スレンダーマン 其の3
「あの…お騒がせしました…」
「いや!なに!やめてくれ!私の方こそ申し訳なかったよ!景君!」
「え!?何がですか?なんで部長が謝るんです?」
「それは…私が首を突っ込んだせいで…お姉さんは…」
「?」
「景君…私からも謝らせてください…景君を苦しめてしまった事…」
「何を言ってるのか全く理解できないんですが…」
「私や千影君がきさらぎ駅に行かなければ…お姉さんが消える事も…」
「バカ言わないでくださいよ!」
「!!」
「!!!」
少し感情的になり叫んでしまい、その声に部長と千影さんはビクリと肩を震わせる。
「…それを言うなら…俺は…2人を姉と同じような目に合わせてしまうかもしれなかったんですよ!?」
「いや…それは…」
「それに姉は…あそこでずっと怯えてたんです…責任と言うならすぐにあそこに行けなかった俺のせいだ!」
「………」
「姉は救われたと言ってくれました、俺はそれを信じたいし、あそこから帰ってこれたのは2人のおかげです…」
「景君…」
「謝らないでくださいよ…俺は…口裂け女の時からここに…2人に救われてきたんですから…」
「すまない、景君」
「だから謝らないでくださいって、ここに来なければ俺はきっと…いつか姉の事も…自分の妄想だったと思い込み…それを忘れ…最低の薄情者になっていたんです…」
「景君に限ってそれはないと思いますが…景君…ありがとうございます」
千影さんがそっと手を握ってくれる。
「景君、これからも…よろしくお願いするよ」
その上から部長がポンと手を重ね…
「こちらこそです、部長…千影さん…それにくねちゃんも」
さらにその上にニョロリとくねちゃんが巻き付く。
「さあ!ならこうしちゃいられないね!」
そうだ、こうしてはいられない、都市伝説に苦しめられている人を救うのは姉の望みでもあるのだ。
そして何よりも、こんなに迷惑をかけた俺をまだ受け入れてくれる2人に、できる事は精一杯したかった。
「まず…今回の件なのだが、景君の見たモノはどんなモノだったのかね?背の高い黒い影と言う事だが…スレンダーマンはわかるかね?」
言いながら部長はスレンダーマンと表紙に書かれたファイルを見せてくれる。
「うーん…正直に言うと、こいつと言われたらこいつですし…違うと言われたら違うかなという程度にしか姿は見ていないんですよ…」
「なるほど…皆がその程度の認識か…」
「皆?」
「ヒカルちゃん…正確にはヒカルちゃんの周囲の方ですが、それに口裂け女さんも同じ様なモノを目撃しているんです」
「え!?じゃあ皆九州に?」
「そこが不思議なとこだね、口裂け女さんは近畿地方、ヒカル君はここ関東だよ」
「共通点は…?」
「黒い影、背が高い、異音、山中、といった所か」
「じゃあ…何人もいるって事ですか?そいつが」
「そうだね…とりあえずそいつをスレンダーマンと呼ぶ事にするが…目撃されたスレンダーマンが同一個体だとは考え難いだろうね…あまりにも距離が離れている」
「ワープできるとか…?」
「その可能性もなくはないが…ワープか…」
「現実的にはワープは相対性理論に反する為、実現できないと言われていますが…きさらぎ駅に行けた私達としては…ある程度の超常現象は視野に入れるべきでしょうね…」
「そうだね…だが、ワープできるのであれば目撃者を追うのを諦めるといった行動が不可解すぎる気がする…」
「それは確かに…」
「スレンダーマンの目的はストーカーや拉致だ、ワープができるならどこまでも追ってくるだろうし、諦める必要がない、スレンダーマンじゃなかった場合でも何かしらの目的があって近付いてくるわけだろうからね…ワープの可能性は低いと見ていいんじゃないだろうか」
「ならやっぱり別の個体が同じ時期に目撃されてる…って事ですか」
「そう考えるのが自然だとは思うが…」
「シンクロニシティでしたっけ?そういうやつですか?」
俺は漫画で聞いたことのある言葉を思い出し口にする。
「心理学者ユングの提唱した『意味のある偶然の一致』というやつだね?」
「そうそう、それです!同じ現象が同時に発生するみたいな!」
「本来のシンクロニシティは少々使い方が違うのだがね」
「そうなんですか?」
「うむ、例えばそうだな、知り合いに貰った物が壊れると知り合いに良くない事が起こる…だとか」
「あー、ありますねー」
「本来、『知り合いに貰った物が壊れる』と『知り合いに良くない事が起こる』は全く別の関係ない事柄なのだが、さも関係している様に感じてしまうよね?」
「はい」
「そういう因果関係はないけれどたまたま一致してしまったような事柄を言うんだよ、ものすごく簡単に言うとだけどね」
「へー!」
「あっと、すまないね脱線してしまった」
「いえそれはいいんですが」
「景君が来ない間、誰にも蘊蓄を披露できず、つまらなかったそうなので許してあげてください」
「千影君!」
千影さんがそう言いながら、いつものように温かいお茶を出してくれる。
ずいぶん久しぶりに飲んだ気がするそのお茶は、相変わらず身も心もほぐしてくれるようだった。
「別個体だとして、我々はどう動くべきだと思うかね?」
「そうですね…まずは正体、対策を見極める必要があるのではないでしょうか?」
「俺もそう思います…俺達の交友関係だけで3箇所も目撃されている、なら全国規模で見るともっと多くスレンダーマンがいるのかもしれません」
「ふむ、至極真っ当な意見だね」
「となれば、ヒカルちゃんの近場でまず状況を把握するのが最優先かと」
「ですね」
「うむ、ならそれでいこう、対策を把握した後で近畿、九州にも向かう…それでいいかね?」
「対策が簡単なものであれば遠出しなくても済むかもしれませんしね」
「今回は準備万端で向かうよ!ふふふ…」
「捕まらない程度にしてくださいよ…」
ガサゴソと色々な物を鞄に詰め込む部長の背中に、千影さんが呆れたような声を掛ける。
「コンパスに…非常食料…固形燃料…発煙筒…」
「なんで遭難前提の持ち物なんですか!」
部長と千影さんのやり取りを後ろから眺めながら、なんというか帰ってきたんだなと実感する。
「頑張りましょうね…」
「無論だ」
「でも危ないと思ったらすぐに逃げる事を約束してください」
「当然ですよ」
「ああ、勿論」
「ならいいんですけど…」
不安と緊張感、そして若干の高揚感を抱え、俺は…俺達はまたしても都市伝説の検証に向かうのだ。
ヤバいですね話進んでないですねすいません




