冥婚 其の3
「まずは酒井家、あそこが現在金銭面で苦労しているなんて事はなさそうだね、経営している会社も順調そのもの!この不景気に羨ましい限りだね」
「そこはやっぱり問題無しですか…」
「じゃあお金目当ての線じゃない感じ?」
「うむ、金銭目当ての可能性は除去してよさそうだね」
「なるほど」
「そして最近息子さんが亡くなったのも事実だね」
「そうなんですか」
「うむ、息子さんの通っていた学校や親御さんの会社を当たったらすぐにヒットしたよ、葬儀に出席した人達も大勢いたね」
「そう…ですか…」
「そう、つまり今日聞いた親御さんの話は本気で言ってる可能性が高いね」
それを聞いて千影さんがハァとため息をひとつつく。
「ただ、今日聞いた話とは違った事もある」
「それは?」
「息子さんの死因…父親は事故だと言っていたが、どうも自殺のようだね」
「自殺…ですか」
「うむ、だが周りの話を聞けば聞くほどに自殺するような人間ではなかったと思えてくるね」
「どゆこと?」
「息子さんをよく知る人々は口を揃えて「自殺するとは思えない」と言っていたよ」
「それは周りには分からないように気丈に振る舞っていただけ…とか?」
「うむ、その可能性もあるが…どうも気になる証言もあってね」
「と言いますと?」
「「数日後に映画に行く約束をしていて、チケットも取っていた」や「就職先も決まっていて今が一番楽しいと言っていた」なんて証言があったよ」
「あれ?親父さんは仕事してるって言ってなかった?」
「あれも嘘だったんだろうね」
「躁鬱の方々は楽しい気分と陰鬱な気分が突発的にやってくるので、その落差で死に向かうと言うのも少なくないそうですが…」
「どっこい彼に関しては通院歴や、鬱の症状は見られていない、これは彼が最も信頼していた付きっきりの世話役さんからの証言だ」
「そういえば親御さんも言ってましたね」
「うむ、明氏は世話役の人にだけは全幅の信頼を置いていたようだね、ご両親代わりだったみたいだし…40代の女性の方だったが…彼の自殺について納得はしていない様子だったよ…ちなみに自室で命を絶った彼の第一発見者も彼女だ」
気の毒そうに眉をひそめる。
「質問!」
「うん?」
「今回の件になんか関係あるの?事故でも自殺でも一緒じゃないの?」
「そこなんだがね、順風満帆だった彼がなぜ急に自殺したのかが分かれば、ご両親を説得する材料になるんじゃないかな?」
「そう?」
「亡くなった明氏を少しでも喜ばせたいから死後の結婚…冥婚と言うんだが、そんな荒唐無稽な儀式に飛びついたんだ」
「うん」
「自殺の原因が分かれば、『明氏の無念を晴らす為』という名目でそちらに矛先を向ける事ができるんじゃないだろうか?」
「冥婚?するよりも息子さんは無念を晴らしたほうが喜びますよーって事?」
「まぁそういう事だ」
「ふんふん、なくはないかな」
「…現状分かっていることでは…他に出来ることはなさそう…ですかね」
「他の方法を取るにしても情報はあった方がいいですからね…」
ふぁと欠伸をひとつ。
「勿論他に何かいい考えがあればすぐ聞かせて欲しい、遅くなってしまったね、そろそろ…」
「んで、冥婚って有名なの?」
「…もう今日は遅いから…」
「簡単に!簡単に!」
「ぐぬぅ…ムカサリ絵馬くらいは聞いたことがあるかね?」
「ないよそんなの」
「ぐぬぬぅ…」
ヒカルちゃんに冥婚の説明が始まったので、俺と千影さんは各々のベッドに潜り込む。
「アジア圏に古代から伝わる儀式でね、神話にも描かれていたりするんだが、死者と生者、又は死者同士での婚姻を目的とする儀式だよ」
「何でそんな事すんの?」
「当然、鎮魂の為さ、結婚はしていなかったが、好きあっていた二人をあの世で結ばせてあげようと言う目的だね、これは生きて残された家族に対しても行われる」
「生きてる人にも?」
「ああ、愛してやまない人に先立たれた人が一生、いやそれ以上に相手と添い遂げたいという気持ちを形にする儀式でもあるわけだ」
「はー!ロマンチックじゃんか!」
「現在、日本では東北の一部でムカサリ絵馬と言う形で残されているね」
「え!?」
「『ムカサリ』とは『迎えられ』からくる結婚の方言でね、結婚していない男性を結婚させて、一人前の男として送り出したいという親心がこうして形として残っているみたいだね」
「じゃあ酒井夫妻も悪くないってこと?親心だし」
「いやいや…この儀式は結婚相手が望んで初めて成立するんだ…そんな親だけで勝手に進めていい話じゃない、酒井夫妻はそれを我々の押し付けてこようとしているのが狂気の沙汰なのさ」
「それはそうか…」
そこで部長が若干トーンを落とし続ける。
「だがこんな都市伝説が存在している」
「?」
「ある道端に赤い封筒が落ちていた」
「うん」
「Aさんは何の気なしにそれを拾い上げ、中を確認する」
「うん」
「中にはお金、女性の写真、そして髪の毛の束が入れられていた…」
「きも」
「戸惑うAさんが気付くと、周りには知らない人達…あっという間に囲まれて、Aさんはどこかに連れ去られてしまう」
「……」
「そしてそのまま親族に連れられ死者との結婚の儀が執り行われる……いいかい?決して道端に赤い封筒が落ちていても拾ってはいけないよ?」
「……」
「なーんて話が台湾のほうでとても有名な都市伝説として発信されているね、実際は赤い封筒が道端に落ちているなんて事はないし、そもそも親族がよく知りもしない他人に大事な家族を嫁がせたいわけがないからね」
「……」
「ただ、そんな風に歪んだ愛情を持つ人間は今は少なくないのかもしれないね…」
「………zzz」
途中からヒカルちゃんは寝ていたようだ。
「君から聞いてきたんだろうが!!」
そう怒りながらもヒカルちゃんをベッドに運ぶ部長を見ながら、俺も睡魔に身を委ねたのだった。




