百物語 其の4
「…好奇心が猫を殺すという言葉があってね、イギリスの諺なんだが…まぁなんでもかんでも興味を持って首を突っ込むと痛い目を見るって意味だよ」
いかにも私が言いそうな事を私の声が言っている。
だがそれは決して私自身からでは無く、ごく近く、暗闇の中から響いている。
「さて、どこにでもいる人間達に共通する愚かな行為があるんだが…何だか分かるだろうか?」
私なら『人間達』などと言う言い回しをする訳が無いのだが…。
「それはね、自らの欲求に負けて禁忌を犯すって事さ、禁止されている事と言うのはとても好奇心を刺激するからね、禁止理由が明らかにされて居ない場合なんかは特に…」
その場にいないはずのそいつが肩を揺らし、愉快そうに話す姿が容易に想像できる。
「怪談では禁止理由が明らかにされないが為に自ら危険に身を投じる主人公が多くいるね……行ってはいけない祠に行ってみたり、やってはならない行為を敢えてやってみたり…」
クックと含み笑いをしながらその声は続ける。
「なぜ禁止されているのか?当然痛い目を見た先人がいたからに他ならないが…なぜかその先人達は具体的に何があったのかは語らない」
この持って回った話し方は私そっくりなのだが…それを認めるのも少々癪な気がした。
「これには色々理由があるんだが…創作的な側面と現実的な側面があるんだ、創作的な事を言うと怪談話として盛り上げる為だね、先に何が起こるか話してしまう程興冷めしてしまう事はないからね」
見渡すも部屋は漆黒のまま、暗闇に目が慣れてもおかしくないのだが、人の輪郭すら判断できない程の闇のままだ。
「現実的な話をすると、余計に好奇心を刺激してしまうからだね、行ってはならない廃屋に人間ならざる者が居るだなんて言われたら…見てみたくなるに決まってるじゃないか、ふはは」
相変わらず指先一本動かすことはできない。
「そしてもう1つ」
「言っ…て…みろ」
驚いた事にそこで景君の声がした。
細い細い蚊の鳴くような小さな声ではあったが、その声は間違いなく彼のものであった。
「………っ………驚いた、景君話せるのかい?」
「………」
しかしそれに続く声は無い。
「…まぁいいか、もう1つの理由だったね、簡単さ、敢えて禁忌を犯させたいのさ、好奇心を刺激し、やってはならない事をやらせ…怪異を望む者が…いるんだよ、人間達の中にね」
「馬鹿…言うな」
「お!いやいや、何もこれは秘密結社が〜とか国家ぐるみで〜とかの大袈裟な話じゃなくてだね、いるだろ?本気で藁人形を打ち付ける者、こっくりさんの予言を信じ切っている者…もっと言えば単にお化けや都市伝説が実在したら面白いだろうなと思ってるだけの者」
ぐうの音も出ないとはまさにこのことだ。
今でこそ都市伝説の存在と向き合うつもりで行動しているが、過去の私は間違いなくただの興味本位でしか都市伝説を見ていなかった。
「そういった、怪異を望む者が禁忌を犯させる為に作った話も少なからずあると言う事さ、こっくりさん然り…百物語然りね」
ゴクリと唾を飲み込む。
「さて、本題に入ろうか、では百物語という儀式を行った者達に何が起こるのだろうか?恐ろしい事が起こるというのが定説らしいが…」
耳のすぐそばでその声がする。
その声はいつからか私の声とは似ても似つかないものに変わっていた。
「私は何者だろうか?悪霊?妖怪?神様?それとも集団ヒステリーによる幻聴かもしれない」
声は少し離れてはまた近付く。
「何者かは分からない、しかし一つだけはっきりしている事がある…ん?おいおい泣くなよ…みっともない」
恐らくタク君とヒカル君に向けてそう言い放つ。
「決めたのは私ではない君達だ、それを望む者達だ」
ポウと消したはずのロウソクに火が灯る。
「私は君達に…百物語を行った者達に、恐ろしい事を、災いを起こさなければならない」
揺らめく炎の先、真っ暗な空間にボンヤリと黒いモヤのような物が浮かんでいる。
そのモヤがニヤリといやらしい笑みを浮かべたような気がした。
「それでは」
ポポポと他のロウソク全てにも火が灯り、あっという間に部屋は明るく照らされる。
身体は未だに動かないが、皆の様子を確認する事はできた。
ボロボロと涙を零すヒカル君とタク君。
目を瞑り、じっと何かに耐えているであろう千影君。
そして悔しそうに宙を見つめる景君。
「ま…ずい」
パン!!
と突然窓ガラスの一部が弾け、外からビュウと風が吹き込む。
簡単には倒れないようにしていたはずのロウソクがパタパタと倒れたと思うと、床にあった雑誌にボゥと燃え移る。
百物語を始める前に、燃えそうなものはきちんと片付けていたのは念入りに確認済みだった。
「これで100話目を終了します」
下卑た笑い声と共に、そう聞こえた。
あけましておめでとうございます
投げ出すなよ俺!
投稿頻度に関してはすいませんとしか言えません!!




