巨頭オ 其の3
「…どうですか?」
「何もいないように…見えますけどね」
俺の後方から千影さんがそう尋ねる。
俺達は看板を見つけた場所からさらに奥、集落の入口まで身をかがめて接近していた。
「物音ひとつしないね…」
「車はどうでしょう?誰か乗っていますか?」
「…いや、そんな様子は無いね」
見る限り、事故車に誰かが乗っている様子は無い。
車のフロントは大破しているが、所々に俺達の乗っていたレンタカーの塗装と同じものがついているように思う。
俺達の車に追突した車というのは間違っていないようだった。
「運転手が居ないが…どこにいったんだろうか」
「この村にいるのか…それとも連絡が取れなくて車だけ置いてどこかに行ってしまったとか…」
「怪我…されているかもしれませんね」
運転席に血痕があるのを千影さんが発見する。
「そこまで大量の血じゃ無いですけど、怪我しているのなら遠くには行ってないかもしれませんね」
「事故の時にした怪我なのか…何かに襲われたのか…」
「やめてくださいよ…もしかしたら凄く友好的かもしれませんよ?」
「そ、そうですよ、都市伝説じゃ逃げ帰ってますけど…そのまま滞在したら手厚いもてなしを受けていたかも…」
「その発想は無かったね…じゃあ…もし何かが出てきたら景君がコミュニケーションを…」
「丁重にお断りです」
ジリジリと村を進む。
集落はとっくに廃村になっているようで、決して多くない家屋は全て朽ちており、かなり昔に人間がいなくなったのは明らかであった。
「村には誰も…何も居ないようだが…」
「見てください、あそこ…地面に…」
「うむ…ここにも血痕だね…運転手のものだろうか…?」
地面にはまたしても血痕があった。
先程よりも量は多く、手の平程度の血溜まりがそこには作られている。
指先で触れてみるとヌルっとした感触と共に、指先が赤く染まる。
まだ乾いていない、つまりこの血痕の主がここを通ってからそう時間は経っていないと言う事だ。
「奥に続いてますね…」
「大丈夫でしょうか…」
血痕はそのまま村の奥に点々と続いている。
「行くしかないね…はぐれないように…」
「はい」
進むにつれ道は荒れ、血痕を追うのも難しくなるが、それは真っ直ぐ奥の神社へと続いているようだった。
「神社があるようだね」
視線の先、ボロボロになった鳥居が俺達を出迎える。
鳥居の先には階段が続いており、その上に本殿と社がある造りになっていた。
「階段にもポツポツと血痕があった…ここに向かったのは間違いなさそうだが…」
「なんでわざわざこんな所まで…」
「にしても…あの村には似つかわしくないくらい…立派な神社ですね」
「そうだね、当然手入れはされていないからボロボロではあるんだが…」
「宮司さんとかもいないでしょうけど…」
眼前の本堂は集落の家屋とは比べ物にならない程にしっかりしており、今でも参拝者が訪れていそうな荘厳さを醸し出している。
「ただ…なんだか違和感と言おうか…」
「そうですね…あ、賽銭箱がないですね」
「それだ、だから本坪鈴も無いんだね」
「本坪鈴?」
「あれだよ、普通は賽銭箱の上にある鈴の事さ、だいたい賽銭を入れた後にガラガラと鳴らすだろう?」
「あー、本当だ!無いですね!」
「と言うことはここは参拝目的で来る人間はいなかったという事なのかな…?」
「こんなに立派な神社なのにですか?」
ガサッ
「!?」
「……!」
「!!」
本堂の様子を探っていたその時、本堂の中からガサリと物音がし、少しばかり油断しかけていた俺達は即座に警戒態勢に移る。
「………」
かすかに何かを引きずるような音が聞こえてくる中、物音を立てないように本堂の扉に近付き手をかける。
「開けますよ」と口パクで伝え、ゆっくりとその扉を開く。
「誰か…いますか?」
明らかに何者かがいる気配がする本堂の奥へ声をかける。
窓の無い本堂は、陽の光が入らない造りになっているようで、今開けた正面扉から入り込む光だけがか細く本堂内を照らしている。
「や…やめて…助けてくれ」
真っ暗な空間から微かに声がする。
「そこにいるのは誰ですか…?」
「この村の人ですか?」
意思の疎通ができるようなので質問を投げかけてみる。
「やだ、やだ、違う違う!噛まないで!噛まないで!」
「大丈夫、大丈夫です」
随分と取り乱しているようだが、千影さんが優しく声をかけながらその人に近付いていく。
「噛まないで………痛い…痛い」
「落ち着いて…大丈夫ですから」
どうやら男性のようだ、30〜40代くらいだろうか、ワイシャツにスラックスという格好だが肩と太腿辺りに血が滲んでいる。
「噛まないで…助けて…」
「大丈夫です、貴方はここの村の人ですか?」
「ちが…違う…事故…事故をして…」
「事故を起こしたんですね?それでここに避難したんですか?」
「そうだ、そう、事故を起こして、すぐ停まったのに…ここにいて」
「落ち着いて下さい、大丈夫ですから」
「あれは?あれはいないのか?噛まれてないのか?」
「あれ?」
「噛まれる…ここも、ここも…あれに齧られた…」
「千影君、これを」
部長が鞄から包帯とガーゼを取り出し、手渡す。
千影さんが器用に手当てすると、男は自分を抱え込むようにしてガタガタと震えだす。
「彼が事故相手で間違いなさそうだね」
「はい、引き返して正解でしたね…あとは脱出ですが…」
「あれ…というのが気になるね」
「物騒なこと言ってましたしね…噛まれるとか…」
「何かがいたような気配は無かったが…いるんだろうね…どこかに」
俺達の存在で少しずつ男性も落ち着きを取り戻す。
震えこそ止まっていないが、ようやく自身に起こった出来事を話してくれた。
彼曰く、仕事中に通り掛かった道で事故を起こしてしまった。
すぐに停車したが、事故相手はおろか、先程まで走っていた道路も見当たらない。
廃村にいた彼は誰かを探そうと車を降り、辺りを探索するが、凶暴な何かに襲われ命からがら神社まで逃げ込んだと言う。
「早く…早く逃げよう!」
「慌てないでください…」
「何もいなかったんだろう?なら今のうちに…」
「そうだね…その何かが出てくる前に…」
「部長…」
「なんだい?」
「手遅れかもしんないです…」
俺の視線の先、本堂入口にそれはいた。
逆光で輪郭しか分からないが、明らかに普通の人間のシルエットでないそれは、時折ブルッと身体を揺らしながら直立していた。
不定期投稿になってしまい申し訳ありません
WiFiは壊れるし…良いことないなぁ




