スレンダーマン 其の6
「今ので気付かれてはいるよね」
「まぁ…当然そうでしょうね」
「何かしてくる様子は無いが…」
「向こうも未知の攻撃に警戒しているんでしょうか?」
「確かに…ネットランチャーなど喰らったことはないだろうからね…」
けれどこのまま睨み合っているだけというわけにもいかない。
「敵意はないんでしょうか…?」
意を決して一歩踏み出すと、ヴヴヴという音が強くなった気がする。
「警戒音…?」
その音を発しながら、黒い影がこちらに近付いてくる。
逃げ出したい気持ちを押さえて、ギュッと木の枝を握りしめる。
近付くその姿は、黒い人間が闊歩するようにも、黒い塊が並行移動してくるようにも見える。
「それ以上近付くならこちらも容赦しない」
言葉での意思疎通ができるのか定かではないが、一応こちらも強がりの警告をしてみる。
…が、それは聞こえているのかいないのか、歩みを止めることなくこちらに向かってくる。
「千影さんは下がっていてくださいよ」
枝を振り上げ、いつでも振りかぶれるように構えるが、向こうに怯む様子など感じられない。
「あー…少しは肝が座ったかと思ったけど…全然だ…」
なんとか絞り出した勇気がシオシオと萎んでしまいそうになるのを、姉の言葉を思い出し必死で堪える。
「いくぞ!」
大声で威嚇し、大股で5歩。
一気に間合いを詰めて飛びかかる。
その勢いのまま木の枝を振り下ろすが、至近距離でそいつを見た俺はそこでようやく影の正体が何か理解できた。
「最悪だ!」
むし
虫
蟲
それは数多の虫の大群、数え切れない程の虫。
羽虫も甲虫も関係無い、とにかくあらゆる昆虫を集めて一纏めにしたような存在。
あまりに虫の密度が濃い為、この距離まで近付かないと虫の集合体だとは分かりもしない。
遠目には真っ黒な影にしか見えない程の大量の虫で形成されていた。
「景君!」
俺が振り下ろした木の枝はなんの手応えもなくすり抜けた。
まるで霧に向かって枝を振り下ろしたようだが、インパクトの瞬間に虫が避けただけに過ぎない。
「ゔえええ!!」
しかも俺の走った勢いを殺せず、虫の大群に突っ込んでしまう。
蚊柱が分かるだろうか?夏が近付くとユスリカと呼ばれる羽虫が軒先などに縦につらなって群がり飛び、それが柱のように見えるあれだ。
自転車で走ってる時等にあれに突っ込んでしまい不快な思いをした事がある人も少なくないんじゃないだろうか?
あれの何千倍もの不快感と思ってもらって構わない。
「ぶえ!!うげえ!!」
俺が突っ込んだと同時に虫の集合体はブワッと散り、遠目には消えてしまったように見えるかもしれない。
「景君!大丈夫か!?」
「景君!」
影がいなくなり、俺が見苦しいほどに狼狽しているのを心配して、2人が駆け寄る。
「だ、大丈夫です、影の正体も分かりましたよ…ネットランチャーが通用しないわけです…」
「何者かねあれは」
「虫です、何万って数の虫の集合体です」
「虫…」
千影さんが心底嫌そうな顔をする。
「なるほど…ネットランチャーが効かなかったのは網の隙間から逃げられたからか…」
「なんでそんな…」
「昨今増えている虫の大量発生と関係しているのだろうか…」
「あー…あちこちで聞きますね、ぶえっ!口にも…」
「日本ではカメムシなんかが定期的に大量発生しているね、北海道では雪虫と呼ばれる羽虫が例年大量発生していて、その量はまさに吹雪や霧と見紛う程だ」
「アメリカでは221年に1回の周期とも言われている素数ゼミと呼ばれる蝉が大量発生していますね…その数実に1兆匹を超えるとか…想像したくもありませんね…」
千影さんが自分で言いながら身震いする。
「ただ…こんなに無作為にあらゆる種類の虫がベイトボールのような行動をするというのは前代未聞だ」
「ベイトボール?」
「ああ、えーと、小魚が大きい魚に襲われないように群れて大きな生物のように見せかけるというのがあるよね?」
「ああ!はい!絵本でもありますよね」
「そうそう、あの小魚の集まった大きな群をベイトボールと言うんだ、丸い形だからね」
「へえ!」
「イワシの群れはサーディン・ランと呼ばれているみたいだね」
「じゃあ…さっきのも捕食者から身を守るための行動なんでしょうか?」
「基本的に『群れ』は敵から身を守るための行動だからね」
「だとしたら…人間に向かってくるのは不思議ですね…」
「それはそうだね…」
「部長、見てください…」
先程の虫の群れが草むらの向こうにまた形を成している。
「これは…スレンダーマンやお化けと思っても仕方ない怖さがあるね…」
「私はあれ全部が虫だと言うことのほうが怖いです…」
「離れて様子を見てみますか?」
「そうだね…ただの威嚇行動なのか…はたまた」
虫の塊はブブブと羽の音を立てながらゆっくり移動している。
その間にも群れが散らばり、また少し先で群れを成すといった移動方法をしており、傍目には瞬間移動しているようにしか見えなかった。
「どんどん奥に行きますね…」
「日が暮れる前には引き返さないといけないね…」
「本当にくねくねの時を思い出しますね…」
「やはり自然には…人間の想像を超える神秘的な力があるんだろうか…」
「そうですね…動物や昆虫の生態だけでも私達人間の想像もつかないような能力や行動が多々ありますから…」
「あるんですか?」
「あるねぇ…有名なところでクマムシなんかは乾眠状態になると高温、低温、果ては放射線までも効かない程の耐久力を誇るし、ベニクラゲと言うクラゲなんかは寿命が来てもそのまま若返る不老不死とも呼べる能力を持っている」
「凄いですね…」
「自然界はそれほど過酷なのかもしれないね…」
そんな話をしながら虫を追う。
瞬間移動のような移動はするものの、速度はそこまで速くないので追うことにそこまで苦労する事はなかった。
「…止まった…?」
そしてある1本の木の前で、それは唐突に動きを止めた。
投稿が安定せず申し訳ないです!




