ミーちゃん
ざあざあ
びゅうびゅう
ごろごろ
雨の音を聞きながら我々は立ち往生。
高速道路は降りていたのが不幸中の幸いではあった。
「こりゃピクニックは無理ですかねぇ」
「残念ですが…雨が止んだとしても地面が泥濘んでいるでしょうしね…」
「それにしても降るねぇ…」
なかなか止まない雨に皆でふぅと溜息を漏らす。
「あ、くねちゃんにご飯をあげる時間だね」
「え!もうそんな時間ですか?」
「思ったより長く走ってたみたいだね、マウスをあげるから見たくない人は向こうを向いていてくれ給えよ?」
マウスを鞄から取り出すと、千影君が外に視線を外しながら尋ねる。
「部長はくねちゃんのお世話も進んでしてくださいますが…苦手な動物とかはいないんですか?」
「ん?そうだね…動物なら大体の動物は好きだね…苦手な動物…まぁしいて言うなら…猫かな?」
私の答えに景君が「おや?」といった表情を浮かべ、そのまま質問を口にする。
「あれ?でも以前に飼ってたんですよね…?」
「ああ、ミーちゃんだね」
「あ…すいません、無神経でした」
私はくねくねの時の事を思い出す。
くねくねは見た者の後悔を刺激し、相手を発狂させる力を持っていた。
私にとって、その後悔の正体は飼い猫であるミーちゃんだったのだ。
景君にとってのお姉さんと同じ程に心に残っているその存在に触れてしまった事を申し訳なく思ったのであろうか、景君の表情が一気に暗くなる。
「いやいや、いいんだよ、せっかくだから聞いてくれるかい?ミーちゃんの想い出話を」
「部長が良いんでしたら…」
「よろしいのですか?」
「立ち往生も何だからね、さてさて、まずは私とミーちゃんの出会いであるね…」
それは私が小学生の時の事。
まだ幼く可愛らしい私ではあったが、いかんせん持ち前の性格のせいか、周りの同級生達とはあまり上手く馴染めずにいた。
いじめや仲間はずれを見かければ注意しに行き、果ては万引きをしている中学生なんかにも説教をしに行く。
正しい事なのかもしれないが、どうも正しいだけでは駄目なのだと解ったのはもう少し後の事になる。
しかし解った後も色々とやらかしてしまっているので…成長らしい成長が見られない残念な人間である事は私が一番よく知っている。
おっと、すまない、脱線したね。
そんなある日、いつも通りトボトボと一人で帰宅中、近所の土手でミーミーと子猫の鳴き声がしてね、キョロキョロと辺りを見回すと、足を怪我した一匹の子猫。
茶色に縞のあるシマトラと呼ばれる毛色の小さな小さな子猫。
ミーミーと必死で叫ぶも、親猫の姿は辺りには見られない…もしかしたら足の怪我で置いていかれたのかもしれない。
私はそっと自分の体操着でその子猫を包み、家に連れ帰ったんだ。
「…仕方ないな、でもちゃんと世話はするんだぞ?さぁ獣医さんに連れていってあげよう」
私の両親は案外アッサリとその子を飼う事を認めてくれたよ。
私に友達がいな…少ない事を心配していたようだからね、少しでも息子が明るくなるならと思ったのかもしれないね。
「お母さんが君はミーミー鳴くからミーちゃんだって、僕はバステトにしようって言ったんだけどね」
幼い私の言葉にミーちゃんは呆れたようにミーと鳴く。
それから私は本当にいつもミーちゃんと一緒にいたね、同級生にからかわれて家で不覚にも泣いてしまった時はミーちゃんが私の頬を舐めてくれたりね、ザラザラした舌が痛かったのを覚えているよ、ははは。
チョコレートをミーちゃんにあげようとして父親から強烈なゲンコツを貰った事もあったな…私が悪いんだがミーちゃんはそんな私を庇ってか、父親にフーと毛を立てて威嚇していたよ。
幸い……と言っていいのか私には友達が少なかったからね、ミーちゃんの世話を疎かにする事も無かったし、嫌だと思った事すら無かったよ。
「………ミーちゃん?」
ある日からミーちゃんがご飯を残すようになったんだ。
お腹いっぱいなのかな?なんて呑気に思ってた私はミーちゃんの異常に気付いてあげられなかった。
しばらくしてミーちゃんの糞に血が混じっているのに気付いて……そこでようやくさ。
けどその時にはもう遅かったんだよ…。
「ミーちゃん…もう治らないんですか…?」
獣医さんが心苦しそうにコクリと頷いたのが忘れられないね…。
一緒に来ていた母親が泣いている横で私は何が起こったのか理解できずにいたね。
だってミーちゃんはまだ6歳、飼い猫の平均寿命の半分も過ぎちゃいない。
「ミー」
「ん?大丈夫、大丈夫だよミーちゃん、大丈夫」
そこからがまた大変だ、少しでも病気の症状を軽くしようと薬を飲ませる。
ミーちゃんはそれが嫌でね、暴れるんだ、でも飲ませないわけにはいかない…かなり強引に飲ませる日々が続き私も私の両親も生傷だらけだったな、はは。
どんどん食事も食べなくなり、点滴で栄養を送り…嫌がる薬を飲ませ…。
……ある雨の日だったな、学校から急いで帰った私を待っていたのは、母親からの聞きたくない報告だったよ。
「ミーちゃん…東吾が帰るまで待てなかったよ…」
私の小学生の時の体操着に包まれたミーちゃんを見て、その場に私は崩れ落ちたね。
見送る事すらできなかったと、謝ることすらできなかったと、もっとあれもこれもしてあげたらよかったと。
「…とまぁ、動物を飼った事のある人ならよくある話ではあるのだがね…どうもそれから私は猫が苦手でね…苦手と言うのはちょっと語弊があるが…」
「すいません、思い出させてしまって」
「いや、私が話したいと思ったからいいんだよ、嫌な話を聞かせてしまってこちらこそ申し訳ない」
「辛いですよね…身近な存在がいなくなるのは…」
「そうだね…」
しんみりとした空気になってしまう。
しまった、私はまったくもって空気の読めない話をしてしまった気がする。
景君にもお姉さんのことを思い出させてしまったのではなかろうか…。
ミーちゃん、この空気を打破する方法を教えてくれ給え!
「…雨もまだ止みませんね」
「そうですね、通り雨じゃないんでしょうか?」
「う、うーむ、いっそのこと少し進んで…」
私がそう言おうとした瞬間、パーーー!!と大きなクラクションの音が鳴ったと思うと…。
「え!?」
後方から轟音と共に激しい衝撃が襲いかかった。
動物を飼ってらっしゃる方には嫌な話かもしれません、すいません




