きさらぎ駅【会】
「目印…目印…」
キョロキョロと辺りを見回しながら部長と別れたT字路を右に進む。
「はは、こいつか」
壁に矢印型の傷がついているのを発見し、思わず笑みがこぼれる。
かなりの時間走っていたはずだ、部長はもう千影さんと合流しているかもしれない。
辺りはより一層ジメジメとした不快感が増しているように感じる。
「どうか無事でいてくださいよ…」
俺は矢印の指す暗闇の中へ走り出す。
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「千影くーん!」
私は大声で彼女の名を叫ぶ。
相変わらず応えはないが、その理由が何となく分かってきた。
ここはあまりにも声が響かないのだ。
音の反響が無いと言えばいいのか…まるで声が闇に吸い込まれるように、掻き消えていくように感じる。
静寂は不安になり、不安は恐怖になる。
だが怖がっている場合では無い、得体のしれない足に追われている景君は、そしてこんな場所に一人きりだと思っている千影君はもっと怖いに違いないのだから。
「口裂け女でもひきこさんでもかかってきたまえ!!」
フン!と虚勢を張って進む先、ある建物の前に最後の熱源があった。
なぜ最後だと分かったかと言えば、豚汁の入っていたであろう魔法瓶もそこに転がっていたからだ。
「ただの民家に見えるが…」
眼の前には2階建ての一軒家がある。
外観を見る限り、何の変哲もないごく普通の家に見える。
中から物音もなければ、人の気配すらしない、まぁそれはこの家だけではなく、この町全ての建物で同じ事が言えるのだが。
「…お邪魔しますよ」
扉は少しの抵抗すら無く開く。
靴のまま上がるのは…とも思ったが、何かあった時の事を考え、土足で失礼させてもらう事にした。
「ち…千影くーん…」
中に入り、声をかけてみるも、返ってくるのは静寂だけ。
私は入ってすぐ左手の扉を開けてみる。
「居間かな…?誰かいますかな?怪しい者ではないのですが…」
どこからどう見ても怪しいのだが、敵意のない事は伝えておこうと声を掛けながら踏み入る。
どこにでもありそうな洋風のリビングで、奥にキッチンが見える。
一見、おかしな所はないのだが、どうにも違和感がある。
「………ふむ…」
生活感がないのだ、リビングにはソファやテレビ、テーブルにはテレビのリモコンやミニカーや玩具なんかが置いてあるのだが、どうにも使った形跡が無いと言おうか…まるでモデルハウスを見ているような感覚になる。
「電気は…点かないか…水は…出るが…口には入れないでおこう…」
電気のスイッチを押してみたり、蛇口を捻りながら探索を続ける。
リビングの向かいの和室、廊下奥にはトイレ、脱衣所に浴室、それらを見て回るも人の隠れるようなスペースは無く、千影君の痕跡も見当たらない。
「2階…か…?」
階段を上がり、4つある部屋を順に見て回る。
男性…父親が使っているであろう部屋、母親が使っているであろう部屋、物置のように色んな物が置かれた部屋。
「ふむ…手掛かりは無し…ならばここか…」
恐る恐る最後の部屋の扉を開けると…
「………な」
そこには何も無かった。
生活感どころではない、ただ何も無い部屋がそこにある。
家具も、家電も、段ボール1つすら無い。
本当に部屋という空間だけがそこにあった。
「不気味な部屋だが…何も無い以上…どうしたものか…千影君はどこに…」
一旦階段を降り、玄関まで戻る。
違和感こそあれ肝心の手掛かりは見つからない。
ムムムと頭を悩ませていると、後ろから肩を叩かれる。
「ひぎゃああああああ!!!!」
「うわああああああ!!!」
大声を上げてその場でゴロゴロと転がる。
「な!なんですか!何かいます!?何!?」
振り向いて見るとそこには私の狼狽っぷりを見て慄く景君の姿があった。
「なんだ!景君じゃないか!脅かさないでくれたまえ!!」
「こっちのセリフですよ!!声もかけたのに聞こえてなかったんですか?」
「考え事をしてたからかな…?しかし心臓が爆散するかと思ったよ…もう…だが無事でよかった」
「それもこっちのセリフです、それで部長、千影さんは…?」
「この家にいるか…何か手掛かりがあるとは思うのだが…成果は上がっていない…」
「じゃあ一緒にもう一度探してみましょう」
「そうだね、急がないと」
改めてリビングに入り、再度探索する。
テレビ、パソコン、エアコン、窓、ソファ、玩具、棚の中。
そこでハタと気付く。
「玩具…子供だ」
抱いていた違和感の正体が見えた気がした。
「どうしました?」
「玩具があるのに、子供部屋がなかったんだよこの家には…」
「幼い子供ならありえるんじゃ…」
「かもしれないが…部屋を持て余しているくらいなら子供部屋にしないかい?」
「まぁ…そうですね…持て余してるんですか?」
「ああ、何も無い部屋が1つ」
「じゃあ…そこが怪しいんですかね…」
「いや、でもあそこには何も…」
「うぅん…子供部屋が無い事に何か意味が…」
そう考え込む景君が何かを持っているのに気付く。
「景君、それは?」
「どれです?」
「その、手に持っているやつだよ」
「ああ、これですか?そこの電話機の横に落ちてたんですよ」
「…………ああ……なるほど」
ようやくこの家の秘密が分かった。
景君は分かっていないようだが、これは都市伝説をよく知る人間ならすぐにピンとくるであろう。
「お手柄だよ、景君」
「?」
景君の手の中にある『赤いクレヨン』を見ながら私はそう告げた。
先読みできそうな展開で申し訳ないです




