巨頭オ 其の2
「何て読むんですかね?きょずお?きょとうお?ですかね?」
「景君…しっ!」
急に部長が身をかがめて辺りを警戒する。
「………!?」
俺も慌てて自分の口元を塞ぎながら、キョロキョロと何かを探す…その何かの正体には見当すらついていないが。
暫くそうやって3人で踞るも、何かが近付いてくる様子も無ければ、物音ひとつする事は無かった。
「何も…いませんよ?」
「…………そのようだ……ね」
「………」
霧に紛れた視界の先、いくつかの家屋のようなものが見えた。
千影さんはまだ両手で自身の口を押さえたまま、厳しい視線を投げつけている。
「一旦戻ろう…」
「了解です」
それだけ言うと、警戒を緩めないまま慎重に来た道を戻る。
事故現場まではそう遠くないはずだったが、来た時よりも時間がかかったように思う。
霧がどんどん濃くなっているのも原因のひとつかもしれない。
「それで…今度は何ですか?」
車に乗り込み、すぐさま質問する。
「巨頭村…2006年にネット上に投稿された都市伝説だね」
「巨頭村…?」
「あの巨頭オのオは村と言う漢字の一部だけが残って、カタカナのオに見えるという説が有力だね」
「なるほど、それで巨頭村ですか」
ある男は一人で車を走らせていた。
目的は旅行だ、数年前に訪れた小さな旅館のある村、心のこもったもてなしがとても印象的だったので再度行きたくなったのだ。
村への道を走っていると看板が見えてくる。
『この先◯◯km』という表記があったと記憶していたが、そこに書かれていた文字は『巨頭オ』と言う謎の表記。
奇妙に思った男ではあったが、好奇心に勝てずそのまま先に向かうも、そこにあったのは廃村だけだった。
車から降りようとした男の視線の先、それは草むらから唐突に現れる。
巨大な頭をした人間、人間なのかどうかも怪しいそいつは1体だけでなく何体もいるようで、そこかしこから姿を現す。
巨大な頭のそれは両手をぴったりと足につけ、巨大な頭を左右に振りながらこちらに向かってくる。
車から降りる前だったのが幸いした。
男はすぐさまバックし、国道まで凄まじい勢いで走り抜けた。
家に帰り着き、地図で確認してみるも、やはりあの場所は数年前に訪れた旅館のある村に間違いは無かった…。
「…と言うのが巨頭オの概要だね」
「何ですかその気持ち悪い話…」
「この何とも気持ち悪い感じがどこかリアルだろう?」
「ええまぁ…でも…その話だと対処法って…」
「うむ、一目散に逃げ帰る、というのが対処法になりそうだけれど…」
スマホを覗き込むも、電波が繋がった様子はない、当然車のエンジンがかかる事も。
「部長は今現在、既に俺達は都市伝説に閉じ込められたと思ってますか?」
「そうだね…そもそも日本に巨頭村なんて村は存在していないからね…」
「誰かのイタズラかも…」
「こんな辺鄙な所にかい?登山道の近くとかならともかく、ここまで人通りの無い場所でこんな事をするかな?」
「それはまぁ…そうですね」
そうだ、ここは別にピクニックやキャンプが出来るような場所ではない。
更に道路こそあるものの周りには田畑も民家も無いのだ、車でここを通り過ぎる以外に訪れる事など皆無に等しいだろう。
「だったら…どうしましょうか?」
「そうだね、暗くなる前には何とかしたいところだね」
「そうですね、事故を警察にも連絡しないとですし…逆方向にズンズン向かってみますか?」
「駄目です…」
「え?」
それまで黙っていた千影さんがゆっくりとそう口にする。
「な、なぜだい?」
「先程、看板のあった向こうに集落のようなものがあったのですが…お気付きになりましたか?」
「え?ああ、確かに家が数軒ありましたね、霧でぼやけてましたけど」
「それです、私も巨頭村の話は知っていましたから、何かが向かってこないかとジッと目を凝らしていたのですが…」
「うむ…」
「集落の入口付近に…車がありました」
「車?」
「そりゃあ車くらいあるだろう?」
「フロント部分が大破し、煙を上げているように見えました…」
「事故車…え?まさか…」
「分かりません…確証なんかありませんし…黙っていようかとも思いました…でも…」
「万が一…我々に追突した車だったとしたら…か」
「はい…」
「可能性は3つあるね、まずは全くの無関係な車だった可能性」
「そして、私達に追突した一般車が都市伝説に囚われた可能性ですね」
「うむ、最後に我々に追突した、巨頭村の誰かの車の可能性だ」
「そんな可能性あるんですか?あの都市伝説にはそんな車の話は無かったじゃないですか」
「あくまで可能性の話さ、だがここで一番厄介なのは千影君が危惧している2つ目の可能性だ」
ジトっと嫌な汗が背中を伝う。
「また可能性の話になって申し訳ないが、仮に我々がこのまま引き返して巨頭村を脱出できたとしよう」
「はい」
「警察を連れてここに戻ってきた時に…巨頭村はあると思うかね?」
「………」
「あの車が巨頭村の物ならばそれで一件落着だが…仮にあの車が我々に追突してしまったただの一般人の物ならば…」
「………」
「そしてその運転手があの村にいるとしたら?」
「一緒に…消える…」
視線を先程の看板のあった方角に向ける。
濃い霧が広がるばかりで、看板すら目視する事は出来ない。
「きさらぎ駅に囚われた人々と同じように…消えてしまうのでしょうか…?」
「どうだろうね…分からないが…その可能性は無くは無いだろうね…」
その言葉に姉を思い出す。
「じゃあ…帰れないですね…」
「そうだね、だがあの車が無関係な車ならば、それを確認するだけでもいいわけだからね」
「すみません…」
「今日の言い出しっぺは千影さんですからね、怒られずに探索できますよ」
「それはそうだね、はは」
「け、景君!」
こうして俺達は、再度霧の中に足を踏み出した。




