UMA 其の3
「釣れないね」
「釣りは忍耐力との勝負だよヒカル君」
「魚もだしヌッシーもだし」
「ふむ…」
ボートに乗ってから早数時間が経過している。
残念ながら釣果も無く、湖面も静けさを保っている。
「そういえばこうやって魚釣ってますけど」
「うん?」
「ヌッシーって魚食べるんですか?」
「そうだね、水棲恐竜の化石からは裂肉歯が発見されているからね」
「裂肉歯……歯ですか?」
「そう、肉食動物は歯が鋭く尖っているだろう?犬や猫の奥歯もギザギザしているはずだ」
「そういやそうですね」
「それは肉を噛み切りやすいようにできているからだ、肉を裂く歯、まさに読んで字の如くだね」
「はぇー」
「逆に草食動物の奥歯は平べったく草等をすり潰しやすい形状になっている」
「もご…あーしは?」
自分の歯の形状を舌で探りながらヒカル君が質問する。
「人間は肉食、草食どちらの性質も備わっているね、実際人間は肉も草も食べる雑食動物だ」
「へぇー」
「ブラキオサウルスやブロントサウルスといった陸上で生活していた大型首長竜は皆、草食だったらしいがね」
「それはなんかそんなイメージありますね」
「まぁヌッシーが陸上恐竜の線は無いだろうから餌の心配も無用じゃないかな、あんな巨大な生物が地上をウロウロしていて目撃されないわけがない」
「そりゃそうですね」
そんな会話をしていると、千影君がチョンチョンと私の肩を叩く。
「部長、あそこ…」
千影君が指差す方を見ると、遠方ではあるが湖面にポコポコと気泡がいくつも浮かび上がってきている。
双眼鏡を受け取り、慎重に覗くと、その泡は次第に大きくなっている事が分かる。
「まだ何とも言えないね、湖底の腐敗物から発生しているメタンガスなんかの可能性も…」
「ガス?危なくないの?」
「高濃度な物を吸引すると危険だが…この距離なら不安がる必要もない」
「ふーん、でもガスじゃない可能性もあるんでしょ?」
「はい、ただ先程から見ていると結構長時間…」
千影君が言い終わらない間にボコンと一際大きな泡が浮き、湖面が波立ったかと思うと…
「出た!!」
黒い塊がザバッと姿を現した。
「ニッシー!!ヌッシー!!!」
ヒカル君が非常に紛らわしく慌てふためく。
「遠くてよく見えないですけれど…あれは…何でしょうか部長」
「………ふむ…」
双眼鏡を覗きながらじっくりとその姿を観察する。
その黒い塊はプカプカ浮かんだまま動く気配はない。
暫くするとその塊はチャプンと湖面の下へと姿を消した。
「…残念ながら…」
私の言葉に3人から溜め息が漏れる。
「恐らく沈んでいた流木だね…湖底のガスと一緒に浮かび上がってしまったんじゃないかな…」
「なーーんだ」
「よくある事なんですか?」
「んー…海水に比べて浮力の弱い淡水だし…そうめったにある事じゃないとは思うけどね」
「…残念ですね」
「きっと次がありますよ」
「また何時間も待つのー!?」
「…先に帰るかね?」
「うわっ!聞いた!?ひど!」
落胆を感じつつも、皆のおかげで気分は暗くなかった。
口元に笑みを浮かべながら振り返ると、皆の顔にも笑顔が浮かんでいる。
見渡す視線の先、ボートに固定されている釣り竿の先端が湖面から伸びた糸に引かれ動いている。
「ヒカル君、それ」
「ん?」
千影君にヨシヨシされていたヒカル君が私の声に反応して釣り竿へと視線をやる。
「あー!きてるじゃん!!フィッシュオン!フィッシュオン!!」
一目散に釣り竿に戻ると、おっかなびっくりリールを巻き上げていく。
「ヒカルちゃん!ゆっくりゆっくり!」
「何がかかったんでしょうか?」
「まぁあの引きじゃ大物はなさそうだね、ホンモロコとか…小さめのブルーギルとか…」
その時、順調にリールを巻き上げていたように見えたヒカル君の表情が曇る。
「あれ…なんか…」
「どうしたのかね?」
「急に…重くなったかも…」
「でかいバスでも食いついたか!?貸したまえ!」
大物ならそれを餌にヌッシーをおびき寄せる作戦も可能かもしれない!
そう思った私はヒカル君から釣り竿を受け取る。
「おお!確かにこれは!大物の手応え!」
ググ…としなる竿、手にかかる重さ、かなりの大物が湖面の下で抵抗しているのが感じられる。
ボコン
「?」
私が正面の竿を握り奮闘しているその時、左の湖面から巨大な気泡が浮かび、弾ける。
「どうしました?部長」
「いや…今…左に」
ボコ、ボコン。
更に2つの泡が弾ける。
「なん…」
次の瞬間、グン!と釣り竿の引きが大きくなる。
一瞬にして竿が放物線のようにしなり、そのまま音を立ててへし折れる。
「ちょ!」
突然の力の奔流に、私は大きくバランスを崩し、ボートから落下した。
「部長!」
「ニッシー何してんのー!」
「だ…大丈夫ですか!?」
すぐにボートに上がろうとするも、私の身体は驚愕するほどの速度で湖に沈んでいく。
しまった、私のカーゴパンツには無数のポケットが付いており、その中には何かの役に立つのではないかと持ってきた様々な道具が入っていた。
上着にも工具を忍ばせていた他、エアガンなんかも身に着けている。
「ゴボ!」
更に落下した際に肺の中の空気は全て吐き出してしまっている。
「………!!」
浮上しようと水を掻くも、残念ながら沈む速度のほうが勝っている。
遠く上方で、誰かが飛び込む音がしたような気がした。




