冥婚 其の1
長めの沈黙が訪れる。
写真には俺達と同世代であろう男性がニコリともせず写っている。
どことなく暗い雰囲気を纏った男性というのが俺が持った印象だった。
「…何ですかなこれは…?」
その沈黙を破ったのは意外にも部長だった。
「何って…結婚する相手の顔を見たいと仰ったのはそちらさんでしょ?」
「それはそうですが…その写真ですよ、問題なのは」
「どんな問題が?」
「遺影…じゃないですか」
「写真には違いないでしょう?」
「そういった話では無くですな…」
互いに話が通じていないイライラを感じているのが伝わってくる。
「息子さんは…お仕事だと先程仰ってましたが…?」
「まぁ…言葉のあやですわな、いきなり言うてもビックリさせてまうかなと…こちらの気遣いやと思ってもろたら」
「気遣い…」
「お互いが納得するためにこっちも気ぃ回してるんですわ、多少の情報の差異くらいは多目に見てもらわな」
「本人の生死が多少の差異…?」
「そうです、嫌々結婚するより納得ずくで結婚した方がええに決まってまっしゃろ?」
そんな事もわからないのか?と言ったふうに平然と言ってのける。
「…色々な疑問はともかく…そもそも死人と結婚はできませんぞ?」
「…死人と呼ばないでいただけます?」
奥さんが鬼のような形相で部長を睨みつける。
「…ゲフン、日本の法律ではこの結婚は認められませんぞ!と!」
その迫力に押され、部長が言い直す。
「そこですわ!」
「?」
「つまりこの結婚は戸籍とは関係無いっちゅう事なんですよ!」
「はぁ…?」
「役所への届けもいらん、一緒に生活もせんでええ、今の生活となーーんも変わりません!ちゅう事ですわ!あ、勿論義理の両親である私等と一緒に住みたいっちゅうなら歓迎しまっせ?」
気分が良いのか、旦那さんは楽しそうに話す。
いつの間にか分からないがアルコールも入っているようだ。
「ならば何の為に?」
「と言いますと?」
「こちらには何の影響も無いと仰りましたが…だとすると何の為にこの結婚をしたがっているのですかな?」
「さっきも言いましたやろ?息子の為ですわ」
「息子さん…」
「まぁ隠してもしゃあないんで…息子は昔っから何でもできましてな、勉強も、運動も、学校でも人気者やったらしいし…」
チラリと遺影に視線をやる。
「せやけど彼女がおったっちゅう話だけは聞きませんでしたな…」
「息子さんの事でしょう?何やら他人事のように聞こえますが…」
「あー、いやお恥ずかしい、私等も仕事仕事で忙しかった事もあって…なかなか息子と話も出来てなかったっちゅうのが現実でして…」
「なら…!」
「ただまぁ!世話役ちゅうんですか?家政婦ちゅうか…そういうのが1人いましてな!それから聞いてたからさして問題はなかったんですわ!」
部長の言葉を遮って旦那さんは続ける。
「その息子がなんで彼女を作らんのかと思ってたら…ずーーっと心に決めた女性がおったらしいんですわ」
「それが…千影君だと?」
「そういうことです!」
「……」
「…ただ息子が最近遠くに行ってしまいましてな」
「原因は?」
「まぁよくある事故ですわ…」
「事故…?」
「そこでせめて息子の想いだけでも成就させたろやないか!そう思ったわけですな!親心っちゅうやつですわ!」
ガハハと笑う旦那さんとニコリともしない奥さんを見ながら、隣にいたヒカルちゃん俺に問いかける。
「あの人何言ってんの…?」
「全く理解できない、気持ち悪くなってきたよ俺」
「あーしも…」
「ほんまは生きてるうちに叶えてやりたかったんですけどな…まぁしゃあない…」
「しゃあない……?」
「あーしからも聞いていい?」
「お、元気なお嬢さんやな、勿論何でも聞いてくれて構わんよ」
「仮に千影さんがOK出したとしてさ、その後はどうすんの?千影さんはもう他の男と結婚できないの?」
「………」
旦那さんが黙ったと思ったら、隣の奥さんがすぐ口を開く。
「いえ構いませんよ」
「じゃあもうこっちは関係なくない?」
「宣誓書は書いてもらいます」
「宣誓書?」
「はい、こちらの人生が終わった後は、息子の嫁としてあちらで一緒になると」
「うえぇ…」
「たったそれだけの話です」
「あちら…というのが本当に存在するとお考えなのですか?」
「………」
「…………まぁ…あくまでも故人を偲ぶ儀式ですわ…」
そこから長い沈黙。
「まぁまぁ!今日すぐに返事っちゅうのも難しいでしょうしな!よう考えてもらうっちゅうことで!」
「いやよく考えるまでもなく…」
「よう考える!!っちゅう事で!!!ほなまた連絡させてもらいます!」
「よろしくお願いいたします」
こちらの返事を聞く気はないのであろう。
「あ!これ一応渡しておきますんで!それとここは誘った私等が払っておきますんで!ゆっくりしてってください!ほな!!」
夫婦は1枚の紙切れをこちらに渡し、バタバタとその場を後にする。
「なんだあれ…」
「その紙何なの?ニッシー」
「気分が悪いね」
「どれどれ」
「…本気なんですか…あの人達は?」
そこにはこう記されていた。
宣誓書
私の今生が終わった暁には、その思い出も何もかもを捨て去り、夫である酒井 明に全てを捧げ、冥界にて永久に尽くし続ける事をここに誓います。
「狂気の沙汰だねこれは」
仕事で投稿ままならない…申し訳ありません!




