スレンダーマン 其の4
すっかり電車恐怖症になってしまった俺達が目的地に到着したのは、バスに揺られながらお昼を過ぎた頃だった。
「部長、俺ふと思ったんですけど」
「どうしたのかね?」
「きさらぎ駅って…まだあるんですよね?」
「…………うむ……だろうね」
「じゃあ…ひょっとしたら今でもあそこに迷い込んでる人がいるかもしれないんですよね?」
「……その可能性は高いね…」
「なんとかならないんでしょうか?」
「うむ、私もそこは懸念していてね…一応オカルトサイトや有名掲示板等に片っ端から『来た電車に再び乗ることで帰還できる』と書き込みはしてみたが…」
「効果は薄いと思われますね…」
「ですよね…」
「我々のようなオカルト好きなら目にする事はあるかもしれないが…まず知らない人のほうが多いであろうし…そもそも信憑性がね…」
「実際、部長の書き込んだ内容は既に『統合失調症乙』や『今更きさらぎ駅って…』といった中傷が多くされています」
「ぐっふ…千影君……それは本人の前では言わないで欲しかったな……」
「解決策は…やっぱり電車に乗る事だけですかね…?」
「どうだろうね…だが出来ることならもう犠牲者は出したくないね…」
「はい…」
「さあ、その件はまたきちんと考えよう、今はスレンダーマンの対策だ!」
「そうですね、すいません」
「山は危険がいっぱいだ!気持ちを切り替えて進もう!」
そう言うと部長はゴソゴソと鞄からスプレーの瓶を取り出す。
「暖かくなって虫も多いからね、虫よけスプレーはしておこう、今の日本ではそこまで脅威とは思われていないかもしれないが、蚊は最も多くの人間の命を奪った動物と言われているからね」
「そうなんですか?」
「蚊に刺される事によりかかってしまう病気によって、だけどね…蚊はマラリア、黄熱病、デング熱、ジカ熱といった多くの命に関わる伝染病の媒介だからね」
「怖いですね…」
プシューと肌の露出している部分に冷たい虫よけスプレーが噴射される。
「ちなみに虫よけスプレーはこうやってスプレーで噴射するより、一旦手のひらに出して、それを満遍なく塗ったほうが効果が高いよ」
「部長ってどこの製薬会社の回し者なんですか?」
「景君!!」
和やかな空気のまま目的である山に足を踏み入れる。
とりあえずは整備されている山道を進み、成果が無いようなら、道のない奥を目指そうと言う話になった。
「あ」
歩きだして数分もしないうちに唐突に部長が声をあげる。
「どうしました?」
「1つ大事な事を言い忘れていたよ」
「何です?」
「あれからスレンダーマンについて詳しく調べなおしてみたんだが、どうもスレンダーマンは森と繋がりがあり、瞬間移動ができるという設定もあるそうだ」
「……」
「……」
「あと対処法は無く、無敵の存在らしいよ」
「……」
「……」
「最近の都市伝説は本当に強くすれば良いと思っているのか…可愛げがないよねぇ」
「……」
「……」
「そう考えるとなぜ昭和の都市伝説には対処法のある怪異が多いんだろうね、時代背景だけでなくお国柄もあるのかもしれないね」
「部長…」
「また大事な事を…」
「では現在目撃されているスレンダーマンも同一個体である可能性があるという事ですね」
「うむ、だがそうなるとやはり追ってこなかった事がおかしいね…」
「それはそうですね…」
「ですが、そうなると今回はどう対処されるおつもりですか?」
「くねくねの時と同じさ」
「と言うことは…」
「あたって砕けるしかないね、ふはは」
カラカラと笑う部長と、ハァと溜め息をつく千影さんの対比を見ながら山道を進む。
ゆっくりと辺りを警戒しながら登る事30分程、中腹を越えたあたりで休憩を取る。
道中、ガサガサとイタチか兎か分からないが、小動物が草葉を揺らし異様な緊張に包まれた以外には大きな問題もなかったように思う。
「ふぅ、やはり整地されている道を逸れて奥に行ったほうがいいのかもしれないね」
「かもしれませんね、ヒカルちゃんの証言では目撃者は学校をサボってここに来た人達という事でしたし、人目を避けていた可能性は高いと思われます」
「そうですねぇ、イチャイチャするなら誰もいない方がいいですしね」
「かーー!まったく嘆かわしいね!」
「部長はそういうの無いんですか?」
「ん?え!?わ、私かい!?あー…まぁね!それなりにはね!ははは!あるけどね!ただなんだその!節度はね!うん!大事だからね!」
「無さそうですね」
「みたいですね」
「こらーーー!!2人してなんだーー!!」
朗らかな空気の中、俺もお茶を口に運ぶ。
冷たいお茶が身体に染み渡るような気がする。
一息ついたその時、ふいに遠くからガサガサと草木を揺らす音が聞こえた。
「部長…」
「しーーー…」
部長もその音には気付いたようで、口の前に人差し指を立て、『静かに』のジェスチャーをしている。
先程同様、小動物かもしれないが、警戒するに越したことはない。
「近付いてくるぞ」
だがそれは小動物とは思えない速度と重量を感じる足音を立てながら、真っ直ぐこちらに向かってきている。
ガサガサ、バキバキと草を掻き分け向かってくるそれに対して、いつでも対応できるように身構える。
「うわあああ!」
ドタバタと姿を現したそれは、取り乱した男女2人の高校生だった。
「お、落ち着いて!どうしたのかね!?」
「はぁはぁ…なんか…変なのが…」
「早くいこ!お兄さん達も逃げた方がいいよ!」
「変なの?」
千影さんが女の子の乱れた衣服を直してあげながら尋ねる。
「真っ黒で背の高いやつが…遠くから見てたの…あれゼッタイお化けだよ…早くいこ!」
「アンタらも逃げたほうがいいよ!」
2人はそう言う間も何度も後ろを振り返り、追われていないか警戒しているようだった。
「あっちにいたんだね?それは」
「そうだけど…行くの?やめたほうがいいよ、ホントに」
「うむ、無茶はしないさ、君達も気を付けて帰るようにね」
「………いこ」
「…うん」
整地された道を駆けて降りていく2人を見送り、逆に2人の出てきた草むらに向き直る。
「思わぬ所で見つかったみたいだね」
「ですね」
「少しでも危険を感じたら撤退ですよ」
「無論だよ」
落ちていた木の枝を手頃な長さに折り、バットのように何度か振ってみる。
「物理攻撃は効きますかね?」
「どうだろうね、でも景君なら何とかできそうな気もするね」
「無茶はいけませんよ!」
高校生の出てきた草むらに向かって、俺達は恐る恐る踏み入った。
致命的に地の文下手くそだ




