第2話 薩摩の走狗
一八七七年 十月
黒田は川路利良と上野の料亭前で対面した。
「了介どん、おんしは何をしちょる。
西郷先生が亡くなってから一ヶ月、何度も何度も見回りの部下からおんしが暴れとるち、通報が来る。」
川路は部下からの再三の通報に嫌気がさしてたのであろう。かなり苦々しい顔で黒田に言葉を投げつけた。
「正之進、貴様が何をしたか、おいはよーく知っとる。貴様が西郷を殺したとじゃ。貴様が貴様が、貴様がだ。蛤御門ん頃から目をかけて貰った貴様がだ!おんしは薩摩の魂を、自らの大恩人を悪魔に売って権力者の“狗”に成り下がったのじゃ!」
黒田は大声で暴れ回り、店先にあった盛り塩を川路に投げつけた。川路はたまらず、自らの手で黒田を取り押さえた。酒に酔っていた黒田はいとも簡単に取り押さえられた。
「了介、おんしはちと誤解をしとる。おいは西郷と“自分自身”を国に売ったとじゃ。国のために売ったとじゃ。」
黒田の腕を後ろに固く押さえつけながら川路は言った。それでも黒田は酒に酔った、たどたどしい口調で反論する。
「じゃっどん、じゃっどん…そいじゃ先生はあまりにも報われなか…」
「せらしかっ!おはんも、おいも、肩にかかってるのは薩摩の未来じゃなかど!日本の、江戸に京、北の蝦夷地まで肩に乗っかってるのだ!そいを捨てると言うなら、おはんの好きなおなごがごとく、女々しく泣いとけばよかっ!」
川路は三発、黒田を殴った。黒田の記憶はそこで途切れてしまった。黒田の鬼は未だ内に潜み、覚醒かくせいの日を今か今かと待っている。
西郷の死によって、新しい日本を眺望し、
先へと進む者。
昔の日本を懐かしみ、
停滞する者。
未だ、藩閥に囚とらわれ錯綜する明治政府に強い日本を創り出す力はあるのか。
一八七七年 十月
歴史は紡がれ続ける。