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結婚騒動 其の2


「どの辺りから聞こえてました…?」

「恩を着せたいだとか何だとか…」


心の中で安堵の息を吐く。

ヒカルちゃんの「千影さんは部長が好き」との発言がギリギリ聞かれていなかったのは、不幸中の幸いであっただろう。

周りから見れば疑いようもないが、部長は自分への自信の無さからか、どうも千影さんからの好意に気付いていないフシがある。

気付いていないと言うよりは、あえて気付かないように否定しているといったほうが近いかもしれないが。


「いや…その…すみません、噂に踊らされました」

「Kに乗せられました…」

「仕方ありませんね…全くもう」


千影さんはヤレヤレといったふうに首を振る。


「じゃあやっぱり嘘なんですか!?千影さんが結婚するとかって!あーーーよかった!あーしめっちゃ心配したんですよ!!」

「いえ全くの嘘と言うわけでも無いんですが…」

「え…」


部長にチラリと視線をやるも、動揺している様子は見られなかった。

恐らく今回の件は全て把握しているのだろう。


「めんどくさい話ですけど聞きますか?」

「…迷惑じゃなければ…」

「あーしも…聞きたい」


フフと笑ってから千影さんは話し始める。


「私の実家が向こうではそこそこ名前を知られているのはお話しましたよね?」

「はい」

「昔から私には関係の無い社交的な場にもよく出席させられたものです…」

「やっぱあるんですねー」

「ええ、幼い頃はよく親同士で言っていたものです、「大きくなったらウチのと千影ちゃんを結婚させよう」だとか「息子と千影ちゃんが結婚すれば私達の事業も安泰ですなーアッハッハ」だとか」


千影さんは声色を変えながら再現してくれる。


「ですが公認の許嫁とかそういったものではなく、あくまでも会食の場のお約束の社交辞令…その程度の会話です」

「そうなんですね」

「ですから私が中学に上がる頃にはその息子さん達の顔すら覚えていない…そんな程度のお話です」

「なんだーー!じゃあ全然…」


そこでヒカルちゃんの言葉が止まる。

見ると、酷く悲しそうな顔をした千影さんを見て、まだ話が終わっていない事を悟ったようだった。


「そのハズだったのですが…最近、その多くの息子さん達のうちの1人である男性と、その家族から連絡がありました」

「な…何て」

「結婚の約束を果たしてもらうと、近日中に式の日程を決めるのでそのつもりでと一方的に」

「はぁーー!?何ソレ!」

「そうなりますよね、ですから私も…渋々ですが父に確認を取りました」

「そりゃそうですね、どうだったんですか?」

「何も知らない、放っておけ迷惑をかけるな…それだけでした」

「はぁーーーーー!?」


ヒカルちゃんが先程よりも怒りの籠もった声を上げる。


「ですが私の親すら知らない婚約話を放置できるほど私も強くありませんので…」

「そんな強い奴日本中探してもいないでしょう…」

「部長にだけは相談させて頂いたのですが…盗み聞きでもされたのか…はたまたその謎の結婚相手が吹聴しているのか…」


千影さんは部長が漏らしたという可能性は一切考えていないようだったが、俺が千影さんの立場でもそう思うだろう。


「すまないね、君達を巻き込みたくなかったんだ、気分の良い話ではないからね」

「ニッシー!!千影さん!!」

「はい?」

「何かな」

「隠してたのと…あーしらが噂に踊らされたのでチャラだからね!!」

「…ふはは、それは仕方無いな」

「あと!あーしらもう仲間なんでしょ!?けんきゅうかいの!じゃあいいじゃん!どんな事でも!都市伝説以外の事も相談してよ!!ニッシー程頭良くないかもだけどあーししか分かんない事もあるかもじゃん!!」

「それは俺も同意ですね」

「ごめんなさい…」


ヒカルちゃんはフーと一息つき。


「そいつらって千影さんの地元にいるんだよね?」

「ええ」

「じゃあ次の連休は皆で大阪ね」

「え?」


素っ頓狂な声を上げたのは俺だけだった。


「そいつらが何考えてるか分かんないけど、勝手にそんな事言うなんておかしいじゃん!親の同意もない結婚ってのがそもそもおかしいんだし!」

「それはまぁ」

「それに何か悪い事企んでるとしたら簡単に諦めないんじゃないの?あーし達みたいな人間には分かんない程のお金が絡んでるかもだよ?お金が絡むと人間は怖いよ?」


その通りだ。

10円の為に人を殺すなんて事はまず起こり得ないだろう。

だが企業が絡む程の大金になれば話は別である。

悲しいかな、この世界には大金の為に平気で他人の命を奪う連中はごまんといる。


「だったらちゃんと相手見定めて、何が目的か分かれば対策も取れるじゃん!警察だって今の段階じゃ絶対に動いてくれないけど、証拠あれば重い腰上げるかもだし!」


まさかそこまでしっかり考えているとは思っていなかったので、俺はポカンと口を開けてヒカルちゃんを見る。


「な…何よ」


部長も同じだったようで俺と同じような顔をしてヒカルちゃんを見つめていた。


「ヒカル君がそこまで考えられるとは意外であったな…」

「はぁーーー!?」

「褒めているんだ!」

「もっとストレートに褒めれないの!?」

「ぐぬう……ゴホン!だが私達もそう考えていた、相手の目的が分かれば千影君の実家の協力も得られるかもしれないしね」

「不本意ですが」


部長と千影さんが先程のヒカルちゃんの発言に驚かなかった理由が分かった。

単純に2人も同じ考えだったからのようだ。


「決まり!!」


おかしい、ギャルなのに…俺よりも年齢も下なのに…明らかにヒカルちゃんのほうがしっかりと物事を考えているような気がする…。


「な…なにK?そんなじっと見ないでよ…」


若干の悔しさを感じながら俺はヒカルちゃんを見つめ続けるのだった。


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