落ち着かなすぎる人か。黒いスーツと、ピンクのスウェットか。そうか。誰も、この二人が知り合いだとは、思わないか。そう思ったら、映画に集中できた。
【上映から120分】
おめでとうおめでとう。そんな声が隣からした。ヒロインに、幸せが訪れたのだ。僕も、良かったな良かったなと思った。ギャルは、とても楽しそうだった。こちらに、話し掛けては来ていない。だから、ちょうど良かった。隣にいて、過剰な反応をするくらいなら、いい。ただ、話し掛けてくると、面倒だなと思っていた。
【上映終わり10分】
エンドロールが終わって、僕は立ち上がった。それに、ギャルはビクッてなった。音にも、物語にも敏感だった。でも、すごく楽しかった。名前も知らないギャルだ。個人情報も何も、知らない。ここから去ってしまえば、たぶん会うことはない。そんな関係性だけど、過剰な反応をする人に、悪い人はいない。そう思っているから。この先、頭に長い間、残ることだろう。