100キロババア
「ああああああ!!!!」
時速は120kmを超えている。
「怖い怖い!!」
「俺も怖い!!」
けれど俺はアクセルを更に踏み込む。
「どう?!どう?!まだいる!?」
「います!来てますよぉ!!」
「勘弁してくれよもう!」
俺と風ちゃんを乗せた車は現在、ひたすらに同じ道を進み続けている。
高速道路ではないものの、直線道路がループしているようで、よほどの事がなければ事故を起こす事は無いだろう。
そう、よほどの事がなければ。
「100キロババアじゃないのかよ!」
「まだ差は広がりませんよ!」
非常に残念なお知らせだが、そのよほどの事が俺達には起こっていた。
事の始まりは俺が言い出した事だった。
車で脱出しようとしても一定の距離で同じ道に戻ってしまう。
そんな法則があるこの町のどこまで車でいけるのかを確認しておこうと考えたのだ。
近くのスーパーや商店街までは問題無くたどり着くことが出来たので、次は駅から逆方向にひたすら進んでみる。
「あれ?」
異変に気付いたのは10分程走った時だった。
「さっきもここ通ったよな?」
「そうですか?」
助手席の風ちゃんは首を傾げる。
「ほら、ここに自販機が3台あって…自転車屋が出てくる…」
「あ」
そこから1分も走らない内に同じ自販機と自転車屋が見えてくる。
やはりこの町を出る前に同じ場所に戻されてしまっているようだった。
車を停めてハァと溜め息。
「ここまでが限界か…」
「残念です…」
予想していた事ではあるがやはり2人で肩を落とす。
「じゃあUターンして戻るしかないか…」
「そうですね…」
車をUターンさせようとした時だった。
俺達の遥か後方から甲高い笑い声が聞こえた。
「聞こえた?」
「…はい」
イッヒッヒと楽しそうに笑う声が後方の暗闇から迫ってくるのが分かると、ゾワリと背中に冷たい物が走る。
「どう思う…?」
「よくないと思います…」
俺達は顔を見合わせると、Uターンをせずにそのまま真っすぐに車を発進させる。
とんでもない速さでその笑い声が近付いてくるのが分かる。
「牧野さん!!もっと速く!!」
「何!?なんで!?」
窓から身を乗り出すようにして後ろを確認した風ちゃんが突然大声で叫ぶ。
「来てます!!おばあさん!!!」
〜100キロババア〜
それは俺がまだ小学生だった頃に聞いた話。
大流行したのはもっと前の世代だろうが、昔から子供は七不思議や怖い話に惹かれるものなのだ。
トイレの花子さんや口裂け女、様々な怖い話の中に100キロババアという話も存在していた。
曰く、バイクや車で走っていると、突然隣を物凄い速度で走ってきたおばあさんに追い抜かれてしまうというもの。
それだけ?と思う人も多いだろうがそれだけだ。
抜かれたら事故ってしまう等、色んな派生があったらしいが…俺が聞いたのはニヤリと笑って追い抜かれるというだけの話だった。
「ニヤリどころじゃないですよぉ!」
後ろから聞こえる声はゲラゲラと心底愉快そうな声になっている。
「ひいい!なんだありゃ…」
バックミラーに映った姿を確認すると、それは俺の思い描いていた『おばあさん』ではなかった。
老婆ではある、老婆には間違い無いのだが、それはおばあさんと呼べるほど優しい見た目はしていなかった。
ボサボサの白髪をふり乱し、血走った目でこちらを睨みつけている。
その反面、歯の1本も生えていないブラックホールのように真っ暗な口は頬まで吊り上がり、そこからゲタゲタと下品な笑い声が漏れている。
そしてボロボロの死装束を身に纏い、四つん這いで獣のように追ってきている。
「風ちゃんこれ!投げて!」
車の中にあったペットボトルやボールペンを風ちゃんに手渡す。
「はい!ごめんなさい!おばあさん!」
謝りながら、手渡された物を老婆に向かって投げつける。
が、当たったのか当たってないのか、意に介さぬ様子で老婆はさらに距離を詰めてくる。
「100キロババア…なんだっけ…」
「はや…速い!!気を付けてくださいね!」
「口裂け女はポマードでなんとかなったんだ!100キロババアは何か無いのか!?」
アクセルを更に踏み込むと、メーターは140kmを指している。
直線道路とは言え少しでもハンドル操作を誤ればそれだけでお陀仏だ。
老婆はすぐそこまで接近しており、楽しそうにボンネットをバンバンと叩いている。
「140キロだぞ!100キロババアならもう脱落しててくれよ!」
「私の学校では120キロばあさんでした!」
「!!」
「お役に立てました!?」
「分からん!けど!目一杯踏んでみる!!」
アクセルをベタ踏みし、更にグンと加速する。
当たり前だが、高速道路でもこんな速度を出した事はない。
「あ!!!」
160km、明らかに老婆の表情が歪み、今までの笑い声がピタリと止まった。
代わりに呪詛のような言葉を吐き続ける。
「ここが奴の限界か!」
170km、バンバンと叩かれていたボンネットはガリガリと爪で引っ掻くような音にかわり、やがてそれも届かなくなったのか、エンジンのけたたましい音だけが響くようになる。
「差が…ちょっとずつ差が開いてきてます!」
「よっしゃ!」
メーターの限界である180km、血のような真っ黒な液体を口から撒き散らす。
老婆は憎々しげに足を止め…アッサリとその姿を闇に溶かした。
「もう…大丈夫!?」
「大丈夫とは…思います…」
しかし念の為、更に数分真っすぐ走り続けた後、ようやく俺達は停車する。
「声も聞こえない…ね」
「全身が緊張して…」
「はは、俺も」
「でもよかったです…」
グッタリとハンドルに体重を預ける。
「これは…ホントに…先が思いやられるな…」




