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冥婚 其の7


「いやはや、本当に…明氏は良い息子さんだったようで…改めてお悔やみを…」


階下に戻った俺達は、再度、酒井夫妻に話しかける。


「あ?…なんか見つけましたんか?」

「いやいや、おっしゃっていたように皆からも慕われていたようで…」

「そうでっか…」


旦那さんのこちらを見る目が訝しんだ物に変わる。


「ただ…調べれば調べるほど…彼が自ら命を絶つようには思えないのですよ」

「まぁ…本人にしか分からん事もあるやろ…」

「勿論、勿論」

「用件が済んだんやったら…」

「いやいや、少々聞きたいこともありまして…」

「………なんや?」


ピリッとした空気になるのが俺にも分かる。


「何から聞きましょうか…うーむ…まずは…明氏が自殺と断定された理由をお聞きしても?」

「理由も何も…自殺なんは一目瞭然やったからな…それをそのまま警察に伝えただけや…」

「今の検死と言うのは非常に優れていましてね…首を絞められて殺された場合と自分で首を吊った場合、すぐに見分ける事ができるらしいですな、首に残った跡や解こうとする際にできる表皮剥脱なんかが特徴的だそうで」

「…ほーん」

「ただ、薬やお酒で酩酊状態にして、首にタオルのような太い布を巻いて、自重で首が締まるようにすると…途端に見分けがつきにくくなるとか…これも聞きかじりの知識に過ぎないのですがね」

「……適当な発言はせんほうがええんちゃいますか?」

「実際、自殺するのも恐怖はあるでしょうからな、自殺者が睡眠薬やお酒を飲むのはなんら不自然ではない」

「………」

「更に家族が自殺だと証言すれば…そうですな…「最近、悩み事があったみたいだ」とか…そういった証言をすれば…」

「そんな簡単なもんちゃいますやろ」

「ある程度名前の知れた企業の社長さんともなれば…ひょっとしたら警察関係の信頼なんかもあるのかもしれませんな」

「……えらい言われようやな」


軽い口調ではあるが、どちらの目もギラギラと相手を睨みつけている。


「失礼、ちなみに…この家の惨状ですが…一体何があったのでしょうか?」

「供養の為や言うてるやろ」

「息子さんの?なぜでしょうか?普通に喪に服せばよろしいのでは?奥様も普通の精神状態ではないように見受けられますが…そこまでしなければならない理由とは…」

「嫁も息子の自殺で参ってるみたいでな、幻覚を見るようになったんや、息子が出てくる幻覚をな!」

「お二人ともがですか?」

「あー!そうや!可愛がってた息子が死んだんやぞ!そら多少病む事もあるやろ!」

「幻覚ですか…それは罪悪感からくるものですかな?」

「罪悪感…?罪悪感やと…」


旦那さんの口調が荒くなる。

ハァハァと呼吸も乱れ、今にもこちらに飛びかかってきそうな勢いだ。


「毎日毎日毎日毎日死んだ息子が恨めしそうにこっち睨みつけながら出てきてみい!家でも仕事先でも!おかしなるやろ!」

「恨まれるような事をされたのですかな?」

「…仲はええとは言えんかったけどな…せやから向こうで嫁でも作ったら落ち着くやろ思たわけや」

「私はそれが解決になるとは思えませんが?仮にこちらが冥婚を承諾したとして、

明氏のもとに行くのは何十年後なわけですが…それまで明氏の亡霊…いや幻覚に耐えるおつもりで?」

「やかましいなさっきから…!」


アルコールの入った瓶をドンと机叩きつける。


「承諾したらすぐに送ったらええだけやろが!事故でも何でも!今のガキどもはものもよう考えんアホばっかりや!目先の金に目ぇ眩ませて、闇バイトとかいうただの犯罪に加担しよる!そんな奴らに大金掴ませたらすぐに動きよるわ!」


場に静寂が訪れる。

響くのは酒井氏の荒い呼吸と奥さんのブツブツと呟く声だけだ。


「アンタ千影さんを…」

「千影君まで手に掛けるつもりだったのか!!」


部長が酒井氏の胸倉を掴み上げる。

これだけで暴行罪は成立してしまうのだが、そんな事を考える余裕は今の俺たちにはあるはずもなかった。


「何の苦労も知らんガキが偉そうにすなよ!こっちは何十年と苦労してきとんねん!親の七光りだけのガキも!親を裏切るガキも!感謝すらできん奴等はどいつもこいつも死んだらええんや!」


バッと部長の手を払い除け、持っていた酒瓶を壁に叩きつける。

勢いよく割れた瓶は鋭く尖り、あっという間に危険な凶器へと変貌した。


「自分の事しか考えられない自己中心的な大人を老害と呼ぶ事も覚えておくんですな」


恐らく部長の読みは当たっていた。

息子がライバル会社に就職したと知った酒井夫妻。

その就職はサプライズで嘘だったわけだが、今だにその事実を知ってはいないだろう。

手塩にかけて育てたと思っていた夫妻はそれが許せずに実の息子を自殺に見せかけ殺害。

その結果、明氏の怪異に襲われる事になる。


「あまつさえ無関係の千影君まで…」


罪悪感からくる幻覚なのかはわからないが、それを解消する為に千影さんと明氏の冥婚を画策したという訳だった。


「親に恩返しするんが子の務めやろが!社会も知らんガキが偉そうに説教すな!」


叫びながら酒瓶を真っ直ぐに突き出す。


「うわわ!!」


すんでのところでそれを避け、相手の顔面目掛けてパンチを繰り出すも、どうにもヘロヘロと威力のなさそうなものだった。

いつかきさらぎ駅でみせてくれたパンチとは似ても似つかないそれに、そんな場合ではないがつい笑みがこぼれてしまう。


「部長、替わりますよ、今回いいトコ無しですからね」

「そ…そうかい?」


巨大ワニや謎の巨大頭との死線をくぐり抜けた俺にはどうやら、くそ度胸だけは身についてしまっているようだった。

ただそれは決して褒められた事ではないのが悲しいかな現実だ。

一般的な大学生は凶器を持った人間に相対したらすぐに逃げるよう心がけて欲しい。


「千影さんが絡んでる以上こっちも退けないんでね」


上着を脱ぎ、自分の右腕に巻きつける。

薄手の物とはいえ意味が無い事はないと信じたい。


「クソガキが!」


酒井氏はアルコールが回っているのか焦点の定まらない目でこちらを睨みつけてくる。

常人のそれとは違う、明確な殺意が宿った表情というのは、どこにでもいそうなオッサンをも化け物に変えるのだと思った。


「……!!」


俺が足元の空瓶を蹴り、それが酒井氏の腹部に当たる。

酒井氏の口から漏れたゴフッという吐息がゴング代わりとなった。



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