幕間 景Side
「………」
俺は地元である九州に来ていた。
部長達と別れてから、そのまま真っ直ぐこちらに帰省したのだ。
眼下に望む町並みを見ながら懐かしい気持ちに浸る。
「ただいま、姉さん」
姉の墓標の前で静かに手を合わせる。
墓標と言っても、幼い頃に実家の近くの山の奥に自分で作っただけの簡素な物だったが。
この山の所有者はウチのジーさんの友人なんだとか聞いた事があるが、本当の所はわからない。
実際に遺骨を埋葬しているわけではなく、大きめの石をいくつか組んでいるだけなので、大目に見てもらえるとありがたい。
「最近はなかなか来れなかったけど…姉さんはここにいたわけじゃないもんな…」
持ってきた花束と甘い卵焼きを供える。
「あんな所に10年近く…待たせて本当にごめん」
姉の最後の瞬間を思い出し、胸が詰まる。
「姉さんは…最後まで俺のお姉ちゃんだったね…」
姉は笑っていた。
最後まで俺を悲しませぬよう、責任を感じさせぬよう、笑顔で消えていった。
「………ごめん」
けれど、後悔は次から次に、波のように押し寄せる。
俺も心の何処かで過去の体験を夢や妄想だったと思っていなかったか?
学校に行ってる間にもっときさらぎ駅を探せばよかった、バイトなんかに感けてる場合じゃなかった。
ああしていればよかった、こうしていればよかった…そればかり考えてしまう。
「本当に救えたのかい?あれは俺を安心させる為の嘘だったんじゃなくて?」
けれど姉は俺が後悔する事など望むはずがない。
「きっついなぁ…」
頭では分かる、しかし心がついてこない。
買ってきていたペットボトルのお茶を飲み、その場にバタンと倒れ込む。
ザザと木々を風が揺らし、鳥の囀りが合間に聞こえる。
スマホには部長と千影さんからメッセージが届いていたが、まだ返事ができていない。
「2人には本当に迷惑ばかりかけてるな…」
俺の話を信じてくれて、都市伝説の存在が実在する事を証明してくれて…
命の危険があるにも関わらず、姉の救出の為に尽力してくれた。
だというのに結果は…
バチン!!
泣きそうになる自分の顔面を平手で叩きつける。
「後悔してる場合か、バカタレ…」
まずは謝ろう、心配をかけてしまっている事も、姉の事も。
そして、もし迷惑でなければ今後も一緒に活動させてもらいたい。
「私のような人を助けてあげて」と姉は言った。
その願いを叶える事ができるのは部長と千影さんがいてこそだ。
「よし…!」
ムクリと身体を起こし、スマホを取り出す。
画面をタップしようとして気付く。
先程まで聞こえていた木々のざわめきや、鳥の声が聞こえない。
遠くに見える町並みから聞こえていた車の音も、空を飛ぶ飛行機の音も。
自分の呼吸が、心臓の音がやたら大きく聞こえる。
「なんだこりゃ…」
すぐに異常には気付いたものの、それが何を意味しているのかは全く分からない。
ただ、何か漠然とした不安と言おうか、恐怖と言おうか…嫌な予感だけがフツフツと体の奥底から湧き上がってくる。
「まーた…俺だけ、やばい目に合うんじゃないだろうな…」
ザザザザと向こうの木の隙間が揺れる。
風ではない、何かがいる。
まだ距離はあるが、その何かはゆっくりと確実に距離を詰めてきている。
「何度目かわからんが追いかけっこといくか?」
拳を握る、開く、大丈夫。
足を上げる、クルクルとつま先を回す、大丈夫。
身体が問題無く動く事を確認し、あの何かが蠢く草むらとは逆の方向に一歩踏み出す。
「この山にそんな曰く付きの話なんか無かったと思うんだけど…」
黒く大きな物がチラリと視界に入る。
2m…いやもっとあるだろうか、かなり大きな何かがゆっくりと近付いてくる。
「熊とかでもヤバいけど…あれは違うやつだ」
正体を確認する事など一瞬で諦めた俺は、そのまま脱兎の如く逃げ出した。
駆け出した瞬間に蹴った石が大きめの石に当たり、カツンと音を立てる。
そこから、消えていた音が一気に戻ってきた。
俺のハァハァと荒い息に、かき分ける草のガサガサという音、呑気そうに歌う鳥の声。
そして、今まで聞いたこともないような、ズズズ?ヴヴヴ?という不快な音。
「足音か?鳴き声?」
なんとか黒い何かから距離を取ろうと、木の間をすり抜け、斜面を滑り降り、ジグザグに走る。
身体中に切り傷、擦り傷ができているが気にしている場合ではなかった。
ジャブジャブと沢を越え、公道が見えてきた頃に、あの不快な音がしなくなっている事に気付く。
「…撒いたか?」
走ってきた山を振り返ると、木々の隙間から、黒い影がユラリと揺れながら山の奥に消えていくのが見えた。
「なんだよもう…ちょっとはゆっくりさせてくれよ…」
ハァと溜め息をつき、俺は帰路につく。
不定期更新になってて申し訳ありません!
誤字脱字報告ありがとうございます!!




